58_星座が二人を繋がないなら2 |
文化祭二日目の目玉といえば、多分あの料理コンテストが挙げられるのではないかと思う。グラウンドに設置されたステージに張り出されているコンテストのエントリー数は、そこで行われるどのコンテストの参加者数よりもはるかに多い。 コンテストは、13時に調理開始の合図が出され、制限時間は2時間程。その後ステージで料理の説明やらパフォーマンスをして、結果発表はしばらく審査の時間を置いて16時ということらしいのだが、文化祭二日目の今日、私は切原君と15時から文化祭公開終了時刻まで、シフトが入っているので発表を見ることはできない。そんな私達をコンテスト前に丸井先輩の応援に行かないかと誘ったのは桑原先輩だった。 「俺もギリギリシフトが入ってて、もしかしたら発表には少し間に合わなくなるかもしれないんだ」 「なるほど」 「お前達もシフトが重なってて結果発表は見に来ないってブン太がぼやいてたしな」 フラフラと文化祭を巡っていた私は、切原君を介して電話で三年B組の前に呼び出され桑原先輩からそんな話を聞いた。私がずっと丸井先輩に辛辣な態度を取ってきたことを見ていたからか、別に無理強いはしないけれど、きっと私達が応援に行けば喜ぶのではないかと思ったんだと、先輩は遠慮がちに言う。だが料理コンテストには興味があったし、切原君も行くのなら私も行きますと答えた。 丸井先輩はこの時間、シフトが入っているらしく、B組を覗くと、そこには会計の仕事をしている丸井先輩の姿があった。先輩のクラスはアイス販売をしているそうで、ふと先輩が私達に気づくと隣にいたクラスメイトに仕事を頼んでこちらにやって来た。 「店番中だろ、良かったのか」 「いーのいーの、今そんな混んでねえし」 「丸井先輩アイス奢ってくださいよ」 「やだ。つうか何、売り上げに貢献してくれんじゃねえの」 切原君はすっからかんの財布の中身を見せると、へらりと笑った。これでどう1日を乗り切ろうとしたのか私にはさっぱりである。そもそも昼飯はどうするつもりなんだろう。まさか桑原先輩あたりに奢ってもらうつもりなのか。私は切原君と違ってきちんと蓄えはあるし、わざわざ顔を出して何も買わないのは失礼かと思って、財布を取り出した。せっかくなので私は抹茶アイスくださいと先輩にお金を渡す。切原君がずるいと騒ぎ出したが何がどうずるいんだ。 「ジャッカルは?」 「あーじゃあ俺もと同じの」 「おっけ。…っと、赤也は金がないんだったなあ。残念」 「えええそりゃないっすよー!」 「金ねえのにアイス出せって方があり得ねえって」 「言えてるよ切原君」 丸井先輩に空いている席に案内してもらうと、しょぼくれる切原君が私を恨めしげに見つめた。しかしそんな風にしていれば優しさの塊、桑原先輩が奢ってやるぞ赤也、とか言い始めてしまうわけで、こうやって切原君は駄目駄目さを極めるんだなあと、思う。丸井先輩も似たようなことを言っていたけれど、まあそれは桑原先輩に甘えてばかりの先輩が言えたことではないよな。 それから丸井先輩はすぐにアイスを持ってきて、何故か私達の席に腰を下ろして一緒にくつろぎ始めた。多分混んでないことを理由に先輩の中ではこのサボりが許されているのだろう。周りの人も、すっかり仕事放棄の先輩に、まあ、丸井君だから良いよねみたいな朗らかな空気である。きっと皆から好かれているからこそなし得る技だ。 「人気者だと得ですね」 「ん、なんの話?」 「丸井先輩の話ですよ。切原君が同じようにサボってたらクラスメイトがすぐに先生にチクりにいきますね。私も行きます」 「お前まるで俺が人気ないみたいな言い方すんじゃねえよ」 「まあ、俺の人徳ってやつ?」 「じんとく」 いや丸井先輩に果たして人徳があるかはちょっと分からないけど。