先輩の実力の話03



!attention!
・このお話は強いヒロインを書きたいがための回です。
・ヒロインに苦戦しているキャラを見たくないという方はブラウザバック!
・戦術を立てているように見えますが全く中身はありません。恐らく矛盾だらけの上にトリガーの使い方などなども間違っているやもしれません
それでもよろしいです、という方のみどうぞ…!


先輩を落とすと言い出したのは僕だった。火力だけの話をすれば、先輩はトップクラスのアタッカーの一人であることは、同じ隊に所属しているだけに嫌という程理解している。それでも自惚れでも何でもなく、彼女の癖も戦い方も把握している自分なら、きっと先輩をおさえられると、この天候を見たときに確信した。

《癖知ってるっつってもそりゃも同じなんじゃね?》
《まーそうですけど。単純な読み合いなら負けないですし、この天候なら荒船さんと組めば落とせると思いますよ》

降り立ったマップは、どうやら先輩達の高校の周辺らしいことが、暗がりに辛うじて判断できる。雨と言うより、むしろ雫がふわふわ舞っているような、そんな静かな雨の夜だ。うわ、やだなあ、そんな呟きは誰にも届かない。

《あっちの最大火力を潰せんなら願ったりだが、この天候ってどういうことだ。夜に加えて霧がかかってちゃ俺も確実に狙撃できるか分かんねえぞ》
《問題ないです。足元にさえ撃ちこめれば、すぐにあの人転ぶと思うんで。それに狙撃はこっちに当たりそうでも合図と音で避けられます》

本人に当たるのが一番良いけれど、この雨で濡れた足場の悪さに加えて、荒船さんが先輩の足元に数発、弾丸を撃つことができれば、間違いなく彼女がバランスを崩して地面を転がって行くのは簡単に予想がついた。
あの人の戦い方は、鎌の重さや勢いに素直に身体を預けるようなものだった。それは良く言えば全力で鎌を振り抜けているということだけれど、悪く言えば鎌に振り回されているだけ。足場の悪さにはよく影響を受けていた。これまではあの動物的な戦闘技術のお陰でカバーできてはいたが、それは間違いなくあの人のウィークポイントと言える。

《自信あんならに関してはお前に従う。援護は任せろ》
《つうと、落としやすさから俺が諏訪さんっすね》
《ああ、出水に関しては近距離遠距離関係なしで一番厄介だから後回しだな。かかるなら二人だ》
《向こうは合流狙いでしょうね。出水先輩がどちらかと会う前に諏訪さんか先輩を潰しましょう》

自分の転送先は、マップの東側だった。自分に近いところで南側に一つ敵の反応がある。既に移動を始めているようだ。霧雨に濡れて水を含んだ髪が首に張り付いて鬱陶しく思いながら、カメレオンを起動して姿を晦まし屋根の上に登る。目を凝らしても案の定、視界の悪さにレーダーの反応のある先に誰の姿も見ることができなかった。

《北東に出水を確認した》

そのとき、荒船さんから通信が入った。どうやら出水先輩の近くに転送されていたみたいだ。開始早々ツイている。

《レーダーにうつってねえからバッグワーム着てんなありゃ》
《ま、当然ちゃ当然でしょうね》
《学校の方に向かってんな。合流されたら敵わねえ。か諏訪さん潰しに行くぞ》
《じゃあ予定通り、僕は南側の先輩を押さえに行くんで、荒船さん米屋先輩、よろしくお願いします》
《おう……って待て待て。何でがそっちって分かんだよ》

早速動き出そうとする僕に、米屋先輩が言った。最後にもう一度だけレーダーを確認して屋根から降りると、カメレオンを解除する。

《移動の仕方で》

僕は簡潔に答えて走り出した。
運良く近い方が先輩でラッキーだ。これで間違えていたらただの間抜けだけど。合流ポイントのことを考えれば、何となくどちらが先輩か、と言うのは想像がつく。米屋先輩は納得のいっていなそうな声を出したけれど、まあ良い。
学校付近の反応は、あまり合流を急いでいない緩やかな移動だ。それと、出水先輩の移動方向に、恐らく狙撃が届かない場所に据えるだろう合流ポイント、そういう点を考えたら、合流ポイントは学校付近のマンションが囲うように立ち並ぶ場所になるだろうとある程度絞られる。南側の反応はそこへの最短距離を射線御構い無しにまっすぐ進んでいる。道でない場所(民家の屋根)も進んでいるに違いない。この馬鹿みたいにまっすぐ突っ込んでくる(良く言えば度胸のある)移動は、射線が通りそうな場所はカメレオンを使えば良いなんて、普段使わないステルスを無駄遣いしてるアホな先輩のなせる技だ。

