たくさん心配される話03
※原作沿いではないオリジナルの話です。設定が謎めいていてもOKの方のみどうぞ! 「そうなると思ったから、鋼君に黙っててって頼んだんだって」 今は聞きたくない声がして、俯いていた顔を上げると、数歩先にはやっぱり犬飼先輩がいた。隣には村上先輩も。信じたくはないが、これから共に夜の防衛任務をこなすチームメイトである。 出水と米屋に拘束されていた両腕は、私が村上先輩の申し訳なさそうな表情を目の当たりにして「もう逃げないから」としぶしぶ呟いたことで解放された。この二人はいつもこうして逃げようとする私の邪魔をする。 どうやら犬飼先輩は、自分がいることで私が夜の防衛任務から下りたがることを読んでいたらしい。ギリギリまで参加するメンバーを私に伝えないように、村上先輩を口止めしていたことを聞いて、参加メンバーの連絡がなかったことに合点がいった。 犬飼先輩は自分が私に好かれていないことをよく知っているから、そういう発想に至るのもなんら不思議ではないのだけれど、逆に何故そこまでして混成部隊に参加しようとしたのかが理解できない。 怪訝に思って犬飼先輩を一瞥すると、彼は私の考えていることを察したらしい。 「人手が足りなくて困っているみたいだったし、と組んだら楽しいかなって」 と、彼はあっけらかんと答えた。少しだって嬉しくない。続けて「やっぱり俺がいるとダメかな」と先輩が首を傾げて、私は押し黙る。 本音を言えばそりゃあ嫌だし、私は犬飼先輩と任務をしたって楽しくはないけれど、先程は我を見失って逃げたとはいえ、直前になって今更やっぱりやめますなんて言えるわけもない。肩をすくめると、ぼそぼそと口を開いた。「……一度やると言ったからにはやります」と。 犬飼先輩がにっこり笑う。 「はは、そうこなくちゃね」 「なんだか、騙すような形になって悪かったよ、」 「いえ……」 村上先輩は悪くない。努めて笑顔を作ると、先輩も眉尻を下げて少しだけ困ったように笑った。気を遣わせたなと思う。 「気張れよ。小さいこと気にしてるとまた返り討ちに合うぞ」 「まだ誰にも返り討ちに合ってないんだけど」 米屋がそう私の背中を強く叩くので、お返しのつもりで素早く拳を突き出すと彼は笑ってそれを受け止めて「だって、この間やばかったじゃんなあ」と出水に同意を求める。しかし私が睨んだせいか彼は肩をすくめて曖昧に返事をするだけだった。 失礼な奴らめ、と思う。二人に向ける視線を鋭くさせていると、唐突に米屋が肩に腕を回して私を引き寄せた。 「何にせよ気をつけろよ」 「改まって何」 「いや、なーんかやな予感すんだよなあ」 「はあ」 何のサイドエフェクト? と茶化すと、彼も何事もないように「お前って変なものを引き寄せる節があるじゃん?」と笑った。もう一度言うが本当に失礼である。私がいつ変なものを引き寄せたと言うのだろう。 そんなふうにして無駄口を叩いている間に任務に出る時刻となった。「仲が良いねえ」と、犬飼先輩が私の横を通り過ぎて行きながら言うので、二人に見送られながら私も歩き出して、「同じクラスですからね」と簡潔に答えた。 「つまり俺もと同じクラスだったら仲良かったってことじゃん」 「それはねえよ」 「先輩にその口の聞き方はよろしくないね」 「これはどーもすいません」 そう言って可愛げのない私はべ、と舌を出すのである。 それから時刻は20時を回り、前のチームから引き継ぎを受けて、私達三人は所定の位置についていた。警報の音もなく、静かな夜だ。オペレーターを頼んでいた今さんからも特に指示はない。 雲の隙間から月の光が漏れ出す。廃屋の屋根の上でしゃがんでいると隣に村上先輩が並んだので、やおら顔を上げた。 「何かありましたか」 「いや……」 村上先輩が何かを言い淀んだので、私は苦笑を零した。視線があたりを泳いでいる。気にしいだなあ、と思う。 家屋の下の通りには、ぶらぶらとあてもなく歩き回る犬飼先輩の姿があって、それを眺めながら私はよいしょと立ち上がった。 