B級上位戦とバレンタインの話02


「ざぁんねんだったね、三雲君」

ほんと、何なんだろうこいつ。
屋根の上から降り注ぐ唯我の高笑いを、私達は無表情で受け止めていた。唯我と三雲君の10本勝負は、8-2で、唯我が勝ち星を挙げた。少し前までは、あんなに三雲君と戦うことを拒んでいたと言うのに、彼の実力が自分より下だと分かった途端にこれだ。

「A級の実力を見せ付けてしまったようだ。少々大人気なかったかなあ〜」
「やかましい降りろ」
「三雲君、そんな尊敬の眼差しで見ないでくれたまえ、あっはっはっは」
「こいつ、三雲君の代わりに私が100回ぶっ倒して良いかな」
「ひえ!? 先輩が出てくるならっ、チームプレイでフェアな戦いを要求する! 出水先輩! 出番ですよオオオ!」
「何言ってんだお前……」

冗談だったけれど、トリガーを構えるふりをして見せると、唯我はフルガードを張って中でしゃがみ込んだ。情けない。
私の隣に並ぶ三雲君は、これでどうしてA級一位なんだろうという顔をしていた。まあそれはすぐに分かるだろう。きっと玉狛に帰ったら烏丸が面白おかしく語って聞かせてくれるに違いない。

「嵐山さん達に技を習っても、実際当てるのは難しいだろ? ま、取り敢えず2勝だ、眼鏡君」
「あと98勝ね、先は長いなあ」

実力はよく分かった。風間さんとやったときよりは僅かにマシになったかな、という具合である。こりゃ烏丸も育てるの大変だっただろうな。育て甲斐はあるけど。

「まあ、まだまだ実力も経験もないって感じだし、とにかく数こなすしかねえなー。からは何かある?」
「なんか?」
「講評的な」
「いやシューターじゃないから私は分かんないって」
「んじゃアタッカー目線で良いよ」
「アタッカー……そうだな、一生懸命頭使ってんのは分かるんだけど、考えるのに時間かけすぎかな。隙がたぁっくさん」
「はい……」
「出水の言うように経験積むしかないんだろうけど、もう少し野生の勘働かせてビビッと動かないと、一瞬意識を別に飛ばした瞬間、私なら君をスッパーンと真っ二つだね」
は逆に野生の勘に頼り過ぎだけどな」
「私の勘は当たるから良いんです」
「そ、そうなんですか」
「おー。直感とか本能で戦ってる感じ? ある意味才能じゃね。気づいたら敵を吹っ飛ばしてたとか良くあるし」

所謂考えるより先に手が出るタイプ。多分、タマガタワーでのことを言っているなと、私はそのときの、敵が向かってきたのでフルスイングで打ち返したことを思い出していた。こういう戦い方は自分に一番しっくりくると思っている。まあ、感覚で戦うと巻き添えがどうとかで菊地原には文句を言われることもしばしばだが。

「あ、そうそう、今回は一対一だからだろうけど、後ろにも警戒しないと狙われちゃうよ」
「はい! ありがとうございます!」
「どういたしましてー」

ふと時計を見上げると時刻は9時を回っていた。結構あっという間に思えたが、1時間はこうして三雲君達の試合を見ていたようだ。出水は、ぐっと伸びをしてから、三雲君に切り上げるか? と問うた。けれど、彼はまだまだやる気らしい。まあ、唯我もピンピンしているし、すっかり気分を良くしたみたいだから、しばらくは付き合ってくれるだろう。

「じゃあ眼鏡君の指導は大体終わったし、今度はの番だな」
「お、待ってました。しゃーす」
「今度、対スコーピオンの練習付き合えよ」
「構わんですよ」
「じゃ、あっち移るか。眼鏡君、何かあったら声かけてくれ」
「あ、はい」

そうして三雲君はもう一度だけ深く頭を下げた。次のランク戦までにもう何日もない。この特訓が少しでも彼の強さに繋がればいいけど。
きっと風間さんは、次のランク戦を楽しみにしているに違いない。「メニューどうすっかなあ」なんて首を捻っている出水の後ろで、私の頭にはふと風間さんのことが過ぎり、三雲君へ振り返った。

「……三雲君」
「はい」
「あのね、次のランク戦の解説、風間さんだから」
「……えと、はい。菊地原先輩に、聞きました」
「ああ、そうなの。じゃあ同じ話になるかもだけど、 」

