13_結ばれない星どうし |
「え、先輩?」 「うん」 ゆずるは私の言葉に酷く怪訝そうな顔でこちらに振り返った。先程までまるで私にかまっている時間などないとでも言うようにおざなりに相手をしていた癖に、私がその名を挙げれば、玄関で靴を履きかけていた彼の手が止まる。私も彼の隣に並んで自分のローファーに足を滑らせた。 「俺とかレギュラーじゃなくて、先輩を見に来るの?」 「ゆずるなんて見飽きちゃったよ」 「姉ちゃん嫌い」 ゆずるが玄関を開けた。食べ損ねた朝食の代わりに食パンを片手に二人で家を出る。運動部はたかが朝練のために普段こんなに朝早く起きているなんて、いやはや毎朝お疲れ様である。遅刻する切原君を責める気にはどうにもなれない。 「それにしても、なんでまた」 ものすごい勢いで食パンを腹に収めた彼は未だにとろとろパンを齧っている私の手からそれを攫っていく。ちょ、あーお前。 ゆずるは悪びれもせず、再び何で、と問うた。まあ確かに突然私がテニス部の朝練に行きたいと言い出して、しかもその目的がマネージャーのを見に行きたいからだなんて言えばそう聞きたくなるのも無理もない。 「と…友達、だから?」 「なんで疑問系」 「友達だから」 「えー?本当かよー。あの先輩が姉ちゃんの友達になるとか。嘘だろ」 「…何故わかる」 「やっぱねー。あり得ないし。だって先輩だよ?」 「…そのことなんだけどさ」 クラスの人も、先輩も、テニス部の人以外はあまりに寄り付こうとしない。別段いじめられているわけでもなさそうであるし、彼女に友達がいるわけがないという、その理由が知りたかった。 「別に大したことじゃないよ。ただあの人が友達作らないってだけ」 「作らない…?」 「だってあの性格見ればわかるだろ。女子はビビって寄り付かないよ」 まあ、変にちゃらつかれるより、その方が俺達は助かるから、先輩を嫌いな人はいないけど、と、ゆずるはどこか得意げに言って見せた。今までこんな風にテニス部のことを尋ねることなどなかったから、もしかしたら嬉しいのかもしれない。単純な奴め。 に、してもだ。確かにこれまでと話して見て、私の知るあのと比べるとこちらのは大分冷たい。女の子達があまり近寄らないのも仕方のないことなのかもしれない。だけど、本当に彼女はそれで良いのだろうか。 「まあ、でも、ちょっと寂しそうだよな」 ゆずるの台詞が、やけに耳に残った。 「あ、ていうか!」 「うん?」 「友達と言えば、姉ちゃん切原先輩と仲がいいって本当かよー!」 突然彼の声色が変わったかと思えば、彼はどこか不服そうに頬を膨らまして、そう言った。まあ、仲が良いかどうかはともかくとして、話すかどうかと問われればイエスだろう。隣の席だし、彼が絡んで来るのだから仕方が無い。それに、恐らく今私が立海でまともに会話ができるのは彼だけなのだから。 「…信じらんね」 「どうしてよ。てか誰に聞いたの?」 「切原先輩が、姉ちゃんのノート写したら答え間違ってて恥かいたって、仁王先輩と話してて…俺が恥かいたっつうの…」 「あの野郎」 「前はあんなに切原先輩のこと怖がってたのにどういう風の吹きまわしだよ」 「う、ううん」 「まさか姉ちゃん切原先輩のこと、」 「それはない」 「レギュラー陣は姉ちゃんと釣り合わねえし、ファンに潰されるからやめとけやめとけ」 だから違うって言ってるじゃないか。というか、すでに潰されかけてるから大丈夫だよ。何が大丈夫かは知らないけど。でもあの意地悪な先輩達、最近一応視界には入ってくるんだけど、何故か接触はしてこないんだよな。何でだろう。面倒だから別にこのままでも構わないが。 そうしてしばらく無言が続いて、ゆずるはと言えば今日も雨が降りそうだなと、なんとなく雲行きの怪しいそらを睨んでいた。釣られて私も空を見上げる。朝練ぐらいはギリギリ大丈夫か、どうか、と言った具合だ。何にせよ雨が降ると切原君の機嫌が三割増し悪くなるから相手をするのが疲れるんだよな。そんなことをこっそりぼやいた時だった。「はよーす!」突然背中に、いつぞやと同じような衝撃。前につんのめった私は隣のゆずるを掴んで、二人して道路に倒れこんだ。 「…。何て言うか、ごめんな」 「げ」 「丸井先輩!」 諸悪の根源はいつだって丸井先輩だ。多分。以前は丸井先輩になりすました食えない絆創膏仁王先輩だったけれど。 そう言えば丸井先輩とは家が近所だったんだっけか。 土を払いながらのそのそと私達は起き上がると、真っ先にゆずるが私の背中を叩いて、「いきなり何すんだよ!転んじゃっただろ!」と鋭く睨みつけた。「私のせいじゃないよ」「姉ちゃんのせいだ!」私は丸井先輩のせいだと思います。 「朝から仲良いな姉弟」 「あ、丸井先輩、おはようございます!」 「おはよ」 「ゆずる、お姉ちゃんに対しての態度と随分違うじゃないの。ちょっとお姉ちゃんにもおはようございますって言ってみ」 「は?いや、まず姉ちゃんが丸井先輩に挨拶だろ。何様だよ」 「あんたが何様だよ。姉に向かってね」 「…なんて言うか、本当ごめん」 「丸井先輩に謝らせんなよ!」 「丸井先輩がいるとややこしくなるから丸井先輩あっちいって下さい」 「丸井先輩行かなくて良いです。お前があっちいけ」 「よくも呼び捨てにしたな」 「仲良くしろよ!全部丸井先輩が悪いから!ごめんな!」 諸悪の根源はいつだって丸井先輩だ。 彼がゆずるをなだめてくれたので、私達の喧嘩は一時休戦にもつれ込んだ。 「とりあえずゆずる、明日からお姉ちゃんにもおはようございますって言ってね」 「え、いくらくれるの」 「それくらいプライスレスでやんなさいよあんた」 「ぶは、」 ゆずると私と、その隣に丸井先輩という不思議な組み合わせで歩き出して、再び喧嘩でも勃発しそうなやり取りを始めた時だ。丸井先輩が突然吹き出したのである。「姉弟だなあ」 先輩が笑って、ゆずるが照れる。丸井先輩が大好きらしい。というかきっとレギュラーが好きなんだろう。私はもしかしたら初めて見たかもしれない、丸井先輩の本物らしい笑顔に、なんだか突然胸がぎゅっと締め付けられるように苦しくなったような気がした。 うん、きっと気のせいだ。 (結ばれない星どうし)(きっとそう)(この人と私は) return index next ( まっくらな宇宙にはじき出された少女 // 140701 ) |