「今回のこと、あんまり気にしないでください。今後また任務で犬飼先輩と組むこともなくはないだろうし、それに、村上先輩が犬飼先輩のこと少しくらい庇ってあげないと可哀想ですよ」 「でも、に嫌われているのは正直、あいつの自業自得だと思っているところがあるからな……」 「あはは」 村上先輩は頭を押さえてため息を漏らす。そういえば、村上先輩は、私が散々犬飼先輩にからかわれていたのを知っているんだった。 でも、ちょっとだけ違うんだよなあ、と思う。 犬飼先輩を苦手とする理由は、いくつもあるけれど、一番大きな一つは他にある。それはとても漠然とした、恐怖みたいなものに近い。 犬飼先輩は、本音と建て前の使い方が上手いのだと私は思っている。腹の中が見えないと言えば良いだろうか。それなのにこちらのことはどこまでも見透かしている気がする。たまに、触れて欲しくないことも、暴いて欲しくないことも、全部知られているような、そんな気になるのだ。だから怖くて苦手だ。よく遠ざけるために言葉にはするけれど、「嫌い」という表現も、少し違う。 「犬飼はに色々と意地悪をするけど、きっとすごく気に入っているんだと思うよ。あいつは思っていることを全部口にするようなタイプじゃないが、お前のことを結構真面目に気にかけてるのは何となくわかる」 「結構真面目に? うーん全然嬉しくないですけど」 気にしてくれているというなら、嫌がらせじみた接触の仕方を少し改めてもらえると嬉しいのだけれど。 そう答えたところで、不意にびり、と嫌な緊張感が辺りに張り詰めた。私も、村上先輩も、僅かに顔を上げる。それとほぼ同時にけたたましく警報が鳴り響く。それから、通信が繋がるノイズ音。 《ゲート発生、座標誘導誤差5.77》 「御出ましか」 「今さん、場所は?」 《南西に二つ確認。うちの班が一番近いわね。三人ともすぐに向かって》 「了解」 視界にゲートの発生地点の方角へのルートが示される。視線を右方へやると、ここからでも闇に紛れてゲートが開いているのが確認できた。 下を歩いていた犬飼先輩が、ひょいと屋根の上に姿を現して私と村上先輩を交互に見る。 「行こう。お待ちかねだ」 彼は言って、屋根の上を走り出した。その後を追うように私と村上先輩も走り出す。オペレーターの情報だと、バドが4匹、バムスターが1匹、モールモッドが5匹出現しているらしい。 困る程の敵数ではない。村上先輩も、犬飼先輩もいる。一人でも問題ないくらいだ。 力を込めると、手の中に孤月の感触が現れた。柄を肩に乗せて一番手前のバムスターを狙いを定める。それから息を大きく吸い込んだところで、犬飼先輩が頭だけこちらに振り返った。「前見ないと転びますよ」と早口に言う。先輩からその返答はなく、ただ上空へ突撃銃の銃口を傾け「君はあっち」と言った。 どうやら私が相手にするのはバムスターではなく、上空のバドということらしい。 「グラスホッパーがあるんだから、には空のに当たってもらったほうが良いだろ」 「別に犬飼先輩が突撃銃で撃ち落としてくれても良いですけどね」 「いや届かないだろ、あれは」 「そこのビルに登れば?」 「そんなこと考えるくらいならが叩いた方が早いから。グラスホッパーなら空中戦の機動力も期待できるでしょ」 確かに、私にはハウンドもある。バムスターには村上先輩を、犬飼先輩自身は細かく散るモールモッドをというのが、トリガー的には合っているのかもしれない。 風間隊のときは頑丈なトリオン兵を壊すのが自分の仕事だから、つい普段の調子で交戦するつもりだったけれど、そういえば今日は揃っているトリガーも戦闘スタイルもいつもとは違う。自由に動いて負けることは万に一つもないだろうが、彼の言うようにするのがベストだと思って、「はいはい」と気の無い返事をした。 「とまあ、そういうことで構わないよね、鋼君」 「ああ」 「どうでも構いませんけど、犬飼先輩が指揮を取るんですね」 「え、ああ、そういうの一応必要か。