春の記録:08

図書室の重い雰囲気にはまだ馴染めないが、この静かな空間は嫌いではない。
柳に本を借りてから、私は図書室通いを始めていた。図書室にはもいるし、落ち着いて本も読めるしで嫌いだった図書室が好きになり始めている。


「最近よく図書室に来るようになったじゃん」
「まあねーん」


だって図書室も悪くない。まあ分厚くて古くて、埃っぽい本は苦手なんだけど、新品な本は好きだ。よし今日ツイッターで呟こう。


、その本はどうだ」


不意に柳の声がして、私は顔を上げた。面白いよ、と返す。
柳から借りたのは「しぐさと心理」の本であった。最初は堅苦しいイメージがあったものの、かなり日常生活に活用できるというか、マネージャー業に使えるというか。
いやあ何か彼らの心理状態を把握してるってかっこよくないかい?実は参謀ポジションを狙ってなくもないんだ。うへ。

にやにやとにやけながらページをめくると、ちょうど最後のページだったようで、本を閉じた私は柳にそれを返した。


「むっちゃ面白かった。また何かあったら貸して」
「ああもちろんだ」


そいじゃあ本も読み終わった事だし帰ろうかね、なんてのそのそ立ち上がると柳も帰るらしく、私について来た。どうやら図書室に来たのは私の様子を見るためだったらしい。


「あ、は?」
「私はまだ係の仕事あるから」
「うーい」


図書室から出ると、開いていた窓から春の風がふわりと吹いて、何だか立ったまま寝れそうだった。


「柳ー」
「何だ」
「立ったまま寝れそう」
「そうか」


よく分かんないけど柳に笑われて、その後に最近はちゃんと寝ているのか、なんて聞いてきた。いやツイッターは減らしたけど、本を読む時間に充ててます。私は立海のプレーンの座を狙っていましてねえ。本を読みまくって柳みたいに頭良くなるんだから。
そう言ったら柳は苦笑しては知識だけではなく、人を疑う事も必要だと呟いた。


「え?そうかなあ」
「まあそういうのもお前の良いところだが」
「うへ、うへへ」


褒められた。基本的に私は柳に呆れられてるから普通に嬉しい。
にやにやしていたらA組についたから柳に手を振って教室に入った。するとたまたま私と目が合った柳生が、「先程仁王君がさんを探していましたよ」なんて言ったから私は首を傾げた。なんだろう。…あ、いっけねええ辞書返してないよまったく。
ということで新品同様の辞書を抱えた私は隣のB組に赴くことにした。


「おー丸井。あれいない?仁王」
「…また仁王かよ」


心底つまらなそうに私を見た丸井は、知らねえよなんて返してきた。うわ反抗期かよ。困ったなあ。


「返しといてくれよう」
「はあ、めんど」
「君ねえ、たかが辞書返すくらいめんどくさがんなよ。ったく最近の若い奴あー」
お前が言うなよ
「うええい」


んもう固いんだからんなんてほっぺを突いたら叩かれた。ぼへえ。可愛くないなあ。


「ったく、俺の餅肌に触わんな」
「え?俺の餅肌がサバンナ?意味わかんないよ丸井」
お前耳鼻科行けよ
「えええ」


つかそれで国語得意って言ってるとか、いい気なもんだね。そう言ったらまた叩かれた。何故だ。あれか。お得意の自己主張か。まったく髪だけにしてほしいよね。
あんまそんなことしてっとお前の眼球におしるこ流し込むぞって言ったら恐ろしいなって返された。うん。私もそう思う。


「おっと、君とじゃれている暇はないのだよ」
じゃれてたのか
「ああ。私は多忙なのでね。特にやることはないが退散する」
「いやいやいや」


むっちゃ暇じゃんって、何だとおお!!暇なわけあるか。私はこれからあと2時間授業を受けなくちゃいけないという過酷な状況なんだ。


「いや、皆そうだから」
「…」
「あ、仁王来たぞ」


丸井が私の後ろを指をさしたから辞書片手に振り返った私は仁王と、その隣を歩く女の子の姿を捉えた。へえええ珍しい事もあるんだねえ。何か仲よさ気ではないけど仲よさ気だ。(どっちだよって言われても)