なんて、余裕で入られたのは数分前まで。
ただ一つ、僕が読み逃したことがあるとすれば先輩と出水先輩の合流が早かったことである。先輩の性格からして、出水先輩を自分の援護にわざわざつけようとしないことは分かっていたし、それなら諏訪さんや先輩を利用して、出水先輩をマップ上のあちこちに振り回して時間稼ぎでもしてやろうと思ったけれど、恐らくいち早くこちらの意図することを悟ったらしい彼は、諏訪さんの方には行かずにまっすぐ先輩との合流を優先させたようだ。
突然現れた出水先輩のアステロイドが掠めた腕を押さえながら、僕は後退した。2対2とは言え、火力がやや劣る上に視界の悪さに狙撃も甘くなっているこちらの分が悪い。荒船さんを呼ぶか、いや、それでも到着する前にこっちが削られる。

《あーあ、読みが甘かったみたいです。すいません荒船さん》
《大丈夫だ。少しハードル上がるがさっきと同じ作戦で行くぞ。スナイパーの意地にかけて援護してやるからお前が何とかしてを崩せ。俺がブチ抜いてやる。片方潰せばどうにでもなるだろ、気張れよ》
《えー……》
《えー、じゃねえよ》

荒船さんは冷静に見えてやっぱり元アタッカーだけある思考を持っている。度胸というか、無理にでも道をこじ開けようとする感じ。多分先輩はこういう相反する部分をきっちり半分個ずつ持っているような人の戦い方は苦手なんだろう。
微かに息を吐いて、スコーピオンを二刀流に構えると、先に仕掛けたのは出水先輩だった。複雑に変化するバイパーを持ち前の機動力とシールドで捌いてく。その爆風の向こうから姿を見せた先輩はすでに弧月を振り切る体勢に入っていた。――速い。ガキン、とぶつかり合った刃から火花が散る。この脳筋の弧月をスコーピオンだけで受け止めるのは難しい話で、ヒビが入ったそれを一瞥すると右膝で先輩の手元を蹴り上げた。

「んな、!?」
「先輩の真似」
「尊敬する人の技を真似るね、分かる分かる」
「うわ、なんか言ってる」

出水先輩の弾丸の厄介さの前では、力でこちらが劣る先輩と悠長に鍔迫り合いをしてやる気は毛頭ない。一瞬だけ隙が生まれた先輩に、砕けたスコーピオンを消して下からモールクローを出す。彼女もそれをすんでのところでかわしながら後退していった。モールクローは近づかなくても距離が開きすぎなければある程度の強度で攻撃出来るのが良い点だ。モールクローで先輩の足場を奪い続けると、間合いを詰められない上にハウンドの視線誘導もままならなくなることに先輩は痺れを切らしたらしい。

「っグラスホッパー!」

それで一気に距離を詰めるつもりだろうが、待っていましたとばかりに暗がりの中で僕は薄く笑った。
残念、屋根から飛び出した身体は荒船さんの射線上だよ。

「ぶった斬ってあげる菊地原」

スピードも勢いも文句なしの攻撃。きっと風間さんが見ていたら後で褒めるくらいの。でも完全にシールドを張ることが頭から抜け落ちている。彼女は器用に鎌を回して大きく振りかぶった。その瞬間、荒船先輩が先輩の脳天めがけてイーグレットのトリガーを引いた。空気を切り裂くように進む弾丸。キュウンと弾丸のぶつかった音。爆煙に包まれた先輩に、《やったか》と荒船先輩の声がした。
やったに決まってる。あれだけどんぴしゃだったのだから。
煙はすぐに引いて、しかし僕は二の句が継げなかった。彼女の周りには分厚いシールドが張られて完全に弾を弾いていたのだ。全攻撃だったはずなのに全防御、しかも先輩があんなに分厚いシールドを、……まさか、

「上出来だよ出水」
「ったりめーだ」
「……。あー、なるほどね。ムカつくなあ……」

痺れを切らしたフリ。釣ったと思ったらこっちが釣られていたということか。
自分は攻撃するフリに専念して代わりに出水先輩にシールドを張らせる。なるほどね。
それからすぐさま先輩の鋭い視線が弾丸の飛んできた方へと向けられた。彼女が纏う空気が変わる。「――そこだな」唱えるように呟いた声は僕には雨の音に紛れずにはっきりと耳に届いた。……あ、まずい。