あれ、指揮取りたい?」 「いやいや」 「やりたいならやっても良いぞ。ランク順なら指揮はだ」 村上先輩がそこまで言い切ったとき、住宅地の屋根が途切れ、三人がほぼ同時にその下の道路へ足を着けた。「ご冗談を」と薄く笑いながら、私は肩に載せていた鎌の柄を離して側にある路地を一瞥する。 今さんから警戒(アラート)があったのが丁度そのときで、暗闇からモールモッドが飛び出し、私は孤月を右上から半月状に振り下ろした。 確かな手応え。それはぐしゃりと地面に崩れ沈黙する。動かないのを確認してから、二人へ振り返った。 「すいません、反射で手が動いちゃいました。私の分を超えたことをしましたね」 「いいよ、俺の分の仕事減ってラッキーって思うから」 「一瞬犬飼先輩を盾にするか迷ったんですけど」 「正しいことを選べる子で俺は安心したね」 犬飼先輩は、少しだって動じた様子を見せずにすました顔でそう言った。そりゃあそうだ。私がかわしたところで、どうせ二人もモールモッドの動きは読んでいただろうし、対応はできないはずがない。 「まあ、そういうわけで、私に指揮は向いてないわけですよ」 「そういうわけってどういうわけだった?」 「フリーダムに動く私に指揮は向いてないし、そうでなくてもお二人に指示を出すのはやりづらいってことです。村上先輩でいいのでは」 「だってさ、鋼君」 「俺は構わないが」 「決まりですね」 有り難い。そもそもこの面子に指揮をする人間が必要かどうか、微妙なところではあるが、仮に犬飼先輩をリーダーに据えると私がうっかり指示を聞かないこともあるかもしれないから、村上先輩が指揮を取るのが安パイだろう。 「それってうっかりじゃなくない」 「先輩もうっかり私の間合いに入らないでくださいね。うっかりミンチにしてしまいそうです」 「だって鋼君、気をつけた方が良い」 「犬飼先輩に言ってます」 「怖いねえ」 と言う割に、犬飼先輩が表情を強張らせることがあるはずもなく、いつものように口元にゆるく弧を描いたままだった。相変わらずいけ好かない。しかしいつまでもここで減らず口を叩き合っている場合ではないので、私は視線を空へと移した。グラスホッパーが階段状に連なり、その上を跳ねていった。後ろで二人も標的に向かって散っていったのが気配で分かった。 バドを片付けるのは楽な仕事だった。捕獲機能はあるとは言え監視目的のトリオン兵だ。悠々と浮遊するトリオン兵の裏を取り、孤月で片っ端から二つに切り落としていく。 金属が地面に叩きつけられてひしゃげる音をいくつか聞きながら、グラスホッパーを強く踏み込んだ。 残り一体、とバドを捕捉する。こちらと距離を取るようにやや下降していくそれを私は追いながら、視界の端で犬飼先輩のアステロイドがまっすぐに飛んで、地上を蠢くモールモッドのコアを正確に撃ち抜いてゆくのを見た。流石マスタークラスなだけあるなあと思う。 さて、自分もさっさと目の前のトリオン兵を片付けて下の二人に合流しよう。そう、私はバドと間合いを一気に詰めると孤月を振り下ろす。寸前でバドの体は大きく横に逸れた。かわされたか、と視線でそれを追い、方向転換する。誘導弾で敵の移動範囲を狭めてから、再び構え直した孤月で、バドめがけ空気諸共切り裂こうとした。 「これで最後だ」 最後――のはずだった。 振り下ろした孤月の重さと感触が手の中から消えたのは敵の装甲に刃が刺さる寸前だった。同時にがくん、と身体が重力に引かれる。換装が解けた。 「――なッ!?」 そのまま一気に身体は下へ吸い込まれるように落ちて行く。声はそれ以上は出なかった。落下していく身体は当然いつものように体勢を立て直せる程自由が効かない。 異変に気づいたか、地上から私の名前を呼ぶ声が聞こえたが、反応する余裕があるはずもなく、そもそもどちらの声だったかもわからない。 自分の死を悟った瞬間、私の背中が地面と衝突した。