「あ、仁王辞書ありがとよう」
「ん」


私の手からサッと辞書を受け取った仁王はそれを机に置くと眠たそうに欠伸を一つ。やはり仁王は萌え袖だった。


「もしかしてさあ」
「…はい?」


仁王の萌え袖の真似をしていると隣にいた女の子がニコニコと私の前にやってきた。笑顔の眩しさに気絶しそうになるが何とか持ち直す。


「貴方、さん?」
「うええ?」


そうですが。とりあえず頷いてみると更に表情を明るくさせた彼女は私の手をとって、キュッと握りしめた。うっおおおお。なんだなんだ。


「わあああなたが!一度会ってみたかったの」
「そ、そうなんでしか!」


噛んじゃったよ。なんだよ、そうなんでしかって。笑える。ぐへへ。
可愛いわあ、と小さく跳ねる彼女の方が可愛いと思う。調子のって君の瞳に乾杯って言ってみたら丸井に頭を叩かれた。


「あはは!私、仁王にいつも貴方の話聞いてたの」
「私は君の事聞いてない」
「言ってないからの」
「そうっすか」


相変わらずの彼の冷たさに、私は疎外感を感じて、わざとらしく肩を竦めて見せた。言い方ちょっと冷たい。何だよもう。ぐれるぞこの野郎。それよりも仁王を呼び捨てする女の子なんて珍しいと思う。テニス部は基本的に皆に人気者の色が強いので、きゃあきゃあ騒ぐ女子は皆、君付けか酷い奴は様付けだ。「幸村様ー」って。世界文化遺産にでも登録すべきじゃないのか。…あ、私も呼び捨てにしてた。やべええ。私も文化遺産ひゃほい。


「あ、私は原西ソノミです。皆ソノちゃんて呼んでるからそれでよろしくね」
「うえ、私はって言います。べ、ベティって呼んでください」
なんでだよ
「OH」


ぱしーん、と丸井に殴られて前によろける。最近彼暴力的ですよねえ。私はMじゃないのに。M疑惑でもかけられてるのかしら。困ったものである。


「とりあえずちゃんて呼ぶね!」
「う、うへ。呼んでやって」


ちゃん付けで呼んでくれる人は今までいなかったからちょっと嬉しい。名前すらまともに呼んでもらえてなかったし。「おいそこの火星人」とか言われてた。なんだ火星人て。私が火星人ならそんな私と友達やってるお前は水星人だ。
名前で呼んでくれたことに対して喜びを体で表現しようと、私は先日近所の駄菓子屋のおばさんに習ったなんとか族の踊りを披露しようとした時、予鈴が鳴り響いてソノちゃんは鳴っちゃったね、なんて残念そうに笑った。いと可愛い。


「じゃあまたねー仁王、ちゃん」
「丸井省かれたね」
元から会話に入ってねえから。にやつくな。すげえムカつく
「そうかい」


もっと笑ってやんよ、とにやにや笑っていたら、ふいに机に突っ伏していた仁王が顔を上げて私を見た。しばらく何も言わずに私を見ていたから私も首をかしげて見つめ返していたら仁王は立ち上がって、私の背中を押した。
私は押されるがまま、教室の外に出る。


「いつまでここにいるんじゃ。おまんももう戻りんしゃい」
「…ああ。おうよ」


もう一度、どんと追い出すように私の背中を押した仁王はかったるそうに頭をかいて、教室の中に戻っていった。そんな仁王を見つめていたら、怪訝そうに仁王を見つめていた丸井と目が合って、丸井は私にひらひらと手を振ってくれた。


「またね、丸井と仁王」
「おう、また部活でな」


ほっとするような笑顔を向けてくれた丸井に手を振り替えして私も教室に戻ることにした。
くるりと踵を返す私はソノちゃんと仁王のことを思い出して、何だか仲良いなあと呟いた。まあ仁王はあんまり女の子と関わらないし、(マネージャーやってる私ぐらいだ)女の子にももう少し愛想良くてもいい気がしてたから、女の子の友達が出来るのはいいと思う。
でも他の女の子と仲良くする分私に冷たくなるのはいただけないなあ。…まあいいけど。ソノちゃんが傷つかなければそれで良いけど。冷たくされるだけならまだいいや。そんなこと、私は慣れっこだったし、今更傷ついたりなどしないのだ。だって『そうならないようにしてきた』のだから。本当に困った時の対処法なんていくらでも心得ている。
とりあえず現状では仁王のことは保留ということで、

まあいいんだよ。
これ以上にも、これ以下にもならなければ。
これくらい大したことじゃないし、




嫌われるよりは、マシ
(お前ってひでえよ、見損なった)(…何のことだかさっぱり)

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良くわからん。 110205>>KAHO.A
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