私はそっと息を吐くと、瞳を細めて三雲君をしっかり視野に捉える。彼は肩を震わせた。

「風間さん、どういうわけか君のこと気にかけてるみたいなんだ。――だから風間さんの期待を裏切るようなことだけはしないでね」

三雲君の肩が僅かに震えた。真剣な顔つき。少しは彼への激励になっただろうか。
出水が「虐めんなよ」なんて言っている。虐めてないよ。

唯我にも勝てなくて、センスも伸び代も感じない三雲修を、風間さんがどうして気にかけるのかは、私にはやっぱりまだ分からない。だけど、風間さんが目をかけるということはきっと何かあるに違いないのだと思う。悔しいけど、少しだけ応援してあげようと思った。




「で、お前はハウンドは上達したか?」

場所を移動して、互いに換装体になると、出水がそう切り出した。自分じゃあんまり手ごたえは感じていないけれど、たぶん、というところだろうか。練習に付き合わせている菊地原は、あまり文句を言わなくなったし。

「まあハウンドだと弾速が早すぎて視線誘導には限界があるからな。引きたい弾道のイメージがはっきり見えてくるようになってるみてえだし、今日は『また』バイパーの練習だな」
「はぁい……」
「何だよその顔。ゆくゆくは少しくらいリアルタイムで弾道引いてバイパー使えるようになりたいんだろ」
「な、なりたい……?」
「俺に聞くなよ」
「なり……たいですっ」
「よーし」

流石に一回一回リアルタイムで弾道を引く那須さんや出水のような変態にはなれないし、なにより私はあくまでアタッカーだ。戦況に応じて、多少自分で弾道が引けるようになれば、もっと相手を自分の間合いまで誘導できる。
出水は私のぎこちない返事に、ひょいひょいと家屋を登っていき、屋根の上でトリオンキューブを散らした。あーやな予感。きっとこれは、俺が打った弾を全部撃ち落せコースだろう。軽い両手をぷらぷら振って出水を見上げると、彼は、にっと笑って「ハウンドじゃなくてバイパーで撃ち落せよ」と言った。……やっぱり。だから出水は弾馬鹿って言うんだ。やーい弾馬鹿。ぽそりと呟いたら、でっかいアステロイドがすぐ横に落ちた。「おっま、殺す気か!」「わりー手ぇ滑って突然アステロイド出てったわ」「んなもんうっかり出てたまるか!」ぜってー聞こえてたよ、ぜってーわざとだよ。
私はハラハラしながらバイパーを構えると、出水は本気のときよりもやや弾速を緩めたバイパーを放った。出水も那須さんも、とっても複雑な弾道を引く。もはやそれは才能なんだろう。複雑な道筋を辿りながら私にぐんぐん近づくそれを私もできうる限りで撃ち返した。それでも何発かは外れて肩や腕をかすめてゆく。

「――っ」
「おい、適当に弾道引くな、数撃ちゃ当たると思ってんなら使い物になんねーぞ」
「う、うっす!」

しばらく撃ち合いが続き、不意に出水が隣の屋根に移った。今度は移動しながら狙いを定めろってことか。すぐに難易度上げてくなあ出水センセーは……。こっそりぼやきながら私もそれを追う。彼は移動しながらだって正確にこちらに弾を当てに来るんだからすごい。足に三発同時に弾を喰らい、バランスを崩しながら、私も屋根に飛び移った。
「おら、また何発も抜けてんぞ!」再び放たれた弾は、私の足元へ潜り込むように沈み、急に上に跳ね上がった。予想だにしない弾道に、思わず避けなければ死ぬ、と思考が働く。そう思った次には、私は反射的に後方に身体を反らせて回転しそれをかわしていた。ピタ、と攻撃がやむ。あ、やべ。
出水を見ると、彼は一瞬だけ、まるですぐ言葉が浮かばなかったみたいに口を開けて固まっていた。だけど、うん? と思う間もなく「よっけんなよ馬鹿!」と怒鳴られる。

「ご、ごめんなさい」
「お前そうやってすぐ反射で動く!」
「いやーうっかりうっかり」
「……ていうか今の何だよ!」
「うん?」
「今の! 回転したやつ!」
「……うん?」
「正直ちょっと凄くてビックリしただろーが!」
「え、ありがとう」
「褒めてねえよ」
「えっ」
「いやすげーけど」

