春の記録:11

昼休みにミーティングとか正直やめてほしい。昼飯食う時間減るし、部室から教室に戻るまでが嫌だ。レギュラーが勢揃いしてるからかわかんねえけど、いつにも増して女子が騒がしくなる。柳生が部室の鍵を閉め、俺らはそれを確認すると校舎に向かってダラダラと歩きだした。校庭では主に他学年がサッカーやら野球やらして貴重な昼休みを無駄にしている。
カキーン、と誰かがホームラン。音に釣られて俺は空を見上げると、野球ボールが綺麗な孤を描き、こっちに落ちてきてい…え、マジで?
皆気をつけろよ、と口を開きかけた時にはもう遅い。ごふっとの声が後ろから聞こえて、俺らは振り返った。


「大丈夫か」
「うわああ、か…顔があ…顔があああ」
痛いのは分かったがその言い方はやめろ。なんかやだ


そんな、丸井の兄貴…!なんて涙ぐみながら顔を上げたはなんと鼻血を出していて、つい俺はふきだした。笑ってる場合ではないですよと柳生に諭されていると、隣にいた幸村が苦笑してティッシュを手渡す。


「ち、違うんだよっべ、別に欲情して鼻血出したわけじゃな、」
うん分かってるから
「う、うええ」


皆見てたからね、ボールぶつかったの、と続けた幸村は少しだけ目を細めたと思ったら、ボールが飛んできた方を顧みた。すると丁度ボールを打ったらしい奴がこちらに走ってきて、俺らを見回してから頭を下げる。さーせん、って軽いなおい。
なんだコイツと眉をしかめるとは急に挙動不振になり、真田の後ろに隠れた。え、どうした。


「俺らじゃなくて、この子に謝ってくれるかな」


幸村は隠れるの腕を引くが、当の本人はというと全然平気っすよ、なんて真田の後ろから出たがらない。



「あの、いや、マジ平気。私ムスカだから、ナイスホームラン」
相当打ち所が悪かったみたいだな
「あでででっちょ、おじいちゃんダメだってば!」
誰がおじいちゃんだ、このたわけ!


真田に強引に引かれて鼻血を出しながら登場したを見て、少年は目を丸くした。じゃん、て…は?知り合い?


「しら、知らない」
「は?の癖に。良い度胸してんな」
調子のってすいませんでした


相手は1年に見えるけど、これじゃあどっちが先輩なんだか分かったもんじゃない。ああ、一応確認しておくが、は3年だぜ。
は深々と下げた頭を上げると、妙に態度でかい少年は一歩前に進み出て、それに合わせるようには一歩後ろに下がった。


「…ところで、君は誰。とどういう関係?」


腕を組んで二人のやり取りを見ていた幸村がじろりと彼らを交互に一瞥してから口を開いた。心なしか声が低い。怒ってんのかなあ。


「え、下女?
えええ、ちょいと弟君よ、
「ああ、間違えた。奴隷」
「あんま変わってないよ弟君」


弟君?俺は首を傾げる。に弟なんていたか?そう呟くと、何かを考え込んでいた柳が顔を上げての弟だろうと口を挟んだ。へえ、のか。


「私達はただの知り合いで、それ以上でもそれ以下でもないです」


以下、の所だけ妙に力が込められていた気がしなくもなかった。
少しびくびくしながらの弟と対峙する。弟の方はもうすっげえ偉そうに口元をゆがめてを見ていた。


「アンタ達なら俺の事知ってると思ったんですけどね」


まあ柳さんは知ってるっぽいけど、と続けたの弟はから俺達に目を移した。とんでもなく腹が立つ。1年の癖にマジで偉そうだなおい。
っつか、性格はと大違いだ。あんまりのことは知らねえけど、あっちはまだ常識をわきまえてる気がする。


何だコイツ自意識過剰だな
「ごめんね赤也、丸井みたいな奴で」
「いや、丸井先輩ので慣れてるんで」
おい、お前ら


バシッとと赤也の頭を叩くと二人はぶたれた所をさすりながら恨めしそうに俺を見ていた。何だよ。怒りたいのはこっちだっつの。
俺は二人を睨み返していると、不意に、あ、いたー!なんて声が聞こえて、俺らはそちらに視線を移したが、俺はすぐに顔をしかめる。俺の嫌いな奴だった。名前はよく覚えてないけど、が「ソノちゃん」とか呼んでた気がする。あー、確か原西とか。


