![]() くあ、と欠伸を一つ。相変わらず午後の授業は眠くてかなわない。しかも悲しいかな国語なんて。これで先生が朗読でも始めたら私は一発で夢に落ちるだろう。 黒板にチョークをカツカツ打ち付けているやかんの背中を見るのも飽きたので、私はグラウンドに目をやると、そこには偉そうに周りに指示だししている男子が見える。意味のない肩ジャーをしているところからして、まず間違なく幸村だと思った。思わず苦笑いが零れる。 そんな時、つんつんと隣りの子に腕をつつかれたので、私は頬杖をついたまま、視線だけそちらにやる。 「どうしたモブ」 「さんてホントテニス部以外には冷たいよな。ちなみに神楽坂だよ」 「モブ坂君どうした」 「あーもういいや。」 呼び方が直らない事に彼は眉をしかめた。しかしすぐに諦めたようで、テキストを私の机の方へ寄せて前回宿題で出されていた古文の問題を指差す。 「この古文の訳がイマイチ分からないんだけど、何つーか…教えて下さい」 「あーごめんね私も分かんない」 「さんちゃんと解いてあるけど」 ちらりと自分のノートに目を落とすと、本当だ確かに解いてある。しかしタダで教える程私は優しくないのである。後で焼きそばパン寄越せよと早口に言って、了承を得る前に彼のテキストに私の答えを書き写す。 「お汁粉じゃなくていいのか?」 「君までそういう事いう。今キャラの起動修正してんの。お汁粉キャラはもう終わったよ察しろモブが」 「俺ん家の近くにあるちょっと高いけど美味いって有名なお汁粉屋さん連れてってあげようと思っ、」 「あーお汁粉キャラも悪くないよねーお汁粉キャラさいっこー」 「扱い易いってよく言われない?」 とんでもない。私は面倒な女で有名ですよ。ここだけでなく、東京とか大阪とか、あと沖縄でも。 モブ坂君とそんな下らないやり取りをしていると、不意にポケットの携帯が震えたので机の中に隠しながら私はそれを開いた。隣りでモブ坂君が今いじるなよと渋い顔を向ける。シカトに限る。 赤也からのメールだった。彼の名前を見た途端、今朝の怪我のごたごたが一瞬頭を過ぎる。 「ていうかあの子も授業中だろうに何してんだか」 「アカヤってさんの後輩っしょ。なんて来た?」 from 切原 赤也 sub 無題 ―――――――― 今朝はなんか色々すんませんでした。 あんな事がなかったら本当は朝練で言おうと思ってたんすけど、 メールはそこで終わっている。意味不明。一体何を言おうとしたんだか。いつの間にか携帯を覗きこんでいた非常識極まりないモブ坂君と私は顔を見合わせた。「何これ」「さあ俺に聞かれても」 私は次に続く言葉を探ろうと、しばらく画面に写し出された文字をじっと見つめていたけれど、再び赤也からのメールが届いたので取り敢えずそれを開くことに。 『次の日曜日に俺とデートしてください』 「…」 「ええええさんそれ!」 「神楽坂うるさいぞ」 ホント、うるさい。 やかんに睨まれたモブ坂君はへらへらと頭を下げてその場を取り繕う。周りの皆も怪訝そうにしばらくこちらを伺っていたが、やがて前に向き直った。誰もこちらを気にしなくなると早速彼は私のメールに食い付く。 「何なんて返すの」 「『なんで』って返した、もう」 「鬼畜だなあさんて」 「あ、返信きましたね」 今度書いてあったのは『先輩とデートしたいからッスよ決まってんしょ』なんて。メールだから確かな事は何も言えないけれど、きっとこういうやり取りをする事に対して赤也に照れというものはないんだろうな。 私は素早く『別に暇だからかまわんよ』と返して携帯をポケットに滑らせた。それを見ていたモブ坂君が再び驚きの声を上げる。 「おい、神楽坂いい加減にしろ。さっきから何してる。ちゃんと授業聞いてるのか?」 「聞いてます聞いてます」 ざまみろモブ坂だと思った。ああ早く席替えがしたい。 「じゃあ本当に聞いていたか、ここの問題、答えてみろ。」 「えええなんでだああああ」 「神楽坂がうるさいのはお前が原因だろう」 うっわマジないわ。ぎろんと隣りでガッツポーズを決めている馬鹿を睨む私。私の視線に気付いて彼は「めーんご!」なんて手を合わせて死語を繰り出した。 あー…もうしょうがないなあ。 「、答えは」 「じゅうごぶんのさんです」 「ちょっとおおお!今国語の時間ですけど!何の答えだよそれえええ」 パァンと教科書を床に叩き付けたやかんにオーバーだなあと肩をすくめる。モブ坂君は私のすました様子にただ唖然としていた。私がこんなのなんて今に始まった事ではないのに。一方、クラスのあちこちではクスクスと「またさんやらかしてくれたわ」なんて笑い声が上がっていた。 「ていうか目茶苦茶な事してるのにお前はいつも飄々としすぎててそろそろ先生はお前が怖いぞ、」 「まったく、貴方という人は…」 「そうだ柳生言ってやれ!」 「その答えはまだ3で約分できますよ」 「そういう話じゃねえよアホかお前らアホなのか!」 やかんはこんなクラスもう教えるかあああと叫んで教室を出て行った。授業放棄である。 一瞬教室はしん、と静まり返ったが、すぐにはじけるように笑いが起こった。 「やだもーテニス部の人最高!」 「やった授業潰れたーありがとーさんー」 「んー」 ちらりと時計を伺うとまだ授業は30分以上も残っている。うん、良いことしたなあ。 真田は相変わらず、というより普段よりも三割増で眉間にシワを刻んでいて、何か言いたげにこちらを見据えていた。 あー…後でげんこつくらい食らう心の準備しとかないとなあ。 すとんと椅子に腰を下ろして鞄に入れていたチュッパチャップスをくわえる。授業中に食べる飴は何というか、格別ですね。誰に言うわけでもなく、クラスの雑音に紛れるように言葉を漏らした。 ふと、隣りから視線を感じる。 「…なんれふか」 「さんて、自由だな」 「…」 「カッコいいと思う。さんの飄々とした感じとか、他人を気にせず自分の自由を貫くところとか、俺すっげカッコいいと思う!」 「…」 「さん前と雰囲気変わったよな!面白いのは相変わらずだけど、あー俺もさんみたいになりてえ!」 がっちり腕を掴まれて私が一番苦手とするキラキラとした視線をこちらへ送ってきた。 …あなどうしませう。 なんか変なのに好かれた。 こんなの馬鹿げてる (しかしこれも私の非日常というなの『日常』) (そして同時刻の2ーD)(うっしゃあああ!やったああああ!)(切原うるさい廊下たっとれー) ←まえ もくじ つぎ→ ---------- あなどうしませう…(古文の授業だからね)ああどうしましょう 関係ないけど、前回の赤也の怪我の話は、ペアプリの例の話ですよ。可愛いよねあの赤也。あんな弱気な赤也みたら鼻血出すよね。 130308>>KAHO.A |