どうやら出水は私の弾のかわし方に驚いたらしい。なんだよ突然褒めんなよ。この場面菊地原ならまた脳筋とか的外れなことを言ってくるに違いない。筋肉とは関係ないけど。

「トリオン体で身体能力上がってるっつってもああいう避け方する奴初めて見たわ。あの場面なら普通シールドだろ」
「確かに。我ながら不思議だわー」
「びっくりしちゃっただろ。つうか前から思ってたけどお前身体柔らかいよな。バク転とか」
「これはバク転ではなくて後方倒立回転って言うんだよ」
「あ、はい」

さっきまではバイパーをぶっ放すことにノリノリだったくせにどうやら私のバイパーのかわし方に勢いを削がれたらしい。出水はマトリックスみてーじゃんと言い始めた。全然違うよ。

「……って、そうじゃないそうじゃない」
「そうだよマトリックスのアレはただの立ってるところからブリッジを、」
「そういう話じゃねーよ。そうじゃなくて、はその持ち前の鋭さでこっちの動き予想しろよって言いたかったのに忘れるところだった」
「あ、はーい」

その後も、出水は私に向かってバイパーを撃ちまくり、私はそれを撃ち墜とし、ということを続けた。そうして時刻は気づけばいつの間にか10時半を回っている。身体からしゅわしゅわと漏れ出すトリオンを押さえながら、私はその場にしゃがみこんだ。めっちゃくちゃ疲れた。明日が学校休みで良かった。

「お、もうこんな時間じゃねーか。今日はこんくらいにするか
「うんぬ……」
「はは、お疲れお疲れ。なかなかいい線いってると思うぞ」

出水が私のいる屋根へと移る。頭を雑に撫でながら、「眼鏡君達はどうしたかな」なんて外を気にしていた。私はくしゃくしゃになった髪を押さえながら、流れ弾で破壊された家屋を見回した。初めて出水に指導を頼んだのは数ヶ月前だ。その頃に比べたらだいぶ弾をきちんと捌けるようになった。風間さんにはバイパーのことは言ってないけど、突然上達をしたところを見せたら褒めてくれるだろうか。

「おーい、何にやけてんだ。上がるぞ」
「に、にやけてないし」
「にやけてたよ」

訓練室を出ると、三雲君達は、数分前に上がっていたたようで、彼は律儀に出水が出てくるのを待っていたらしい。もともときちんとアポを取っていただけに、私が出水を借りてしまって何だか申し訳ない。次はきちんとアポ取るね、と出水にぽそりと零すと、何で? と真顔で返されて私も真顔になった。あれ、私なんか間違えたかな。ソファで餅を食べながらぬくぬくしていた太刀川さんは私達のやり取りに何故か笑っていた。

「そう言えば太刀川さん、柚宇さんは?」
「国近なら帰ったぞ」
「えっ、一緒に帰ろうと思ったのに。ていうか女子一人で帰すなんて太刀川さん何してんの」
「安心しろ国近は唯我に送らせたから」
「唯我に送らせたなんて余計安心できない……」
ってやっぱ何気に辛辣だよなあ」

やっぱって何だよと思った。まるで誰かとそんな話をしたみたいな。誰が吹いたんだそんな噂。そのときふっと私の頭に浮かんだのは菊地原で、自分だって相当毒舌家のくせにと口を尖らせた。次会ったら文句言ってやろ。嫌がっても訓練室の天候雪にして雪合戦に付き合わせよ。
そんなこんなで、太刀川さんとのやり取りも早々に、私達も帰ることにした。太刀川さんは、もう少しぬくぬくしてから帰るらしい。外は寒いそうだ。太刀川さんはトリオン体で帰るのはアリだなとか言ってたけど余裕でなしだわ。

「んじゃまあお疲れ様でしたということで」
「本日はありがとうございました」
「おー。頑張れよ」

三雲君はこんな時間にも関わらず、玉狛に一度顔を出してから帰りますと告げて、足早に帰って言った。たぶん次のランク戦の作戦でも練るのだろう。勉強熱心だ。

「じゃあ、出水も気をつけて帰るんだよ」
「……は? いやいやお前帰んないの?」
「あー、私は自分のとこの作戦室に顔出すから」
「何で?」
「風間さんにクッキー渡すのめっちゃ忘れてたから」

