秋の記録:27

最近の私はおかしい。
何がどうおかしいのかはイマイチ自分でも言う事ができないのだけれど、とにかくおかしいのだ。
エゴだ何だと騒ぐ事はなくなり、心のしがらみからやっと逃れる事ができた今、何も辛く思う事などないはずなのに、私の心は以前よりも憂鬱が支配する事が多くなった。
先日の赤也からの告白が頭をちらつき、それを頭から追い出すように目の前の扉に頭を打ち付ける。


「…あー…もー…馬鹿じゃないの」


一体何に言ったのか自分でさえよく分からなかったけれど、私の言葉は静かに空気へ溶けていった。ああ、そんな事よりも、訳も分からず屋上庭園に来てしまう自分にも嫌気がさす。(いや実際は屋上に出る扉の前で入るか否か、悶々としているのだが)
幸村に相談して何になる。まあ頑張ってあはは、で終わるのが関の山。…いやまあそんな事は無いにしても、妙な誤解を招いてそれに関してからかわれるのがオチだ。そもそも赤也に告白されたなど言いたくない。
ズルズルと額を扉につけたまましゃがみ込む。
幸村に会いたいけど、会いたくない。
なんだこのジレンマ。
ちらりとこの前の女の子の事が頭をちらついて、小さくため息をついた。…帰ろうかな。
私がそうぽつりと零した時だ。急に目の前の扉が開いて、蹲っていた私の頭に扉が衝突していた。


「いっっ!!」
「あ…ごめんなさい!誰かいるのかと思って開けたんですけど…っだ、大丈夫ですか…!」
「あああ痛いよ馬鹿ああ…って、君、は、」


何となく聞き覚えのある声に顔を上げると、そこにはなんと幸村に告白した少女がいるではないか。どうして君が、私はそう口を開きかけたけれど、彼女からしたら私は告白の事を知らないハズなので、迂闊な事は言えないと、慌てて言葉を飲み込んだ。
彼女も私と目が合うなり、ぽかんと口を開ける。


「うそ、…先輩、」
「…は?」


きっと赤いであろう額を擦りながら、私は立ち上がって彼女の反応に首を傾げる。すると目の前の小柄な少女は途端に頬を朱に初めた。「あ、幸村先輩なら今いませんよ」私の用件も分かっているらしい。


「多分、もう少ししたら来るんじゃないでしょうか…?あの、どうぞ」
「え、ああすいませんね」


屋上庭園へ促されて、私はそれに従った。ていうかまるで君の家の様じゃないか。なんだコイツ。
彼女は庭園の手入れをしていたようで、まだ何も埋まっていない花壇の土をいじっていた。恐らく肥料を撒いたりだとか、土をならしたりだとか、そんなとこ。
暇だったので私も彼女の隣りにしゃがんで作業を覗きこんでみた。


「あ、あの、私2年の相田です」
「えーと、3年のです?」
「知ってます。先輩テニス部の人に負けないくらい有名ですよ?」
「うええ何でえええ」


私の性格の悪さでも評判になっているのだろうか。いやはやそれは困る。
私の反応に相田さんとやらは笑って、それから花壇の土を混ぜ始めた。私も真似してぐちゃぐちゃと土をこねてみる。


「あー…ところで、相田さん、よくここに、来るの?」


何というか、微妙な聞き方をしてしまったように思う。相田さんも相田さんで黙ってしまって、だから気を紛らわすように私は土を混ぜ続けた。
ふと、隣りにいる彼女の視線が私に向けられた気がした。


「私、幸村先輩に告白したんです」
「…そっ…か。…うん。そうかそうか」
「見事にフラれました。…そこで先輩は『友達』ならって言って下さって。…でも、まだ私諦められてないんです」
「そ、そうかそうか」


…すいません、何て言えばいいのこれ。
頑張れとでも言えば言いのだろうか。いやしかしなんだかそれも癪に感じる。
だからやはり私はひたすらに土を掻き回して、しかしなんだかその様子が自分の心をそっくりそのまま表している風にも見えたから余計に気持ちが沈んだ。
そんな私の気も知らず、彼女の口は止まらない。

「私のわがままで、少しでも幸村先輩のそばにいたかったから、…あの、それで、…委員会も一緒だという事もあって、私が屋上庭園の世話をしたいと頼んだんです」
「ああ、そう。それで、私はどうすれば?」
「えっ」


私に何て言って欲しいの?そういう意味で言ったのだが、相田さんはまた頬を染めると、慌てて肥料の袋を私に差し出した。これを花壇に混ぜて欲しいそうだ。どうやら「何か手伝う事ある?」と言われたと勘違いしたらしい。


「わわわ、私ってば恥ずかしい事をべらべらと…!あああすいません!」
「あー…いやー…何かもう…君めんどくさいなあ…」


彼女に聞こえないよう、ため息と共に小さくそう吐き出す。
明らかに私は彼女を傷付けるつもりでさっきの言葉を零したのだけれど、勘違いした挙句そんなに素直に謝られてしまうと逆にこちらが恥ずかしくなってしまう。
自分の醜さが浮き彫りになるようだった。


