24_君はこれを寄り道と云う |
静岡にやって来て二日目。いくらなんでも、半年ぶりに遊びに来た姪っ子をたった一人で、徒歩30分はかかるスーパーに買い物に行かせるのはどうかと思う。来るたびにこんな豪快なノリで追い出されるので、道は一応頭に入ってはいるけれど、もし私が迷ったら一体どうするつもりなのだろう。いや、どうもしないんだろうな。困るのは私だけだし。やはり海育ちは勇ましい。まあ私も海の側で育ったが、叔父や叔母の方が肌は小麦色だし、健康的だ。日焼け対策をろくに持って来ていないので、帰る頃には私も真っ黒なのではないだろうかと思う。 私はポケットにくしゃりと丸めて入れていた買い物リストを確認する。生ぬるい風が髪の毛をさらって、それを手で押さえながら、重そうな物ばかり並ぶリストに肩をすくめた。それと同時に、背中に何かがぶつかり、手からリストが逃げて行く。 「ああ、申し訳ない。よそ見をしていたもので」 「いや、こちらこそ、あ」 リストを拾い上げて私に差し出したその人はなんと真田先輩だった。何も悪いことはしていないのだけれど、いつも切原君が怒られているところばかり見ていたので、私はぎくりとした。彼はあの目立つ辛子色のジャージに、マイ買い物袋と、リュックサックと言うなんともミスマッチな出で立ちをしていた。彼もまさか私に会うとは思ってもいなかったようで、ひどく驚いた様子だった。私は紙を受け取って「ええと、まさか」と言葉を続ける。静岡に合宿に来ていたということで、間違いはないだろう。真田先輩はそのまさかだな、とでも言うように、頷いた。 「買出し、とかですか。格好的に」 「…ジャンケンに負けてな」 「真田先輩ジャンケンとかするんだ」 「どういう意味だ」 「いやそのままの意味ですけど」 さしずめ仁王先輩あたりに乗せられたのだろうけれど。どうやら、マネージャーがの一人しかいないので、彼女は買出しにまで手が回らないらしい。だからノルマを達成した者が買出しに出ることになっていたと言うのだ。しかし、彼らの手にあったのは、合宿所の人が書いた分かりづらい地図だけで、さらに真田先輩がせっかくだからと買出しにも特訓メニューを組み込んだためノルマを達成しても誰も行きたがらなかったのだという。彼は、まったくたるんどる、と眉間にシワを寄せてそう零していた。道を知らないのは分かったけれど、特訓メニューとは何だろうか。首を捻ると、真田先輩がリュックサックの中身を私に広げて見せた。中には重りが詰まっていた。それで、合宿所からもう15分は歩いているそうだから、苦行である。 「なに、30キロしかないぞ」 「よくリュックサックが切れませんね」 「そんなやわなものは使わん。…時にはどうしてここにいるんだ」 「ああ、私は近くに叔父の店があって、手伝いに来ていたんです。ゆずるが合宿場所を教えてくれなかったので、まさか先輩と会うとは思いませんでした」 「そうだったか」 ゆずるが合宿場所を知らせたくなかった理由はもしかしたらここにあったのかもしれない。まさか私がついてくるとは思っていないだろうけれど、叔父が住んでいる場所なのだ。何らかの形で接触されるとでも思ったのだろう。やけに最近、私がテニス部の人達と仲が良いからどうとかと勘ぐっていたから。 私は真田先輩の手にある地図を覗き込むと、たしかにそれは大分お粗末な物だった。土地を知らぬ者には解読できまい。しかし、どうやら私と同じ場所へと向かうらしいことだけはかろうじて読み取れたので、ここなら分かりますよ、と先輩を見上げた。 「本当か。良ければ案内を頼みたいのだが」 「私も今からそこに行くつもりでしたし、構いませんよ」 ひらりと自分の買い物リストを見せると、彼は随分重いものばかり買うのだな、とどこか不安げな声をこぼした。私が持てないと思ったのだろう。