冬の記録:05


皆には私が引っ越す事を言わないで欲しいと言った。テニス部には、出発する前日あたりに連絡をして、皆に何か言われる前に去って行くつもりだった。クラスの友達にはずっと黙ったままで良い。どうせもう2ヶ月後には卒業だ。高校では外部からの子も増えるから、関わる事は極端に少なくなる。このまま、私がいた事なんて忘れてくれた方が良いのだ。
立海の憩いの場である外のベンチに腰をかけ、そっと息をつく。白い息が視界を奪った。


「何黄昏てんスか」
「…赤也と丸井、…仁王まで」


クリアになる景色の中にはいつの間にか例の三馬鹿がいて、続けて丸井が探したんだぞと口を尖らせた。私はマフラーを巻いていたから良いものの、三人はそういったものを身に着けていなかったため、とても寒そうだった。仁王なんてがたがたと腕を抱き、今にも死にそうな顔をしている。


「探してた?どうしたの」
「久々に昼飯一緒に食おうと思ってな」
「…赤也が揃うのもなかなかないからのう」


早口に説明を付け加える仁王は、すぐさま私のマフラーを引っ張った。「はよう中に入らんか、寒くて敵わん」そんな仁王に、残りの二人はだらしないと文句を垂れる。しかしそうは言ったものの、彼らも寒い事には間違ないので、背中を丸めて校舎へ逃げ込む仁王の後を小走りで追っていた。
一緒にご飯、か。もうそういう事もなくなるのだろうな。三人の後ろ姿に、私はほんのり寂しさを覚える。


「あのさ、とソノちゃんも、一緒がいい」


だからというわけではないけど、今は少しでも沢山の人に囲まれていたい気がした。私の言葉に、丸井が、ならジャッカルもだな、と不敵に笑みを浮かべる。恐らくソノちゃんとジャッカルの組み合わせに何かを期待しているに違いない。


「あーなら柳生も誘うぜよ」
「まどろっこしいッスねえ。いっそ皆呼びましょうよ」
「だなー。よし面倒だからメールで召集!」


素早く携帯に指を滑らせる丸井に、私は思わず苦笑を零した。こうやって、結局皆で一緒にいるこの空間が好きだった。寒い外より幾分かマシな構内に入って、私達は食堂へ足を進める。そうしてしばらくすると、ふと、後ろからの声が私達を呼び止めた。振り返ると、そこには既に召集した皆が揃っているではないか。


「何だよもう揃ったわけ?もしかしてお前ら皆、教室にいたのかよ」
「だってさっき授業終わったばっかじゃない、いて当たり前」
「原西お前分かってねえな、鐘と同時に飛び出さねえと購買売り切れるだろい」
「今日は私もソノちゃんもお弁当なんだよ」


が口を挟んで、手にしていたお弁当をちらつかせる。なんだかわざわざ食堂まで来て貰うのが申し訳なく思えた。それにしても全員が揃うと相当な人数になるものである。廊下を占拠してしまっていると言っても過言ではない。なんせ11人もいるのだから。やはり邪魔になるだろうからサッサと移動した方が良いか。私が皆を促して、再び歩き始めると、その時丁度、我が3Aの担任である白鳥先生が通り掛かった。彼は私達を見るなり、くしゃっと顔を歪め、それから何を思ったかこちらへ近付いてきた。え、怒られるフラグ?


「オイオイ何やらかしたんだよ真田」
「俺は何もしていないぞ


腕を組む真田が馬鹿正直に切替えしてくるもんだから、私はつい肩を竦めた。それと同時に「!」と先生の声。やはりお前かといった視線が私に注がれたのは言うまでもない。っかしーな、私何かしただろうか。
私は首を傾げたが、それはお構いなしに彼は手を取り、息を吸った。


「やはり先生は引越しの事を皆に話すべきだと思うぞ!」
「…」
「…」


その場がしん、と静まり返った。そしてそれは幸村達だけではない。周りにいた生徒達の中に、A組の子がいたらしく何の話だろうと、こちらを伺っている。そんな中、丸井が「……ん?ちょい待ち先生。引越し?誰の引越し?」と間の抜けた声を出す。それに慌てて私は口を開いた。


「やだもう丸井ってば〜アレだよ、キャサリン」
何それどこの人
「何を馬鹿な事を言ってるんだ、の引越しに決まってるだろう!」


白鳥テメエエエエ!何ぺろっと話しちゃってんのおおお。何のために皆に言わないでって頼んだと思ってんだよ畜生。ていうか涙ぐんでるし!鼻水出てるし顔面きたな!
どうやら奴は普段から仲が良い私達の姿を見て、込み上げるものが抑えられなくなったらしい。大切な友達なのに何故引越しを伝えないのかと。彼は熱が籠った演説紛いの事を始めたので、それが終わる頃には私達は、というか皆は、私が引っ越す日付から理由までしっかり理解してしまっていた。ちなみに幸村はその間複雑な表情をしていただけだった。


「…、本当なの?」


先生がひとしきり騒いで、傍迷惑にも泣きながら走り去って行った後、その場の沈黙を破ったのはだった。今更誤魔化す事もできないので、何と答えようかと口ごもっていると、それを肯定と取ったらしい柳が、小さく息を吐いた。