「もう、皆いないんだもん。ちゃんからミーティングだって聞いたけど」
「すまんのう」


頬を膨らまして、仁王や赤也に原西がそう告げると申し訳なさそうに仁王が答え、赤也はすんませんなんてへらへら笑って頭をかいた。見たところどうやら赤也は原西のことが気に入っているらしい。
そんな赤也の様子を見ていたの弟が、と原西を見比べた後、ふうんと声を漏らす。「新しいマネージャー?」はあ?んなわけねえじゃん。


より優秀そうじゃん」
「お前なあ、」


ホント腹立たしい奴だ。
なんなわけ、俺がそう言うよりも早く、が口を挟んだ。そうであって欲しかったんだけどねえ、実は違うんだよーと。原西はその言葉に照れた様に笑って、いやだなあ、そんな私にはマネージャーなんてねえ、なんての背中を叩く。


なんかより、こっちにすればいいのに」
「私もそう思う。何で私がマネージャーやってんのか不思議だよねえ」
「…あーほんと、そういうとこお前ウザい」


の言葉を聞き終わるや否や、急にの弟の雰囲気が変わった。とんでもなく、とげとげしい。そしてその視線をに向けていた。
しかしは大して気にもしていないようで、いつもどおり挙動不審になってそんなあ、なんて呟く。


「もう、に言いつけてやるぞ」
「勝手に言えば?」
「くっ…ぐうの音もでない……ぐう、あ、言えた」


馬鹿だ。というか、何でこんな嫌悪感丸出しにされて、平気なんだよ。もしかしたら最初、真田の後ろから出たがらなかったのは、コイツがこういうこと言う奴だから苦手なのかと思ってたけど、そうでもなさそうだ。


ラピュタは蘇る、何度でも!


はそんな意味不明なことを叫んで更には、きえええええなんて真田みたく発狂しながら校舎の中に入っていった。マジで電波だと思う。笑えるから良いけど。


「え…あの、私…ちゃん追いかけるね」
「ああ、頼む」


きっとが傷ついたと慌ててアイツの後を追おうとする原西に、真田は一度だけ頷くが、すぐにそれを幸村が止めた。不思議そうな顔をして原西が幸村を見つめる。


「君は行かなくて良いよ。関係ないから」
「か、関係ないって…、確かにそうかもしれないけど、」
「行って欲しくないって言ってるんだ」
「…っごめんね」


口元を歪めた原西はすぐに笑顔に戻って、校舎に戻っていってしまった。柳生が言い過ぎでは?なんて幸村を見る。しかし幸村はそれに答えなかった。


「あーあー、行っちゃったよ」


原西の背中が見えなくなるなり、どうでもよさ気にの弟が口を開いた。それに反応するように幸村は彼を見据える。正直ちょっと怖かった。怒ってるんじゃね?


「君さあ、に言いすぎだよ」
「幸村さんに言われたくないんですけど。自分だってそうじゃん」
「…」
「アイツ…がムカつくんだよ」


不意に呟かれたそれは、さっきの嫌悪感丸出しの言葉より、悔しさが多く含まれているような言葉だった。


「俺がになんて言ったって、アイツは傷つかねえよ」
「…どういうことだ」


真田が口を開いたが、の弟ははぐらかす様に口元を歪めた。そして続ける「幸村さんなら分かってんじゃないの?」と。
皆の視線は幸村に注がれたが、幸村は答えない。


はお前らの言葉にだって心から喜びもしないし、傷つきもしない」
「意味わかんねえこと言っ、」
「ためしに言ってみれば?死んじゃえとか」
「てめぇな…!」
「ブン太、駄目だよ」


の弟の胸倉を掴んだ俺の腕を幸村が押さえる。ぶん殴ってやりたかったが、俺は手を離すと幸村が俺から弟の方に視線を移した。不愉快だ。やめてくれと。


「不愉快でも何でも、事実じゃん。怒るなら俺じゃなくて、にしたら?」


分かってるくせに、吐き捨てるように呟かれたその言葉は、幸村の表情を歪ませた。


幸村は、何か知ってるんだろうか。


「所詮は、それぐらいの仲間だってことっしょ。にとっちゃあね」



俺達に背を向け歩いていくソイツはけらけらと愉快そうにしていたが、何だかそれが自虐的に見えた。




捨てるなら今
(もっと仲良くなる前に、アイツなんて切り捨てたら?)

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弟君がここまででしゃばるとは思わなかった。というかいい仕事するな弟君!
こういう意味深な感じ大好きです。
110310>>KAHO.A