得意げにピースする先輩に、それなら桑原先輩の方がよっぽど徳が高そうなんだがな、とこっそり思った。思うだけ。口に出すと例の頬を抓る攻撃をくらいそうな気がした。だから私は曖昧に笑って、アイスを一口。 切原君はともかくとして、丸井先輩や桑原先輩とこうして一緒にいるところを見られたらきっとまたゆずるにどやされるのだろうなと私はぼんやり考えていると不服そうにしていた切原君は「あっ、そういや」なんて何かを思い出したように背もたれに預けていた身体を起こした。 「柳先輩に料理コンテストの参加者に、強敵がいるって丸井先輩が言ってたって聞いたんスけど」 「あー、そんな話したなあ」 「勝てそうなんスか?」 「ったり前だろい」 いつだってポジティブシンキング万歳な丸井先輩が強敵だと見据える人なんているとは少しだけ意外に思えた。どうやら東京のパリカールとかいうケーキ屋の娘がその強敵らしいのだけれど、先輩が言うにはそこのケーキは飽きるくらい食べて研究済みなのだとか。 「皆応援してるんだから頑張れよなブン太」 「任せとけって。ちゃんと勝負エプロンつけてきたしな」 「勝負エプロンってなんスか」 「今着てるやつ。小学生ん時に家庭科で作ったんだけど、意外と気に入っててよ」 「へえ」 「これで去年のコンテストも勝ったし、弟の運動会の弁当もこれで作るんだよ」 丸井先輩は紺色のエプロンをぴんと広げて見せた。確か私もそういうのを作った覚えがあるけれどうまく作れなくて、完成しても使う機会なんてなかった気がする。それにしても丸井先輩の手作りエプロンというのはなかなか綺麗にできていて、料理だけじゃなくて、裁縫も軽くこなせてしまうくらい、昔から器用なんだなあと思った。ミシンを使う丸井先輩とかちょっと似合わないけど。 「そういやさっき幸村君と真田も来てさ、喝入れられちゃったからな。きっちり勝ってくるわ」 「じゃあ私と切原君は校舎から健闘を祈ってますね」 「ん、サンキュ」 そうして伸ばされた丸井先輩の手は私の頭をぐしゃりと撫でて、私はその優しい手にやっぱり気恥ずかしくなってしまった。そろそろ戻るな、と立ち上がった丸井先輩を見送らないままに思わず俯いているとそんな私の足を蹴飛ばしたのは切原君で「何照れてんだよ」なんて私をちらりと一瞥する。照れてないよ。ちょっと、びっくりしたというか、とりあえず照れたのとは違う。切原君はやけにつまらなそうな顔で頬杖をついている。桑原先輩も苦笑しているばっかりで、仲介に入ってこないので、私は思わず肩を竦めた。 「照れてないよ」 「照れてただろ」 だから照れてないっつの。 丸井先輩のクラスを後にした私達は、今度は桑原先輩のクラスの出し物を見学することになった。本当は昨日丸井先輩に邪魔された分、今日こそシフトまで一人で過ごすつもりだったのだけれど、切原君が今日は俺に付き合えよ、なんて、私を財布代わりに指名したために、そうもいかなくなってしまった。もちろん一緒に巡るのは妥協しても財布にはならないが。 「俺のクラス、プラネタリウムを作ったんだけど、これがなかなか綺麗なんだ」 「へえ、プラネタリウムって手作りできるんですね」 どうやらプラネタリウムは、他クラスではあるが、柳先輩に知恵を借りながら、何とか完成させたらしい。中心に置くライトを覆うカバーのようなものに星の配置通り正確に穴を開けていく作業が苦労したのだと言う。だけど、喫茶店を開くよりも、そうやって普段絶対やらないようなことにクラス全体でチャレンジする方が面白そうだ。 「すごいですね。でも私達星ってよく分からなくて、それでも大丈夫ですかね」 「おい、俺まで星が分かんねえみたいな言い方すんなっつうの。