15_きよらかな孤獨 |
きっと言うまでもない事だけれど、テニス部のレギュラーと言う肩書きに惹きつけられる女の子は少なくない。彼女達は飽きもせずに毎日毎日あの黄色いユニフォームを追いかけて差し入れを献上して、大層ご苦労なことであるが、きっとその一番の理由は彼らが俗に言うイケメンと言うやつだからだろう。そして女の子にちやほやされる対象は歩く海藻こと切原君も例外ではなかった。らしい。丸井先輩達程ではないにしろ、隣の席にいれば彼もよく差し入れを貰っているところを見かけるし、特に最近は告白の呼び出しのために席にいないことも多い。 ああ、増えたといえば、女の子達が私に、どうやって切原君と仲良くなったのか、なんて仕切りに尋ねてくることもである。しかしそのほとんどは羨む声よりも、どちらかと言えば、そもそも以前の私の性格から考えてあり得ないだろうという、純粋な疑問のように思えるが。 「それにしても私、もう貴方達は出てこないのかと思いました」 「甘いわね、椅子を投げられたこと忘れてないわよ。最後まで付きまとってやるわ」 「うへえ」 そんな女の子達の例に漏れず、昼休みになるなり私の前に現れたのは、というより拉致されたのは、ツラ貸しな、のあの意地悪な先輩の片割れだった。連れ出されたと言っても、教室から少し離れた廊下の隅っこなだけなのだが。つまり、目立つようなことはされないのだろう。とはいえ彼女は攻撃のつもりなのかツインテールをばっしばっしと先程から私の顔面にぶつけてきている。初めはやっぱり嫌われているのかなと少々鬱陶しく思ったけれど、目の鋭さが初対面の時に比べていくらか和らいでいるのを見て、なんだ構って欲しいだけかと思った。彼女は違うと否定したが、きっとちょっと生意気だと、当たりしたくなったとか大した理由ではないのだ。どちらにせよ面倒臭かった。 「それにしても、もう一人の髪の短い方はどうしたんですか」 「ああ、あいつはね、風邪でやすんでんの」 「そうなんですか。ええと、そうだ、ならこれ」 「うん?あいつに見舞いの品なんて案外気が利、ってゴミ」 「ポケットに入っていたので、捨てておいて下さると嬉しいです」 「自分で捨てろって言うか、紛らわしい言い方するなよ、絶対最後の台詞いらないでしょ」 「すいません、話の切り替え方下手で」 「口下手言い訳にすんな。嫌がらせだろこれ。私相手にあんた本当に、大物だね」 「褒めないでください」 「褒めてねえよ」 ツインテール先輩はすぐさま私を鋭く睨んだ。その目は初めて会った時に見たそれとはやはり程遠いもので、怖いとは感じない。私は微塵も仲良くなったつもりはないのだけれど、向こうはそうではないのだろうか。嫌われて何かしらしでかされるよりは都合が良いのかもしれないけれど、極力仲良くもなりたくない。私は逃げ出すことも出来ぬまま、ぺらぺらと目の前で話し始める先輩に、はあ、そうですか、と適当な相槌を打っていた。内容は案の定、切原君とどうやって仲良くなったか教えなさいよ的なそういう話だった。 その時だ。ふと、隣をよく知る気配が通り過ぎた気がして、そちらに意識を向けようとする。しかしその前にぐんっと誰かに腕を引かれて、その力に逆らう暇もなく、倒れそうになる身体に釣られて足が動き出した。 「あ、ちょっと!」後ろで騒ぐ先輩を振り返る余裕もない。しかし私は腕を引くこの硬い手の主の後ろ姿をようやく捉えると、「…何で?」と要る部分も要らない部分も殆ど省いた質問をその背中に投げつけた。 先輩は追ってくる気配はなく、私達はわざわざ上履きのまま校舎の裏まで出て、そこで止まった。私が見間違うはずのないもじゃ頭がようやく振り返る。 「何でって、え、何が?」 「いや何で私は連れ出されたのかなと」 「あの人この前が逃げてた人じゃねえの?」 「そうだけど…」 「虐められてると思ったから助けたんだよ。え、違った?」 切原君はすぐに渋い顔をして、私を伺った。あの先輩を貶めるつもりはちっともなかったのだけれど、何だか切原君の顔を見ていたら、違ったとは言えなくなって、気づけば「助けてくれてありがとう」と、口をついて出ていた。何故彼にわざわざ気を遣ったのか分からない。切原君がホッと表情を柔らかくしたのに、私も安心した。 「それにしてもお前、平気そうな顔してっけど、またこういうことあれば助けてやっから言えよ。どーせ俺達のせいなんだから」 「ああ、うん」 俺達が人気だから、とか、そんな言葉がきっと隠れているのだろうけど、あまりに自然な言い方でここまでくるとまるで嫌味がなかった。