「ひとまず、食堂へ行こう。話はそれからだ」





それから食堂へ移動した私達は、丸テーブルを囲むように座る。しかし、皆で食事をとるような和やかな雰囲気が醸し出されるはずもなく、さながら私の尋問のようだ。


「それで?なんで私達にすぐ話さなかったわけ」

ばん、とソノちゃんの手がテーブルを叩いた。私は彼女達に目を合わせられずに、ひたすら俯いてやり過ごそうとする。すると赤也が不機嫌そうな声で私を呼んだ。仕方なく、ちらりと目をそちらへやる。


「…まあ、言う程の事じゃないと思いまして、ですね」
言う程の事じゃない?
「すすすいませんごめんなさい様ああ!」


怖い。女子怖い。
テーブルにガンガン頭をぶつけながら許しを乞うてみたが、目の前の彼女達の機嫌が直る事はなかった。一体これ以上私にどうしろと。私がこの事を言わなかった事に怒ってるならこうするしかないじゃないか。


、俺達はお前に謝って貰いたいわけではないんだ」


私の謝罪を見兼ねてか、柳が口を開いた。周りの皆はその言葉に、小さく頷く。こんな形で知る事を望んでいなかったのだと、それから真田が付け加えた。えと、…つまり?困り果てて思わず問い返す。ため息をつかれたのは言うまでもないだろう。


「あのなあ…確かに俺らは言わなかった事には少なからず怒ってる。でも、それ以上に、『がいなくなる事』を大した事じゃないって俺達が考えてると、そうお前に思われてる事に腹が立ってんだ」
「丸井先輩の言う通りッスよ。アンタが考えてる以上に、俺達は先輩が大切なんです」
「…そっか」
「だから、それは『言う程の事』なんじゃ。…は俺達の事わかっちょらんのう」


仁王はまったく、と肩を竦めて私を見た。それでも私は口を閉ざしたまま、何も言わなかった。

幸村には引越しは言わなくてはいけない事だと思った。なぜなら私の想いを告げたからだ。そのままそこでハッピーエンドになれば良かった。しかしそうはいかなかった。私が引越せば、幸村は一人になる。きっと別に好きな人ができて、私の存在が足枷になるに違いない。だから、引っ越す私の事はサッサと忘れてくれと、そういう思いで、幸村には引っ越しを告げた。逆に、皆に言わなかった理由の一つは、こうしてごちゃごちゃとややこしい事になるからだ。そしてもう一つは、


「…私がいなくなる事を先に知ろうが、いなくなった後に知ろうが、何も変わらないと思ったから、だから、」
「ばか」
「いでっ」


丸井に額をはたかれた。すぐに手が出るのは丸井の悪い癖である。加減はそれなりにわきまえているらしいが、だから良いというわけではない。


「先に知ってりゃ送別会とかな、最後に沢山思い出が作れんだろい」
「…」
「っつーわけでだな。湿っぽいのはもうナシな」


切替えようぜ、と丸井が手を叩いた。皆もどんよりとした雰囲気を無理に拭い捨てて、笑顔を見せ始める。丸井曰く、もう日付けが迫っているため、きちんと送別会を開く時間を設ける事ができないから、どうやらこの食堂で送別会を開いてしまうらしい。さっそく学校近くのコンビニへとジャッカルをパシる丸井の生き生きとした様は、恐らく食べ物が沢山食べられるとかそんな所からきている。


もいい加減笑いなよ。嬉しくないの?送別会」
「…幸村」


嬉しくないわけないじゃないか。違うんだ。分かってないのは皆の方だ。私は皆が思ってる程本当は、まだ、強くない。

送別会なんてやって欲しくなかった。
思い出なんていらないのは、
自分の事なのに他人事の様に言い張るのは、
ごちゃごちゃと言われるのが面倒だと思うのは、


――寂しいからなんだ。

最後の思い出なんて余計に悲しくなるじゃないか。最後だと言わんばかりに私に言葉を残さないで。他人事だと思わないと、今にも泣いてしまいそうなんだ。こんな状況で笑えるものか。こんなに悲しいのに、笑えるものか。
目の前で笑う彼らがとても遠く見える。


「よーし、金出せお前らー。送別会に先駆けて食堂メニュー全部制覇する」
「…いみわかんね。つか丸井先輩、俺弁当なんで今金ないんスけどー」
「仕方ない奴ぜよ。俺がお前の分を貸しで払っちゃる。といちなり。10秒に1000円」
「殺す気か」
「アンタ達、下らない事言ってないで早く買いに行くわよ。ほら、も」


ぐい、と腕を引かれて、私はふらつきながらも彼らを追った。

せめて今は離れないように。皆においていかれないように。




いつでも思い出せるように
(そんな思い出、私には悲しくて抱え切れないよ)

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意味不明!スランプ。そんなことより、ブン太誕生日一ヶ月前おめでとう!ここまで迫ってくるとワクワクしちゃってテンション上がりまくりだぜ!よし、一ヶ月前のお祝いということでケーキ買ってこよう。
130320>>KAHO.A