「それから、この種埋めてください。あ、あまり深く掘らなくて大丈夫ですよ」
「…。はいよ」


差し出された種を受け取ろうとして、ふと彼女の手に目をやる。どうやら彼女は家でも園芸をするらしいが、その割に綺麗な手をしていた。あ、いや園芸をしている人は手が荒れたり、土をいじってそうな手をしてるんじゃないかという、私のただの偏見なんだけれども。
種を受け取ってから、私は土であまり汚れていない方の自分の手を小さく開く。私の手は豆だらけで正直綺麗な手とは言えなかった。部活で重いドリンクやボールを運んでいたからだと思う。
何故だかちょっぴり悲しくなって、きゅっと、その手を胸に押し当てた。…馬鹿。


「…それにしても幸村先輩来ませんね」
「あー…別にいいよ。大した用事じゃないし。――この袋しまって終わり?」
「あ、はい!私やります」
「良いよ、…慣れてるから」


自嘲気味に笑って、それから重い肥料の袋を端にある棚にしまいに行った。もう教室に戻ろう。幸村に会わなくて本当に良かった。よく分からないけど、多分こんな状態で彼に会ったら、私は奴に嫌味の一つでも零しそうだ。そうしたら後が怖い。


「ていうか何で私が幸村の花壇の手入れなんか…まあ良いけどさ」

そばの水道で手をザッと洗いながら私は泥と一緒に文句を水に流した。それから未だに花壇をニコニコ見つめている相田さんを遠目に伺う。これから咲くであろう花に想いを馳せてるのだろう。いやはや私には分からない世界である。


「あーのさあ、私もう行くわあ」
「あ、はい。手伝って下さってありがとうございました」
「んー」


ヒラヒラ手を振って私は屋上から退散することにした。私はそれからしばらく無心に階段を降りる。
――するとふいに前に人の気配を感じて、顔を上げた。幸村だった。
これから屋上庭園に行くのだろう。彼は私の顔を見るなり少し驚いた様に目を見開いたが、すぐにふわりと笑顔を見せた。


「もしかして俺に用事だった?」
「別に」
「嘘」
「は?」
「何度も言わせるなよ。お前は嘘吐く時に『別に』って言うだろ」


おかしそうに幸村が言うものだから途端に気恥ずかしくなって、うるさいなあ!とそっぽを向く。大した用事じゃないし、幸村じゃなくたって良かったし。ああ丸井に相談すれば良かったじゃないか。くそう凄い今更!


「ああ、そんな事より上に…何だっけ、川田さんいるよ」
「相田さんね」
「そう相田さん」


相変わらず、私はこんな所でも記憶力の悪さを発揮した。さっきまではしっかり覚えていたのに。
「彼女一人で花壇手入れしてた。可哀相だから早く行ってあげなよ」私は早口にそう言えば、彼は申し訳なさそうに頷いてそうする、と階段を再び上り始めた。
そうして彼が私の横を通り過ぎようとした時だ。



「…なに」
「お前も手入れ、手伝ってくれたんだろ」
「は、いや手伝ってないし。私がなんでそんな面倒な事」
「ありがとう」
「…!」


ぐしゃりと頭を撫でられて、一気に顔が熱くなるのを感じる。
だから、違うってば!


「ホント嘘吐くの下手だなあ」
「…今は『別に』って言ってないじゃんか。勘違いも甚だしいね、幸村恥ずかしいよ」
「馬鹿だなお前は。そんな『台詞』なくても分かるさ」
「…」
「まあお前のそういう『抜けたとこ』、俺は嫌いじゃないけど」


ぽんぽん、と、まるでじゃあねとでも言う様に私の頭を叩いて幸村は私に背を向けて歩き出した。
残された私は、撫でられた頭にそっと触れて、小さく舌打ちをした。悔しい悔しい悔しい。何で分かったんだよ馬鹿。何でそうやって私を子供みたいに、アンタは、いつも。


「何が神の子だ。人の心まで読むんじゃねえよ畜生」


壁をひと蹴りして私はフンと鼻を鳴らす。そしてそのままの勢いで教室に戻ったら、突然柳生に呼び止められた。


さん、砂遊びでもなさったのですか?頬に泥がついてますよ。――ああ、私のハンカチで良ければどうぞ」


彼の言葉に慌てて制服で頬を擦る。柳生には制服で泥を拭くなんて!というしかめっ面を頂いたが私はそれ所ではなかった。制服についた泥をまじまじと見つめて、それから先ほどの幸村との会話を思い出し、ハッとした。



「お前も手入れ、手伝ってくれたんだろ」

「ホント嘘吐くの下手だなあ」

「まあお前のそういう『抜けたとこ』、俺は嫌いじゃないけど」



「ちっくしょ…!あああやられた!」




偽ることすら愛しい
(幸村先輩、どうしたんですか)(ごめんね思い出し笑い。アイツってホント変な所不器用だよね)(アイツ?)

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毎日更新してると、ほんとサクサク話が進んでる、気がする。
130310>>KAHO.A