イケメンも度が過ぎるとこんな台詞を言うことも許されるのかと、私は感心していると、何を思ったのか、切原君は何かを言いたげに私を見つめていた。 「どうしたの」 「いや、正直泣くかなって思った」 「え、何で」 「ま、すげー今更な話だけどさ、」 何度も言うようだけれど、私がこの世界に来る前の『』と言う人間は、典型的な泣き虫弱虫にカテゴライズされる人間だったことは、周りの反応から推察できることだ。切原君曰く「初めのうちは俺に話しかけられたくらいでびびって半泣きしてた」と言う程である。 「今はまったく泣く奴じゃなくなったって分かってるけど、やっぱまだ驚くことも多いっつうか、人間変わるもんだなと」 「…気持ち悪い?」 「何でそうなるんだよ。そんなこと全然思わねえって」 「…そういう意味じゃなくて」 「確かにお前泣き虫がなくなってもすげー変だし、受け入れにくい部分もまあ、ある。けどどんな風になろうがはだろ。他人にどうこう言われる筋合いねえっつうか」 俺も人のこと言えねえしな。切原君はそう続けて、ちょっとだけ困ったように笑った。その言葉の意味は私には分からなかったけれど、きっと彼も彼なりに何かあるのだろう。多分突っ込めば教えてくれそうな空気だけれど、他人の分を背負う程私に余裕があるわけではない。それよりも切原君らしくない台詞を聞いたことに私は少しだけ驚いていた。彼の上澄みでない部分が、見えた気がする。 「あ、ていうか、そもそもどうしてここに逃げてきたの」 上履きの裏を返すと、隙間にすっかり土が詰まってしまっている。逃げる場所など校舎内にいくらでもあるだろう。それに私の記憶が正しければ校舎裏のこの木の下は立海の有名な告白スポットである。「まさか切原君私に告白」「しねーよ!」冗談なのにそこまで全力で否定されるのも悲しいものだ。 「実はついさっきここで告白されててよ。なんか勢いでここまで逃げてきたっつうか」 「その勢いでこの恋慕を伝えようと」 「お前その話題から離れたら?」 切原君の少しだけ不機嫌そうな声に、私はぴた、と口を閉じた。今まで切原君の血の気の荒さを喧嘩の引き合いに出してきたけれど、今更ながらに、いつだって気の触るからかい方をしているのは、そう言えば私だなあと、膨れる切原君を見て思う。冗談だよ、となるべく反省している色を出して見せながら言うと、そっぽを向いていた切原君が「あ」と声を上げた。何だよ、人がせっかく反省を態度で示しているというのに。釣られて視線を移した私も声を上げる。え、あ。 「…丸井先輩じゃん」 先輩は3階の窓からこちらを見下ろしており、私達と目が合うと、ひらりと手を振った。そんな中体裁の悪そうにその名前を呼んだのは切原君で、きっと本人には聞こえていないほどの声色だろうけれど、私はただあの人を見つけたという事実だけでは収まらぬような様子に、切原君へとすぐに目を戻した。「お前らもう昼休み終わんぞー」上から声が降る。 丸井先輩はそれだけ言うと窓から引っ込んでしまって、何処か気まずそうな切原君が私を見た。 「どうしたの」 「…ぶっ飛ばされたらどうしよう」 「は?」 「これ絶対丸井先輩に勘違いされたぞ」 「何が」 「が俺に告白してるように見えたかも」 「えええ」 「ここ告白スポットだしな」 別に誰にどう思われようと、今更気にするような私ではないし、そもそもこの器は本当の私ですらない。丸井先輩が周りに言いふらすとも思えないし、だけど、もし噂にでもなれば、また女の子達に騒がれてしまうんだろうか。 「でもその割りに丸井先輩、普通だったと思うけど」 「気づいてねえふりだろ」 本当に気づいていないだけではないだろうか。だって、知り合いの告白シーンなんて見たら冷やかすのではないかと思うのだけれど…、いや、丸井先輩はあの場所からそんなことはしないか。でも流石に私と切原君の間に恋愛感情など、テニス部の人ならばあり得ないの一言で片付けられるはずである。そういうわけで私と噂になりたくない切原君の気持ちは察してあげるけれども、気にしすぎではないだろうか。 「まあ、どちらにせよ連れて来たのは切原君だしね」 「わ、悪かったな!」 「私は別に構わないけどね」 切原君が困るって言うなら、丸井先輩本人に聞いたらいいとは思うけど。 (きよらかな孤獨)(別に初めから期待なんてしていないけど、) return index next ( まっくらな宇宙にはじき出された少女 // 140818 ) |