春の記録:07

「ちょっと、聞いてる?」


パパッとライスのふたをベリッと剥がしているとはそれを取り上げて私の注意を自分に向けさせる。


「聞いてる聞いてる。太平洋が何だって?」
全然聞いてねえじゃねえか


何故丸井が怒る。とお話してたのに。頬を膨らました私はからパパッとライスを取り返すと取られないように抱える。そんな私を丸井がじっと見てきたから席から慌てて立ち上がって丸井から離れた。


「何だよ。そんな顔したってあげないぞっ」
いらねえよ


いらないのか。まああげないけど。というかお前の手にしている焼きそばパンをよこしたまえ。いい子だから。
素晴らしい機敏な動きで丸井の手から焼きそばパンを奪おうと飛びついたらあっさり避けられて床に頭から突っ込んだ。あうち。


「とりあえず、座って」
「…うええい」


に腕を掴まれて私は仕方なく着席。すると彼女はおしるこの缶が詰まったエナメルバックを机の上に載せた。丸井がうわキモ、なんて呟く。失礼な奴だな。
おしるこに謝れ!…え、私に言ったの?


「何だよこの大量のおしるこは」


エナメルバックを覗き込む丸井は頭を押さえてため息。いやいや君の鞄には負けるよ。あのお菓子の量。
それに君あれだもんね、小包装された飴がそのまま入ってるし?何故買ったときのまま大きな袋に入れておかないのかって話だよね。ふはは。無茶苦茶ばらばらやん。


「おしるこダイエットなんだって」
「えええ、誰そんなこと言ったの。やせる気なくない?」
お前だよ


いやあ、私ダイエットなんて一言も言ってないんですけど。ちょっとそういうのやめていただきたい。私は無実です。なんて言ったらに頭を叩かれた。言っただろって、うえええ?そうだっけ?


「呆れたわ。やっぱ適当に言ってたのね」
「どうしよう。呆れられた」


まあまあお二方。ちょいと聞いておくんなまし、と私は近くにいるにも関わらずと丸井を手招きする。
まあ話せば長くなるがねえ、と前置きをした私は缶を机の上において窓の外を眺めた。は、おしるこの缶ごときでそんな哀愁漂わせてくるとは思わなかったとかなり面倒くさそうである。


「あのさ、今日私のマムとダディの結婚記念日じゃん?」
知らねえよ。…ああ、『常識だろ』みたいな顔されても困るから』


大体なんだマムとダディって、なんて丸井に言われて私はお味噌汁をずぞっと啜った。え?言わない?ああ、言わないですか。そうですか。
まあそれはともかく、結婚記念日は知らないよね。流石に。知ってたら引くわ。


「実は私も今朝知ったし」


ほれ、とポケットからくしゃくしゃの紙を出すとそれを開いた。中には『結婚記念日おめでとう!ということでマムとダディはしばらく旅行行きます』とあった。どうやらしばらく自炊しなければならないようである。


「結婚記念日って…日帰りじゃないのか」
「うん。何か記念だから二人とも旅に出てさあ、記念日が終わった後もしばらく外国でその余韻に浸るらしい」
なんてめでたい人達なんだ


いいよ。彼ら頻繁にふらっと消えるし。もう慣れた。でも私に何も言わずに出て行くのはいつもながらいただけない。(書き置き見つけなかったら夜逃げでもしたんじゃないかって思ってたところだ)


「それにしても最近は凄いね。まさかお味噌汁が自販で売ってるとは思わなかった。これで生き延びられるよ」
「自炊する気ゼロか」
「あれ、って料理苦手なのかよ」


いんや。普通。できないわけじゃないけど、できるわけでもない。
つか作るのめんどくさいじゃん?作らなくて済むならそれに越したことはない。
まあちょいと買い過ぎた感はいなめないけど。でもだって買いたかったんだ。いわゆる衝動買いというやつだ。
そう言ったら、がとっても心配だから今日ご飯作りに行ってあげようか?なんて言われた。マジで!よっしゃ。


「で、まあとりあえず君の家族と君が馬鹿なのはよく分かった」
「よし。分かられた」
「あとさあ、さっきから抱きしめてるそのパパッとライスは何?」
「ああこれ?」


ご飯が食べたくなったからこれを食べようと思って。でもこれどうやって食べるの?カチカチじゃないか。消費期限いつ?期限切れてんじゃないの?


「食べ方ふたに書いてあるじゃん」
「捨てた」
「…。確かレンジで温めればいいんだと思うよ」
柳で温めるの!?
「そういうのいいから」
「うええい」


曰く温めればカチコチご飯がふんわりご飯になるらしい。へえ。知らなかった。にわかには信じられん。でももしそれがホントならすげえな人間。


「あ丸井電子レンジ持ってる?」
持ってるように見えるか
「うん」


持ってねえよ、と返されて私はしょぼくれる。電子レンジを持ってない丸井なんてご飯が盛られていない茶碗と同じじゃないか。そう言ったら丸井にはちょいと難し過ぎたようで、ちっとも分かんねと返された。


「あーそうだ。職員室なら多分電子レンジあるよね」
「うん」
よし、いってらっしゃい真田
「自分で行け」
「うええい」


意地悪だなあ真田は。仕方なく立ち上がった私はもう昼休みが終わることに気づいて慌てて走り出した。


「転ぶよ」
「転ばないよ、うおっぷ」
「…うおっぷ…?」


べしゃあ、と床に転んだ私の手からパパッとライスが飛んでいく。私より若干後に床に着地したライスはずさーっと床を滑って廊下に飛び出した。廊下を走っていた男子がそれを踏んで豪快にコケる。
パパッとライスなんて落とすなと怒鳴られるかと思って、ぶたれる前にとりあえず彼の前でスライディングどげーざああ!と叫びながら間違えてジャンピング土下座を披露したら、この少年は優しい心の持ち主だったようで、文句一つ言わずに申し訳なさそうに私を見た。




踏んじゃった、ごめん
(でヤンス)(うへ、うへへこちらこそゴメンでヤンス) (彼の名前は裏山君といった)

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まさかの裏山しい汰くん。ジャッカルより先に出た。
次回、仁王さんとか出てくる、はず。
110131>>KAHO.A