そう言って手元に残った小さい包みを出すと、出水は「……へー風間さんのもあったんだー」と呟いた。当たり前だろ。お前に作って風間さんに作らない道理はないよ。

「つうかこの時間じゃ風間さんいなくね? だいたい今日風間隊非番だっただろ」
「ところがどっこい、わたくしの調べによると風間さんは今日城戸さんに呼ばれて本部に来ているのです。そしてその後、せっかくだから作戦室で大学の課題をやる流れになっているだろうと私は予想した」
「怖ぇよお前」
「畏怖は尊敬に変わりうるよ」
「変わんねーよただただ怖いわ」

そんな無駄口を叩きながらも私達の足は出口の方から風間隊の作戦室へ自然と向かっていた。出水には悪いから先に帰って貰おうと思ったのに、気づいたら二人して風間さんの前に顔を出している。
風間さんは、案の定、作戦室のテーブルで課題に取り組んでいた。扉の開く音に、「お前達、」と彼の顔が上がった。

「お疲れ様です」
「ああ、まだいたのか。というよりは今日は任務はないだろ」
「自主練しに来てました。出水に付き合ってもらって」
「そうか、感心だな」
「ふへへ褒められた」
「……良かったな」

出水が半笑いを浮かべた。やめろその顔。
私は風間さん、帰らないんですか? と問うと、キリが悪いからもう少しいると彼は言う。ちぇ、残念。それじゃあ邪魔もしたくないし、仕方がないからクッキーだけ渡して去ることにするか。袋を差し出すと、風間さんは、悪いな。とすぐにそれを袋を開けてもぐもぐしていた。風間さんってばクールな癖に、こういう手に乗せられたらすぐに食べちゃうところが好きだ。それに美味いぞ、と言ってくれる。誰かさんとは大違いだ。あれ誰だっけ? あ、私の師匠だわ。

「それじゃあ私達は帰りますね」
「外は雪が降っているらしいから、気をつけて帰れよ」
「雪! わーもう二月なのに!」
「去年も降ってただろう」
「あれ、そうでしたっけ?」
「お前が騒ぐから皆で雪合戦しただろう。確かそのときそばにいた諏訪達も巻き込んで」
「仲良しかよ」

ああ、そう言えばそんなことあったわ。あれって二月かあ。
菊地原も初めこそ嫌がっていたけど、途中から結構ムキになってたし、楽しかったな。私が諏訪さんを集中攻撃していたら風間さんが加勢して、日佐人が諏訪さんを庇いに突っ込んできたと思ったら転ぶし、その隙を見逃さずに風間さんとフルアタックして。よし、今度は影浦先輩達を誘おう。面倒がりそうな影浦先輩をどう引きずり出すかの計画を頭の中で立てていると、立ち上がった風間さんが自分のマフラーを私の前に持ってきた。それをぐるぐると私の首に巻きつける。

「風間さん?」
「そんな薄着だと風邪ひくぞ。貸してやる」
「貸すって、ええっ、大丈夫ですよ!」
「良いから巻いていけ」
「だって、そしたら風間さんが、」
「俺は着込んでいるから大丈夫だ。お前に風邪を引かれると困る」
「……」

私だって風間さんに風邪ひかれたらやなのに。もふもふとマフラーをいじりながら私は風間さんを見る。まあ、風間さんのマフラー嬉しいですけど。
「もう遅いから雪で遊んで帰るなよ」なんて、お母さんみたいなことを言う彼の視線は私に取り合う気はないみたいだ。すぐに出水の方に移っていた。

「それから、出水」
「はいはい?」
「悪いがを家まで送って行ってくれ」
「出水、了解ー」
「えっ、大丈夫、」
「駄目だ。送ってもらえ」
「……」

「……、了解ですー」

口先だけで中身はちっとも了解じゃない。私は爪先で床をぐりぐり押していた。風間さんは過保護だ。出水を横目で伺うと、彼はすました顔で私を見返した。ちっとも何とも思ってなさそうな顔。まあ私の家はボーダーの管轄のアパートだから本部からも近いのだけれど、それにしてももうこんな時間だし、疲れてるし、悪いのに。「女子を一人で帰したら駄目なんだろ」出水が私の台詞を持ち出したので、口をつぐむ他なかった。
結局、マフラーも、出水に自宅まで送ってもらうことも、風間さんに押し切られてしまって、私はおとなしくその言う通りにすることにした。

基地の隊員用の通路を抜けて市街地に出ると、外は風間さんが言った通り、雪がしんしんと降り積もっていた。吐いた息がゆっくり夜に溶けていく。先程までは結構激しく降っていたのか、地面は既に何センチか雪が積もっている。でも今は傘をさすほどではない。