いつもこんな調子だから、体力だけはついたのだけれど。 「ああ、真田先輩、次に買出しに行く時は、二駅隣の駅前のスーパーに行った方が、品揃えも良いですし、合宿所からならもしかしたら近いかもしれないですよ」 「む、そうだったか」 「後で駅まで地図でも描きましょうか」 「良いのか」 「絵心はないですけどその地図よりは分かりやすい自信はあります」 そうして空中に絵を描く真似をして見せると、真田先輩はフッと笑ってでは頼もうと言うので、当然なのだけれど、真田先輩も笑うのだなあと、私はその様子をまじまじと見つめていた。「…何だ?」「いやなんでも」大きなお世話だろうと私は黙ることにしたが、もっとそうやっていつも自然に笑っていれば良いのにと、こっそりそう思った。 目的のスーパーに着くと「確かに小さいな」そう真田先輩がポツリと零した。だから必要最低限のものを揃える時だけ仕方なくここを利用するのである。 スーパーのすっかりおんぼろのカゴを掴むと、真田先輩は私からそれを取り上げて俺が持つとだけ言ったので、もしかして私の買う分も持ってくれるのだろうかと前を歩く真田先輩の背中に慌ててついて行った。 「お前の荷物は、お前が持つには少々多いように思うぞ。無理はするな」 「けど、叔母が腰を痛めているから、そうにもいかないと言いますかね」 「そうか。手伝いとは関心だな。しかし道案内をしてもらった礼だ。今回は俺の買い物は少ないから、一緒にもたせてくれ」 「…あー、じゃあ、お願いします」 私はリストのペットボトルを遠慮がちにカゴへと入れて行き、ついでに目に止まった日焼け止めもそっと中に入れた。私の買い物は飲み物に対し、真田先輩の買い物はスポーツドリンクの粉末だったり、ペットボトルはあれど、ほとんどが氷菓子だった。真田先輩が率先してこういうものを買うはずがないから、他の部員達がせびったに違いない。真田先輩は時折難しい顔をしながらそれらをカゴに入れていた。一人一つアイスを買おうとしているものだから、真田先輩は気前が良い、というよりよく分かっていないという方が正しいか。苦労しますね、私が零すと、真田先輩は掴んでいた一つをアイスボックスに戻す。 「こういうものはあまり買わないからどういうものが良いのか分からないのだ」 「まあ、適当で良いと思いますけど…」 部員が多いなら一人に一つ買うのではなく、十本入りの棒アイスとかを2 、3箱買って行けば良いとは思いますよ。手近の箱アイスをカゴに入れると、真田先輩はそうだな、と頷いた。丸井先輩あたりが余計なことすんなよ、なんて不貞腐れている顔が何と無く浮かんだ。 それから私達は会計を済まし、互いに買ったものを袋に詰めてスーパーを出ると初めに先輩と会った場所まで戻ってきた。どうやら、合宿所はここから道なりにまっすぐ言ったところの一際目立つ看板をこさえたところだと言う。それなら見たことがある。思いのほか近くにいるもんだと、昨夜のの生返事の理由に納得をしていると、真田先輩は少し迷ったようなそぶりを見せたのち、 「会って行くか」 そう問うた。合宿に顔を出すか、という意味だろう。彼の表情からすると、あまり気乗りしていないことが見て取れた。おそらく私が行くことで、部員に気の緩みが出てしまうのではないかと不安になったのだろう。切原君あたり、何でもかんでも私のせいにしてすぐにだらしなくなるから。 だからと言うわけではないけれど、私は首を振ると結構ですと、家の方へ足を向けた。別に会っても話すことがあるわけでもない。 「そうか」 「合宿、頑張って下さい」 「お前も、店の手伝いは大変だろうが、無理はするなよ」 (君はこれを寄り道と云う)(いや、寄らないから安心してよ) return index next ( まっくらな宇宙にはじき出された少女 // 140924 ) |