激痛が全身を支配して呼吸が止まりそうになり、呻き、けれど、それでも私は死んではいないようだった。どうやら、私の身体は一番下の地面ではなくどこかの廃ビルの屋上に落ちたらしい。 「っい、た……」 痛いけれど、生きている。 はじめこそ少しだって動ける気はしなかったが、しばらくして痛みに慣れてくると、私はゆっくりと薄目を開けて空を見上げた。真上を飛んでいるバドとの位置から推測するに、落下した距離は4,5メートルほどだろうか。周りに段ボールが散乱している。この束の上に落ちたおかげで落下の衝撃が和らいだらしい。 それでも身体が痛みで悲鳴を上げている。骨にヒビくらい入っていそうだ。でも、たぶん、折れてはいない。ただ左腕は痛みが強いからこちらは使えそうにない。トリガーを使い始めてからすっかり忘れていたけれど、人間の身体は存外脆いのだ。 浅い呼吸を繰り返しながらゆっくりと身体を起こす。横目で直下30メートルの道路を伺って、背筋が粟立った。あと少し横に逸れていたらその下へ叩きつけられていただろうし、間違いなくヒビでは済まなさそうだ。落ちた体勢が悪ければ死んでいても可笑しくない。 不幸中の幸いか。呟いてから右手の中に小さく収まるトリガーを一瞥し、何度か力を込めてみる。しかしトリガーは沈黙を続け起動する気配はない。助かってもこれは状況が悪い。 何故急にトリガーが反応しなくなったのか、とは考えなかった。思い当たる節はある。 きっと例の謎の攻撃を受けたせいに違いない。これまで調子が良かったのは運が良かっただけか、そもそもあの攻撃がそういう特性だったかだ。 最悪だ、と重く息を漏らす。 村上先輩達は私の換装が解けたところを、たぶん見ていただろうが、いつの間にか新たに開いたゲートの対応に追われているようだ。先程まで静かな夜だったはずなのに、今ではそこここにトリオン兵が蠢いているのが見える。 厄介な状況ではあるが、通信もトリオン体の反応も途切れているからオペレーターも私の異変には気づいているはずなので、遅かれ早かれ誰かは救援には来るはずだ。 「つまりは誰かが来るまでこの場は一人で凌ぐしかない」 壊れていた屋上の柵に応急的に使われていたらしい筋交いの単管パイプが外れかかっていたのでそれを蹴り上げると甲高い音を立ててパイプは足元を転がってゆく。拾い上げて一振りする。 仕留め損ねたバドは頭上を悠々と飛び回っており、こちらの様子を伺っているようだった。やつを仕留められずとも、得物があれば時間稼ぎができる。 一先ず屋上から建物内に身を潜めて待機しようと、中へ入ろうとしたときだった。再び警報音が鳴り響く。今日は一体何回この音を聞くのだろう。ぞわぞわと嫌な空気を感じ取った方へ身体を向けると、夜の闇へ無理矢理割り込む様に黒いゲートが目の前に出現する。息を飲んで私は反射的に後ろに飛び退き、パイプを構えた。 モールモッドが三体、ゲートから姿を見せる。それらはコアのモノアイをぎょろりと動かし、すぐに私を捉えたのがわかった。 手の汗をスカートにこつりつける。緊張している、けれど、頭は妙に冷静だ。身体の痛みなんてハンデにならないくらいに、自分がどうすべきかが見えた。 「、すぐに行く!」 と下から村上先輩の声が微かに届いた。こちらの状況はやはり把握しているらしい。それだけわかれば十分だ。 「3分持たせます!」 簡潔に答えて唇を湿らす。 大丈夫、怖いものか。こんなふうに戦うことは初めてではないのだ。“生身の自分の動かし方“はきちんと心得ている。特にモールモッドとは何度も交戦した。 「あのときだって、私は負けなかったんだから」 そう、だから今回だって。そこまで言って、私は言葉を止めた。 違う、待てよ。と、自分の言葉に気味の悪さを覚える。 しかし突然頭が鋭く痛み出し、考えることを阻まれた。まるでそれ以上思考にすることを頭が拒絶しているみたいだ。 それでも私は不意に浮かんだ疑問を口にする。 ――あのときって、一体、私はいつの話をしているんだろう。 ( 190501 ) |