さっきからお前喧嘩売ってんのか」 「だって分からないでしょ」 「分からねえけど」 結局、桑原先輩に分からなくても綺麗だからと背を押されて二人とも星なんてちっとも分かりませんけどスタンスでプラネタリウムの見学をすることになった。扉は暗幕で覆われて、光が通らないようになっていた。中は当然真っ暗だったのだが、そこはまるで星の海のようだった。天井や壁に、星の光が散らばっており、どれがどの星座か、なんていうのはやっぱり私には少しも分からないのだけれど、きっと空気がきれいな場所の夜はこんな風にまるで星に埋もれていくような感覚になるのだろうなと思う。 「うわすげえ、いるだけで頭良くなりそうだな」 「なってないから大丈夫だよ」 「お前な…」 むす、と口を尖らせた切原君は、壁の光の点にそっと触れて、それから小さく唸っていた。どうやらどれがどの星と繋がって星座になるのかさっぱりわからないらしい。私にもちっとも分からないのだけれど。 「桑原先輩、今の時期見える星ってどれなんですか」 「え、あー…俺も少ししか分かんねえんだけどさ」 「簡単なの教えてくださいよ、ジャッカル先輩。何か星座って、馬に見えないのに二本繋いだだけで馬だって言ったりするじゃないっすか。ああ言うわけわかんないのじゃなくって」 星座というのは大体そういうものだし、星座が分からないと言っている桑原先輩にはなかなか難しい注文である。彼は苦笑してから、「そうだな、秋の空に見えるのは、」と壁の上の方を指して空中に四角を描いて見せた。プラネタリウムを作る際に先輩が一番初めに覚えたものらしい。 「星座じゃねえけど、あそこに見えるのが秋の四辺形って言って、二等星でできてて、南の空に見えるらしい」 「あ、ペガスス座の一部ってやつですね」 「な、お前、分かるのかよ星!」 「これくらいはまあ」 「…お、俺もこれ覚えて帰ろ」 秋の四辺形な、秋の四辺形…ぶつぶつそんなことを繰り返しながら、切原君はそれからしばらくその場を動かずにじっと秋の四辺形を見つめて指で星をなぞっていた。桑原先輩はそんな様子に、赤也にはいい勉強だなと小さく笑う。きっとこれで次の日には、鼻高々に得た知識を誰かに披露するに違いない。私は彼をおいて、桑原先輩に何と無く解説をもらいながら、全体をざっと見終わっても、切原君はまだあの場所にいた。二等星だからきっと見つけにくいと思って目に焼き付けているに違いない。桑原先輩は、少し人が増えて慌ただしくしている受付を見て、少し手伝ってくるなと私に声をかけるとそちらへ行ってしまった。 「覚えられそうかい切原君」 「あ?もうバッチリだし」 「帰りに一緒に見れると良いね」 「…へ」 「最後のシフトで片付けするころには日も暮れてるだろうしギリギリ見れるかもしれないよ」 「そっ、そうだな。じゃあどっちが先に見つけられるか勝負だな」 「…君達って勝負好きだね」 「…は?」 「こっちの話」 丸井先輩も切原君も何でもかんでも勝負勝負って。男子というのは総じてそういうものなのだろうか。まあ、切原君とのこの星座勝負には負ける気はしないけれど。 私は天井を仰ぐと、そっと息を吐いた。 まるで宇宙に放り出されたみたいな、そんな錯覚を起こしそうだ。 初めてここに来たときも、そんな気持ちだった。どれもすぐそばにあるように見えるのに実際は手を伸ばしてもちっとも届かなくて。 星は綺麗だけど、やっぱり少し寂しい気持ちになるのは、私が求めるものがまだ手の届かないものだと思っているからだろうか、それとも―― 「」 「…なに」 「…俺さ、…あー…」 「なんすか」 「何でもねえや」 切原君は相変わらず四辺形を見上げていて、この暗がりでは、彼がどんな顔をしていたのかは、私にはわからなかった。 (星座が二人を繋がないなら2) return index next ( まっくらな宇宙にはじき出された少女 // 150401 ) |