「スナイパーの位置を確認」
「させないよ」

次の手を打たれる前に民家を駆け上がり斬撃を繰り出そうとすると、出水先輩がその間に素早く回り込んだ。「アステロイド」馬鹿みたいな弾数のキューブが懐へ飛び込んでくる。先輩はこちらには目もくれず、そこからは目にも留まらぬスピードで90度方向転換すると、グラスホッパーを蹴って荒船さんの方へと飛んで行った。

「出水」
「わーかってるって!」

《荒船さん、先輩がそっちに行ってます》出水先輩を残して暗闇の中カメレオンで姿を晦ました先輩を確認するなりそう言うと、《クソ、釣られた悪い菊地原!》と通信越しに荒船さんの切迫した声が聞こえた。 僕だって読みのがしたから大きな口は聞けない。

《わー、気張ってんなあ》
《米屋先輩、諏訪さんはどんな感じですか》
《諏訪さんかなり粘ってるぜ。でももう足はないけど》
《さっさと潰してこっち来い米屋》
《へーい》
《荒船先輩、先輩なんかスイッチ入っちゃったみたいなんで外に誘き出して足元から削った方が良いですよ》
《分かってる。どうせなら弧月で迎え撃ってやるぜ》

もうスナイパーの援護は望めなくなった。
降り注ぐ弾丸をかわしながら出水先輩と大きく距離を取る。この人相手じゃカメレオンも使い辛い。
先輩が飛び出していったときの横顔が脳裏をよぎり、小さく息を吐いた。あれはワクワクし始めてるときの顔だ。双眸の奥にぎらついた光が宿っていた。ああなった先輩は、野生の勘みたいなものにキレが増す。いくら先輩がアタッカーの荒船さんに苦手意識があったとしても、それは大したハンディにならない。このままだと荒船さんが潰されることは想像がついた。

「オイオイ余所見してて良いのか菊地原!」
「……うるさいなあ」

スナイパーがいるという抑止力が消えれば射程持ちがいないこっちは確実に不利だ。……何とかして出水先輩から逃げないと。
背中にシールドを張り飛んで来るバイパーに耐えながら、雨の中を走る。顔にパラパラと当たる雨粒が鬱陶しいが気にしている余裕はない。後ろで出水先輩が余裕をかまして騒いでいて、僕は目当てのマンションを見つけると地面を強く蹴ってベランダのガラスへ突っ込んだ。直後すぐ後ろで派手な爆発音。細かい瓦礫が飛び散る中で、煙に乗じてカメレオンを起動した。夜の上に月も出ていないので、部屋は随分暗い。部屋の出水先輩は遅れて姿を表す。

「壁があれば弾丸を防げるとでも思ったか。逆に逃げ道が限られてやりやすいっつうの」

こちらがカメレオンを起動したことを出水先輩は悟ったらしい。ベランダより中へはすぐに入ろうとせず、辺りを警戒して暗がりをじっと睨みつけていた。これじゃあ後ろから攻撃できない、が、仕方がない。先輩の目前まで距離を詰めると目の前でブレードを突き出した。

「っぶね!」
「――外した」

刃は出水先輩の左頬を掠め、トリオンが漏れ出す。すかさず身体を捻らせて回転する勢いで首元を狙う。

「そう何度も食らうかっつうの!」

流石に二度目の攻撃はシールドで防がれた。出水先輩はまさかすぐ目の前から姿を現すとは思っていなかっただけに、動揺が伺えたが、すぐにトリオンキューブを両手に構えたので、反撃に備え僕はすぐさま間合いをとった。アステロイドをそばのテーブルを盾に凌ぐ。折を見て隣の部屋へ転がり込むように移った。我ながらなんか先輩みたいな戦い方でヤダなあ、と思う。
でも今は弾道を引けるとは言えども、とにかく、なるべく射線を切る場所取りが大事だ。
出水先輩は一撃で殺さなければ射程を自在に変化させられる上に威力のある反撃が返る。一撃ごとに体勢を立て直さなければ不利だ。

その頃、遠くで諏訪さんの銃撃の他に、少し弱い爆発音が聞こえ始めていた。先輩達も交戦しているようだ。そう言えば出水先輩とハウンドの練習がどうとかって言ってた気がする。僕も何度かその練習には付き合わされた。天才に教わってるだけあって確かに上達はしていたから、荒船さん、振り回されてなきゃ良いけど。……いや、今は自分のことを考えよう。

出水先輩の注意深く接近する足音が聞こえる。
僕は髪を束ねて自分に干渉しようとする全ての音へ神経を集中させたのだった。





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