![]() 「あああ果てしなく家に帰りたいいい寒いいい」 秋の風も一段と寒くなったと感じたある日曜日。もう11月も後半に差し掛かっているのだ。冬が始まろうとしている。 正直こんな寒い日は無駄に外に出たくないのだが、先日赤也とデートなるものの約束をしてしまったのだから仕方ない。 出かけに撒いたマフラーをギュッと押えて小さく震えながら待ち合わせ場所である駅まで急ぐ。 きっと赤也の事だから遅刻してくるに違いない。この寒い中で一体何分待たされることやら。まあもしそんなことがあれば駅内の店にでも居座る事もできるか。 まあそんなわけで正直私は出かける事よりそちらの方へ意識を飛ばしていたわけだ。しかし驚いた事に辿り着いた待ち合わせ場所に既に赤也がいたのである。 「あ、先輩おはようございまっす」 「うっそ、なんで信じらんない」 「もしかして遅刻するかと思いました?」 「思いました」 真顔で即座に答えてやると、彼は口を尖らせてひでーと零す。いやいや普段の行いからくるものですからね、こういうの。 しかしながら鼻を赤くしている赤也を見たらそんな事を言うのは少し可哀相に見えた。多分割と早くから待っていたに違いない。 えい、と赤也の両頬にまだ温かい私の手をあてがってやれば、彼は途端に顔を赤くした。 「ちょ、せんぱ、…俺こういうの正直超嬉しいですけど、恥ずかしッス」 「あーくそう。可愛いなあコノヤロー」 「…」 マフラーに顔をうずめちゃうとか可愛いくて悶えるぜバカヤローコノヤロー。私はわしゃわしゃとと赤也の頭を好き放題撫でていると赤也の表情はどんどん不機嫌そうなそれに変わっていった。私の腕を掴んで「怒りますよー」と唸る赤也。それさえも可愛い。 「今日はそういうのナシの方向で」 「……、そんな…っ」 「あーあーもうそういう顔しないで下さいよー!」 わざとらしくしょぼんとしてみる私に赤也は頭をがしがしと乱暴にかく。どうやら赤也はこういう女子の対応に不馴れらしい。くくく可愛い奴め。 彼は「んじゃ極力ナシの方向で!」と言葉を改め、それからそろそろここから動く事を促した。 私はどこに行くか聞かされていないので黙って赤也に続く。…というか彼が行く場所をちゃんと考えているのか甚だ疑問だが。 「でさ、この間と同じ事聞くけど、なんで私を誘ったの。ただ遊びたいって理由じゃないでしょ」 「流石先輩ですね。無駄な所に頭使ってる」 「オイコラてめえ」 「はは、すんません。――実は姉貴の誕生日プレゼント買いたくて」 赤也曰く、本当はお姉さんの誕生日は8月らしい。でも全国大会もあったしそれ所ではなく、また面倒でもあったので赤也はお姉さんに何度プレゼントを寄越せと言われてもそのまま放置を決め込んでいたのだとか。 しかし、この間、ついにお姉さんに一番大切にしている高いラケットを人質に取られ、買ってこなければガットを切る、などと脅されたそうだ。 たかが誕生日如きで末恐ろしい人である。…怒りっぽいのは遺伝か。 「まあ理由は把握した。そして誘いやすいマネージャーの私に協力を要請するのも妥当だね。しかし赤也、君は大きな過ちを冒した」 「…何スか?」 「私は女の子が可愛いと思うグッズに正直興味が無い」 「…ぶっ」 真面目に答えたのに笑われた。むすりとする私に赤也は別に構わないと言う。大事なのはプレゼントよりどちらかと言えば私と出かける事だそうだ。照れるぜ。 まあしかし、頼りにされているのだから先輩として何とかしてやらねばならぬ。取り敢えずプレゼント代は2000円までらしいので、それぐらいのものが買える場所をに電話で聞いてみることにした。 「あーさん?私だけども」 『珍しい、どしたの』 「女の子っぽいグッズが安く買える場所知らない?」 『百均?』 「ええええええ」 『アンタ百均好きじゃん』 いや好きだけどもね!なんでも揃いますけども! 彼女にはきちんと訳を説明すると、一応ここから近くにある店を教えてくれたが、その後何故かしりきに『え、切原君?切原君なの?丸井君じゃなくて?幸村君は?』などと意味不明な事を並べたのですぐに切った。(はまだ何か勘違いしているに違いない) 私は隣りで待たせている赤也に場所聞いたから行こうと腕を引いた。彼はなんだか楽しそうだった。 