秋の記録:23


ここまで来るとそろそろうんざりしてくるだろう事は私とて分かり切っている。しかし早速ここでお馴染みの決まり文句を言わせてもらいたい。

私の日常は相変わらず非日常だ。

平穏なんていうありふれた言葉なんぞ私の辞書にはない。なんて言うと、まるで私が非日常を推奨しているみたいだがそんな事は決してないのだと言う事もここではっきりさせておきたい。


さて、私の非日常は、大きく分けると、私がエゴだ何だと騒ぎ散らし大事にするものと、テニス部の馬鹿共のなんやかんやに巻き込まれたり、自分から首を突っ込んでしまったりして面倒な目に合う、というものとの二つがある。今までは前者が大半を占めていたが、私が落ち着いた今では後者が増えつつある。先日の「スライディング事件with仁王」もその括りにはいる。

そして今回も、その「後者」に分類されるものだった。


「赤也、ちょ、それどったの!?」


いつも彼が朝練に現れる時間より30分も早い、そんな時刻に赤也はふらりと現れた。まあそこまでは別に問題はない。私が反応したのは、その彼の顔や体がガーゼやら包帯やらでグルグル巻きにされていたからだ。
顔はガーゼが二か所程当ててあるだけであるが、どうにも痛々しいのは言わずもがなだ。
私以外の部員も赤也の状態にギョッと彼に注目する。


「……別に…転んだだけッス」
「転んだだけってお前な…」


ボソボソと紡がれた赤也の言葉に、丸井が半ば呆れるように息を零す。無理がある言い訳だった。それは怪我の程度や彼の様子からしても。誰かにやられたのではないかとその場にいた皆が考えただろう。
彼はそれから誰も何も言わない事を良い事に、何事もないように、もそもそと着替えを始める。脱いで露になった背中の痣もまた見ていられなかった。


「赤也、何があったの」


幸村が赤也の腕を掴んだ。彼は幸村に目を合わせないまま、「だから、転んで、」と、また嘘を吐き出す。その態度に、ついには真田までもが誤魔化すな赤也!なぞと騒ぎ始めた。こうなってしまうと周りにいる私達はどうしていいか分からなくなってしまう。というか面倒でお手上げ状態。仁王や丸井と視線を交わし、やれやれと肩をすくめる。
この二人は割って入る気はないようだ。あいにくジャッカルも嫌そうな顔をしているし、柳や柳生は雰囲気からして今回は真田や幸村派のようなので手荒でも止める気はないらしい。
うーんと?つまり、私?


「聞いてるのか赤也!そんな状態で今日、テニスがまともにできるのか!せめてこうなった理由を、」
「あーはいはい真田どうどう」
、お前は本当に赤也に甘いね。でも今はそういう場合じゃないだろ。赤也が傷だらけだ」
「まあそうですけども、そんなグイグイ言ったら赤也も、その…ねえ?」


幸村に制されて、情けなくも私はモゴモゴと口ごもる。ちらりと丸井に助けを求めたら、奴は隣りの仁王に目をやって、さらに視線を受け取った仁王は誰もいない空間へと目を向けた。「あれ誰もいない」わざとらしくもそんな顔である。お前らコントやってんじゃねえんだよ。私が眉間にシワを寄せると二人は楽しげに笑っていた。


「ブン太、仁王笑い事じゃないよ」
「え…あ、ごめん」
「幸村に怒られてやんの、ざまあ」

「…すんません」
ざまあ」
「…お前らいい加減にしろ」


幸村がガツンとロッカーを殴ったので私達はぴたりと黙った。ちょいとふざけすぎた。が、しかし場を和ませる大作戦は8割型成功ということにしておこう。こんなコント展開まったくの偶然だったけども。
…て、そんなことは良いとして、私達が馬鹿なやり取りをしている隙に赤也はそそくさと部室を出ていこうとしていた。
しかし赤也はすぐに足を止めた。取り敢えずふざけて怒られたことを反省しているのか、すかさずドアの前に立って赤也の行く手をふさいでいたのは仁王だった。相変わらずポケットに手を突っ込んでやる気はゼロである。けれど赤也を心配していることは確かだろう。ここにいる皆、そうだ。


「大した事じゃないスからほっといて下さいよ。ホント階段で転んで、」
「どうして嘘つくん」
「…」
「赤也、皆お前が心配なのだ。どうしてそうなったのか言え」


幾分か落ち着いた真田の声に、安堵しつつも丸井が「お前がそんなんじゃいつまでたっても俺ら引退なんかできねえだろうが」と続けた。確かにな。そんな何かある度に誰かに相談するわけでもなく不機嫌ぷり発揮されても周りはついてこないですよ。
丸井の言葉に心の中で同意していると、赤也は急に持っていたラケットを近くの机に振り下ろした。がぁん、となかなか派手な音が鳴って、机が揺れる。上に乗っていた私のペットボトルが倒れて、恐ろしい事に私がこつこつ書きためた部誌に…!この記録に…!思い切りぶちまけられた。
赤也!と真田の怒鳴り声が再び響く。


「うるっせえな!良いから構うなよ!アンタらいつまで先輩面してるつもりだよ!」
「…!」


赤也の台詞に周りの皆は怯んだ。ただ一人、きっと私だけが怯まなかった。エゴだ何だと色々経験が豊富な私は、どこか悲しげにそう訴えた彼の痛みが分かってしまったのである。ってそんな事はどうだって良いんだよ。私はいつになっても自分が可愛い。ホント周りとかどうでも良いです自分優先です。
つまり私が何を言いたいかと言うと、