「さむいね」
「そうだな」

しみるように冷たい夜だ。手ひらに落ちた雪がみるみるうちに水になる。月も星も、雪雲に覆われてすっかり見えなかったけれど、一歩前を歩く出水の髪が街頭に照らされて、お月様みたいに金色に光っていた。

「――ねえ、出水」

何を話すつもりでもなかったはずなのに、ぼんやり彼の後姿を見ていたら無意識のうちに出水の名前を呼んでいた。まるでぽろっとこぼれるみたいに。「んー?」と出水が振り返る。我に返って心臓が跳ねた。

「あ、いやっ」
「何だよ」
「な、何でも、なかった……」
「でも呼んだだろ」
「……あー……今めっちゃ無意識に出水の名前呼んでたもんで」
「はあ?」
「……あーなしなし、今のなし!」

何言ってんだ私は。恥ずかしさを誤魔化すために、私は助走をつけてアステロイドー! と彼にパンチを繰り出した。すると、何となく予想はしていたけれど、踵が溶けかけの雪の上をずるる、っと滑って行った。大きく後ろへバランスを崩す。やば。ちなみに倒れる際についうっかり出水の服も掴んだので彼も一緒に。二人で「あああ」何て言いながら、そのまま雪の中へ倒れこんだ。たくさん積もっていたわけじゃないから、どか、と鈍い音を立てて地面に突っ込んだ背中が痛い。

「……。お前、」
「ごめん、うっかり手が出た」
「……はああ……」
「出水怒った?」
「……怒ってない。呆れただけ」
「ご、ごめんね」
「このうっかり馬鹿」

それはうっかりなのか馬鹿なのか。……両方か。
背中にじわじわと冷たさがしみてゆく。夜の群青の中に重たそうな雲。心許ない街頭。何処か遠くで犬が吠えていた。今何時だろう。
当然と言えば当然なのだけれど、普段戦闘中に張り倒されるとき以外は、トリオン体でも生身でもこうやって空を仰ぐことはあまり無いので、私はすぐに起き上がろうとはせずに、出水が隣で身体を起こしたのが分かっても鼻をすんと鳴らして空を見上げていた。雪はお構いなく私達の顔の上に降りてくる。車の通りがないとは言え道の真ん中だと言う出水に、ねえと空を指した。

「アステロイドが降ってくるみたい」

雪がアステロイドみたいだなんて浪漫がないだろうか。彼は私に釣られて、座ったまま空を見上げた。「そうだったらただの恐怖だな」なんて出水が笑う。まあね。でも模擬戦で出水に殺されるときはいつも私の見ている風景はこんなだ。

「綺麗だよ」
「……戦闘中にそんなこと考えんのお前」
「いや負ける瞬間は、大体は次は殺すって思ってる」
「ですよねー」
「でも出水と模擬戦して初めて負けたときは星が降ってきた、って思った。こいつすげーなって!」
「バーカ」
「痛っ」

出水は私の頭を軽く小突くと、こちらに背を向けて立ち上がった。あ、もしかして照れたのかな、と思って私も身体を起こす。彼の顔を覗き込むと、街灯に照らされた顔は、ちょっとだけ赤くて、困っている顔だった。……こんな顔、みたことないかも。

「……何照れてんの」
「はあ!? 照れてねーよ! バーカ!」
「この流れで出水の髪はお月様みたいだね、って言いたかったんだけど」
「言ってんじゃねーか! よくそんな恥ずかしいこと言えんな、やめろよ!」
「やっぱ照れてんじゃん……」

私が肩をすくめると、出水はそんなんじゃねー! と叫んだのだった。近所迷惑だよ出水。
とりあえずお詫びに家に着いたらあったかいお茶を一杯くらいご馳走してあげようかなと思った。




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「はあ!? 家!? 上がるわけねーだろ!」
「何で。寒いから上がってけば。この時間だし、少し遅くなろうが変わらんよ」
「そういう問題じゃねーだろ!」
「どういう問題」
「こ、こんな時間に、男が女子の家に上がるとか」
「出水、私に一体何をするつもりだ。悪いが私は風間さん一途だからね」
「ば、何もしねーよ!」
「じゃあ良いじゃん」
「良くねえ! 帰る!」
「あ、出水走ると滑って転、」
「痛ッ」




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