「どうした」 「いやー先輩の『普段』ってあんまり見た事ないんで、女子同士で話してるとこんななんだなあって」 「別に君達と話す時と変わらんでしょ」 「いやまあ、でも、」 赤也は私に掴まれていた腕をほどいて、代わりに私の手を取る。「何か先輩もやっぱり女の子だなあって、思いました」なんだそれは。 「そういう先輩も可愛くて好きッスよ」 「ふうん」 「…相変わらずこの手は効きませんね」 ちぇ、と赤也は残念そうだったが、今はコイツが馬鹿で良かったと心底感じた。照れてないなんて嘘だ。私は照れた。前髪をおさえるフリをして赤くなる顔を必死に隠した。どうしたんだろう私。 そういえば私、一時期赤也を変な風に意識してた事があったな。恐らくそのせいで妙な照れる癖がついてしまったに違いない。 「あ、店ってこれッスか」 赤也の声で我に返った。私達の目の前には明らかに女の子向けな感じの店が建っている。内心入りたくなかったが、赤也は気にせず店の扉を開けた。おいいい。無理だって私こういうのマジで。ソノちゃん誘った方が良かったんでないのか。 しかし私の訴えも空しく、先輩早くの言葉に押されて私は店に足を踏み入れた。 「あ、中は割とフツー」 「ですね。で、先輩はどんなの欲しいですか?」 「現金渡した方が私は嬉しいよ」 「無駄足になるような事言わない」 かなり真面目に諭された。 しょうがないので、私は適当に店内を見て回る事に。赤也からしたらつまらないだろうから早く決めてあげないといけない。 しかし、悩むな。値段はどれも安いので心配はないが、物が問題だ。弟からだと考えると無難にアクセサリー、とか言い辛い。こういう物って多分彼氏的なやつからもらうものだと思う。うううむ… 「あ、ハンカチか」 ひらめいた。 だから急ぎ足にそのコーナーへ向かう。赤也が暇していないか不安だったが、彼はこういう所は初めて入るらしいので、色々と興味津津に眺めていた。一言言わせてくれ。赤也ごっつ可愛いねんけど。 「赤也、お姉さんの好きな色は?」 「あー…何だろ。青系?」 「また赤也とは逆を行くねえ。青子さんとかそんな名前?」 「いや違いますけど」 そんなやり取りも早々に、私は良さげなハンカチを3枚程選んでカウンターへ持って行った。何かどこかのギフトみたいな気もするけど良いか。 そして私は誕生日仕様に包んで貰ったそれを赤也に手渡すと、彼は満足そうに頷いたのだった。 店を出るともう昼頃になっていた。(ま、元々待ち合わせも11時だったしな) ちなみにどこで食べようかという話になったが、私は仕切りにマックに行きたいと喚いたのでそうなった。 「そういや先輩とこういう所来るの初?先輩はマック好きなんすか」 「ジャンク最高だわね」 「ホント、先輩ってふけんこー」 自分だってマック好きな癖に何を。 ハンバーガーにかじりついて赤也の笑い声を聞き流す。相変わらず美味ですこと。肉と幸せを噛み締める私。すると私の前に座る彼は、急に頭をテーブルに打ち付けるものだから私は怪訝に思い、彼へと目を移す。 「あー先輩そういう顔マジ可愛いッス。普段ふぬけてる癖になんすかそれ。何か今日は俺の知らない先輩ばっかで、痛!」 「黙れ喋るなそれ以上言ったら帰る黙れ」 少しヒールのある靴で赤也の足を思い切り踏んだ。だらしなく緩んだ彼の表情がピシリと強張るが、すぐに真顔に戻っておずおすと口を開いた。 「まさか照れてますか」 「馬鹿言うもんじゃないよ。照れてないよ」 「へへ」 「…」 だから照れてねえっつってんだろうが。嬉しそうにすんなこんちくしょう。 お昼はそんなやり取りばかりでまともな話はしなかった。それから外に出て、赤也はこれからが本番とでも言う様に私に行きたい場所を尋ねて来る。しかし何も思いつかない。水族館とかそういうの正直お腹しか空かないし、つまんないし、遊園地もディズニー以外嫌いだし、ショッピングとか興味ないし。 「…先輩普段暇な時は何してんすか」 「あー…ツイッター?ていうか休みはずっと部活じゃん私達」 「ですね」 困ったな、そんな勢いでため息をつかれたので申し訳なくなった。私何してる時が楽しいと思うんだろう。 「やソノちゃんとおしゃべりとか、お菓子食べる時は楽しいな。あ、あとはテニス見たり、部活でワイワイしてる時とか凄いたの、し、…」 バッと口をふさいだ。