「おい黙って聞いてりゃ生意気な事言ってんじゃねえよコノヤロー。つーか君のせいで部誌目茶苦茶なんですけどもどうすんのこれ。私がいつもヘラヘラ笑ってアンタかばってると思うなよ、いい加減立場わきまえろクソガキが」


そういうわけですね。
赤也がどうこうその前に部誌どーすんのよって話。赤也の右頬をガーゼの上から思い切りつねってやれば、彼はいだだだだせんぱ、先輩!なんて悲痛な叫びを上げる。しばらくやって気がすんだのでやめてあげた。


「あのさ、赤也。アンタの嘘なんも守れてないって自覚してる?」
「…」
「誰かにやられたんじゃないのそれ」


赤也はきっと自分のプライドを傷つけたくなくて、私達に黙っていた。そして私達に心配もしてほしくなかったのだろう。別に一人で解決する気なら私達は手出しするつもりはない。しかし私達に知られずにそれを成し遂げるならそれなりの事をする必要がある。


「赤也は全部中途半端なの。分かる?私達に心配させたくないならその馬鹿みたいな膨れっ面やめな。自分のプライド守りたいなら私達から何言われても黙って頷くんだよ。傷が痛くても『大丈夫です』って笑うんだよ。嘘吐くならそんくらい背負え馬鹿ちんが」
「…」
「以上。嘘が得意な私の教訓です」


締めの台詞で場の緊張が緩んだ。それを見計らって私は部誌を救出し、空気を切り替えるべく「さー練習練習」と部員供を外へ追い出そうとした。

『赤也のプライド』のために敢えて言わなかったけど、赤也は私達が引退する事に何かしらもやもやしたものを感じているのだろう。
自分がしっかりしなくてはいけない。まだ『後輩』でいたいけれど、自立して先輩にも安心してもらいたいのだ。そのためにはしっかりしなくては。
そんな風な考えが、余計彼に嘘を吐かせた。それでも「まだ任せていられない」という私達の台詞に焦りを覚えて、私の部誌に当たり散らしたわけですね。
まあ本当なら既に部活を赤也に引き継いでも良い時期であるのに、ダラダラこんな状態が続いてるわけだし、まだ『後輩』から抜け切れていない赤也の焦る気持ちは分かる。これで私達が急にいなくなったら、なんて思ったら不安なはずだ。

ぽんぽんと私は赤也の肩を叩くと、彼はゆっくり下げていた顔を上げた。


「…高校生にやられたんス」


どうやら怪我の訳を話してくれるらしい。しかし相変わらず彼は仏頂面だった。赤也によれば、文化祭の買い出しに行った数日後、高校生に肩がぶつかっただのないだのといちゃもんをつけられたらしい。その時はなんと山吹の亜久津に助けられ事なきを得たらしいが、その後、亜久津の時の憂さ晴らしか、赤也に頻繁に絡んでくるようになったのだとか。


「やり返したのか、赤也」
「おっ俺は手は出してないッスよ!信じて下さい副部長!」
「…そうか。その判断は間違っていないぞ赤也」


真田が赤也の頭に手を乗せた。まあ確かに赤也にしてはよく我慢したと言った所だろう。
彼はほっとしたように頭を垂れて、それからすぐに「でもっ」と続けた。


「俺、一人で何とかするんで、ホント、気にしないで下さい」
「…む、そう、か」


真田は不服そうだ。そりゃそうか。
しかし赤也がそう言ったなら仕方がない。不意に上がった「練習始めるよ」という幸村の言葉に、皆はハッとしてゾロゾロと部室を出て行った。


「あ、先輩」
「なんじゃい」
「部誌すいませんでした」
「別に怒ってないよ。だから一発殴らせてそれから焼きそばぱん頼んます」
本当にすいませんでした。あと今金欠です


早口にそう言って、赤也は逃げた。あんにゃろ。歯をぎりぎり言わせながら赤也の背中をひと睨み。そんな私にまだ部室にいたらしい丸井と仁王が私の両隣りに並んだ。


さーんアレどうしますー?」
「放置」
「えマジで?」
「だって手出しすんなって言ってるじゃんねえ仁王」
「そやのう。まあもし俺達が行動を起こすなら『赤也のプライド守るため』にバレんようにやらんとなあ。――例えば今のみたいに仲間にさえ嘘を突き通すとか」


中途半端なんはいけないっちゅうんが、お前さんの教訓じゃろ?

ニヤリと口元をゆがめた仁王に頭が痛くなった。そうそう、コイツも、嘘を吐くのも見抜くのも大得意なんでしたね。
肩をすくめる私にくつくつと彼が笑った。そんな私達に痺れを切らした丸井が「…結局どうすんだよお前ら」と口を尖らせる。いや、どうするって。


「聞くまでもないじゃんか」
「俺達三人だけに限らずの話になりそうじゃしなあ」
「あーじゃあつまりアレだな」


私達は互いに顔を見合わせて苦笑をこぼした。


「テニス部レギュラー満場一致でその高校生を潰しにいくってことで」




わたしは卑怯な人間です
(だからこそ嘘の吐き方を知っているのだよ)

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130307>>KAHO.A