春の記録:09

「これ、達だろ?」


花壇の前にしゃがみ込んで風にゆらゆら揺れる花を見ていたらふいに幸村が私の隣にしゃがんで、そう言った。彼の手にはヤカンが握られていて、それを見た私は首を傾げる。


のじゃないの?」
「……ああ、それね」


国語の先生から貰った、と答えるとこんなに沢山よく持ってるね、と他のヤカンを出した幸村は苦笑した。ほんとだよ、つかあの先生は授業の時にまでヤカンを持ってるところが凄い。
膝に顎をのせてぼーっとヤカンを見つめていると、幸村に頭をぽんと叩かれた。


「最近仁王と喧嘩でもしたの?」


突然の質問に、私は固まる。幸村は私の返事を待っているようだったけど、答えなんて聞かなくても、私が気づいてない事まで幸村はもう分かっているような気がした。


「ううん。何で?」
「あんまり話してないから。なんか、避けてる」


幸村はどちらが避けてるとはハッキリ言わなかった。別に私はそんなつもりはなかった。というか、私じゃなくて仁王が一方的に私を避けてる気がするんだよなあ。


「仁王、最近は原西さんと一緒にいるのをよく見るよ」
「原西さん?…あ、ソノちゃんか」


そうだね、あの二人仲良しだもん。そういや彼女は幸村と同じクラスだったんだな。
幸村は気になる?と尋ねてきた。え、何が?


「分からないならいいよ」
「うん?」


そろそろ5限目始まるから行こうか、と幸村は立ち上がったから私は頷いてスカートについた砂を払った。
何か、心の中にわだかまりがあるようなすっきりしない気持ちのまま、校舎に入った私は、幸村と3年の階に繋がる廊下を歩く。
ふいに、見慣れた銀髪が見えた。


「あ」


思わず足を止める。仁王の隣にはやっぱりソノちゃんがいた。幸村が私を一瞥したから慌てて止めていた足を動かす。
するとソノちゃんがこちらに気づいたようで、私は彼女に手を振るために手を上げようとすると、その前に彼女は、私に挑発的に笑った、…ように見えた。ん?あれ、気のせい?
どうしたらいいか分からずに硬直していると、すぐに彼女の表情はいつものあの笑顔に戻って、私達に大きく手を振る。


ちゃん!幸村君!」


仁王の腕をぐいぐい引いて私達の元に走ってきたソノちゃんは、聞いてよ二人ともー、なんてぷくっと頬を膨らましす。うへ可愛い。やはりさっきのは見間違いだろう。きっと私は目が悪くなったに違いない。


「仁王ってば授業サボろうとしてるんだよー。幸村君から言ってやって」
「誰もサボるなんて言っとらんじゃろ」
「言ったし!」


仲良しこよしだ。
微笑ましくて、つい笑みがこぼれた。そのまま私は二人のやり取りを見ているとふいに右手を幸村に掴まれて、勢いよく引かれる。
驚いて幸村を見たけど、幸村は仁王に、授業には出るんだよ、と一言言って歩きだした。


「幸村?」
「…」
「どうし、」
「気に入らないなぁ」
「………は?」
「なんでもないよ」


あーいうのは無視するんだよ、と幸村はこちらも見ずに言ったけど、私にはその意味がちっとも分からなかった。無視はいけないでしょうよ、と彼の背中に投げかける。
すると幸村は急に足を止めたから私は幸村の背中に鼻をぶつけた。


「ふご、」
って馬鹿なの?てか馬鹿だよね」
そんな


ひでえ。馬鹿なことくらい知ってるよ。警察が110番だってことも知ってる。私はぶつけた鼻を摩りながら口を尖らせる。


「このままじゃお前、傷つくよ」
え、何それ。何の予げ、
そういうの良いから
「…うええい」


怒られちゃったよ。う、うええ。
そんなしょぼくれていると、私を幸村はまっすぐ見つめてきたから照れるぜよ、なんて仁王のマネして笑ってみせる。全く緊張感がないとまた怒られた。緊張しなくちゃいけないところがあったのか。


「俺が気づいてないと思う?」


そう言った幸村は私の腕を掴んでいる手に力を入れたから私の体は強張る。え、は、あの。


「あの、とりあえず、ごめんなさい…?」
「…」


余計怒らせたようだ。助けてお母さん。あ、アイツら今頃パリだよ。
怖くて涙がちょちょぎれそうになっていた時、ふいに聞き慣れた声がした。


「幸村?」
「ああ、ブン太」
「丸井ナイス!良いところにき、うわっでで」


腕を捻られた。幸村の機嫌を損ねたようだ。


「どうしたのブン太」


幸村の問い掛けに私から幸村に視線を移した丸井は、いやどうしたのってこっちの台詞、と言いたそうな顔をしたけど何も言わなかった。幸村はそんな丸井を見て、ふっと笑うと私の手を離す。
しょうがないな、と意味不明な事を呟いた幸村は、今日は勘弁してやるよと教室に入って行った。
勘弁されたようだ。…って何が。これが今流行りの電波系というやつなのだろうか。というかそもそも電波って何だ。


「…どうした?」
「うええ?」


幸村が見えなくなってから、丸井は唸っている私にそう尋ねてきたから分からん、と返す。
とりあえず怖かった。食われるかと思ったんだ、と丸井に訴えると丸井は私の背中をぽんぽん叩いてくれた。


「う、うわあああ、あにきいいい!」
「うわ、ちょ、くっつくなウザい!」
「ごふっ」


思い切り顔面を押された私は痛む頬を摩りながらため息をつく。


「…ねえ丸井、」
「何だよ」


一呼吸おいてから私って馬鹿なんだって、と呟くと、丸井はキョトンとした顔で私を見つめた。


今更だろい
「そんな」


傷付いた。早速幸村の予言当たったよ。幸村マジすっげええ。神じゃん。
一人で感動を噛み締めていると予鈴がなったから、さて戻ろうか、と呟いた。


「なあ
「ん?」


わしゃ、と私の頭を撫でた丸井は何かあったら言えよと、優しい表情で言ったから私はそれに答えるようににっこりと微笑み返した。




「言わないよ」




優しいんですね、あなた
(でもやめた方がいいよ。絶対後悔するから)

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うわあああ。テストが終わって戻ってまいりました!
お久しぶりです。
なんか暗いですね!すいません。

110308>>KAHO.A