私目茶苦茶恥ずかしい事言った。赤也がじっとこちらを見ている。かああ、ときっと隠せない程顔が赤くなったのを感じて、マフラーで慌てて顔を覆う。 「あの、今のは忘れてくれ」 「それは約束できないですけど、誰にも言わないッスよ」 嬉しそうに笑う赤也を、私は見てられなかった。 そのまま私は俯いていると、彼は私の手を取って「まあ目的地は決まりましたね」と歩き出す。え、どこ。 「テニスが見れたりやれる場所」 つまり、近場のテニスクラブとかそういう事だろう。そういえば、以前リョーマと赤也の一悶着があった時にここら辺のテニスクラブに皆で駆け付けた覚えがある。 懐かしいと一人で浸っていると、不意に聞き覚えのない声が私達を引き止めた。 「ちょーっとちょっと!彼女いたの君ー」 「またアンタらですか…」 高校生っぽいのがひいふうみい…5人。瞬時に赤也の怪我の原因の奴等だと察した。赤也は困ったように私を一瞥する。あーなるほど私この場では足手纏いだね。 「おいおい平凡な女の子連れちゃってまあ」 「腹立つわコイツらちょっと赤也殴ってやって。真田には私がうまく言うから」 「先輩…」 そんな情けない顔するなよ赤也。殴ったって平気だよ、いや平気じゃないけども。できれば穏便に事を運びたいけども。 悶々としていると高校生の一人が私の腕を掴んで引いた。よくある漫画な展開だった。赤也が慌てた声を上げる。 「年下ってあんまり興味ないけどー、お嬢さん俺達と遊、」 「拒否!」 「最後まで言わせて欲しかった」 「お前ら私の可愛い弟分に怪我させた奴だろ。後で見てろよ私のバックには8人の軍勢がいるんだからな。お前ら5人の兵力などおそるるに足らず」 「8人しかいねえのかよ。怖くねえわ」 「8人とか結構現実的な数字だな」 「ていうか軍勢?」 「あああ先輩何やってんスかああ」 突っ込まれまくっている私にいてもたってもいられなくなったらしい赤也は、私の腕を掴んで強く引き寄せた。かと思いきや走り出す。後ろで待てコラとか聞こえたが、赤也の足が速すぎて追いつけていないようだった。はっきり言って私も転びそうだった。 しばらく走って、目の前にテニスクラブが見えた時、赤也の走るスピードが落ちて、後に止まった。彼の呼吸はあまり乱れていなかったが、私はもう絶え絶えな感じである。 「…っ先輩アンタ馬鹿ッスか!」 「…おおう…怒られた」 腕をぎりぎりと握られて少し痛かったが、赤也の様子はそれ所でないらしい。今にも泣きそうな声で「先輩が殴られなくて良かった」と息を吐き出す。確かに私は無鉄砲すぎたかもしれぬ。反省。 「ごめんね、赤也。先輩がしっかりしなくちゃと思ったのだよ」頭を撫でて宥めてやろうとすると、その手はやはり弾かれて、代わりに強く抱きすくめられた。 「先輩とか、その前にアンタ女だろ。もっとそういう事考えろよ」 「…あ、かや」 「心配かけんな」 じっと私を見つめるその瞳に私は何も言えなくなってしまった。 「……。俺、アンタの事が、好きなんだ」 「…。知ってる」 私は知っていた。ずっと前から赤也が私をそういう対象で見てる事を。だけど敢えて知らないフリをしていた。黙っていればそのままいい感じに先輩後輩がやれると信じていたから。 私の返答を赤也は予測していたように自嘲気味に笑みを零した。 「だけど、赤也は私の大切な後輩としか、見れない」 「俺こそ知ってますよ、そんなの」 私から離れて、そして彼はいつも通りに笑ってみせた。「気まずいのやなんで、これからも普通に接して下さいね」そんなの、私の台詞だ馬鹿。 「さてさて、色々すっきりした所でテニスやりますよー先輩」 「…。しょうがないねえいっちょ私の本気見せたげようかな!」 「え、先輩目茶苦茶弱そうですけど」 「だまらっしゃい」 ありがとう、赤也。 語られるその後 (ちなみに例の不良達はというと、とある少女がいつの間にか撮っていた写メを知り合いの金持ちに引き渡し、それを元に情報を割り出させ、挙げ句、後輩が可愛くて仕方のない無敵で素敵な先輩方がその方々をぶっつぶしにかかったという話があったとかなかったとか) ←まえ もくじ つぎ→ ---------- 仁王に続き赤也の話でした。さて次は誰でしょうね。彼ですね。 130309>>KAHO.A |