たくさん心配される話02



※原作沿いではないオリジナルの話です。設定が謎めいていてもOKの方のみどうぞ!




ストローを、かじる。パックの中の残り少ないりんごジュースを音を立てて飲みきると、私は深く息を吐いた。
学校の屋上からはボーダーの基地がよく見える。この眺めが結構好きだ。基地の周りではトリオン兵とボーダーとの戦いが絶えず続いているのに、警戒区域から一歩外に出ると、皆それに盲目にも無関心でいられる。見えない壁でも存在しているみたいに、平和な世界とそうでない世界がすぐ隣に並んでいるこの奇妙な世界を上からこうして眺めていると気味が悪い反面、面白い。
今頃どこかの隊が防衛任務に勤しんでいることだろうなと、私はスカートのポケットにしまい込んだトリガーを弄りながらぼんやりと基地の方角の空を眺めていると、屋上の扉が開く音がした。

「買って来たぞ、クリームパン」

ビニール袋をがさがさ言わせながら、屋上に入って来たのは出水と米屋だ。出水は、私の頭の上に袋を載せたので、それを受け取りながら「でかした」と声をかける。数日前、勝った方にクリームパンを奢るという条件で彼と模擬戦を行なっていたので、私は袋の中身を確認してにやりと笑う。購買で一日20個限定のクリームパンだ。チャイムと同時に出水を走らせただけあって、思いの外すんなり買えたようだ。
クリームパンの他に、二人は購買で昼食を買って来ていた。三人で円を描くように座る。

「出水のそれ、なに」
「コロッケパン」
「好きだね、コロッケ。米屋のは」
「中身がわからないおにぎり。なにが出るかはお楽しみらしい」
「冒険してやがる」
「俺それ買ったことあるけど、俺のときはただの塩握りだった」
「なにも出ないパターンなんてあんのかよ」
「最後の一口まで何が出るか期待してた俺のわくわく感返して欲しかった」
「どんまい」

米屋はきっと肉でも入っているのを期待していたのだろう。いや、まだどうなるかはわからないけれど。おにぎりを見つめている彼を一瞥してから私はクリームパンにかじりついたところで、出水が「そういやさあ」と話題を攫った。

、この前謎のトリガー使いとやり合ったんだって?」
「え? あー……」

出水が言っているのは見えない攻撃を使う奴のことだろう。あれね、と曖昧に頷く。正確に言えばあれはトリガー使いではなかったのだけれど、米屋も一応関係者の一人なので、「そんなのいたな」とおにぎりを頬張る。

「A級の中じゃ結構話題になってたんだぜ? 派手にやられたみたいじゃん。お前がぼろぼろにやられるのなんて相当だってさ。太刀川さんが戦いたがってた」
「いや、やられてないから。勝ったし」
「でも影浦先輩に背負われて帰ってきただろ」
「それは否定しないけど……」

影浦先輩が応援に来た後、私は気を失ってしまったみたいで、気づけば私はボーダーの医務室で、例の早川隊の隊員の隣でベッドに寝ていた。とは言え眠っていたのはほんの30分くらいだと側にいた菊地原が言っていた。

「でも、まあ確かになかなかのやり手だったかな。トリガー使いというよりは、格闘家として」
「格闘家?」
「うん。トリオンを使う攻撃より、体術の方が多かったし、それで相手を崩してからトドメに大きな一発を打ち込むっていう流れの戦い方だったと思う。その一発も、トリオンが使われている攻撃なのか微妙だった」
「あ、そういやそのトリガー使いだと思ってた男、実は三門市に住む一般人だったってよ」

風間さんか、はたまた三輪にでも聞いたのか、米屋も多少なり事情を知っているらしい。「まじか」と出水がコロッケパンを食べる手を止める。
出水はA級の一位だし、だからというわけでもないけれど、ある程度の話は聞いていると思っていた。太刀川さんが知らないわけはないだろうし。

「一般市民がなんでボーダーを攻撃すんだよ」
「誰かに操られてたんだってよ」

出水の問いに、米屋が答える。「操られてた?」と鸚鵡返しに聞くので、今度は私が頷いた。

「捕まえたその男が目を覚ましてから上が色々聞いたみたいだけど、どうにもなにも覚えてないみたい。私達が戦ったとき、首元にリング型の機械が付いているのが見えたから、それがたぶん操る装置みたいなもので、遠隔的に動かしていたんだと思う。ただ、トリガーがないし、換装もできないから、代わりにトリオンスーツみたいなものを外側に着せてたらしいよ」

怒沼田さん曰く、トリオンスーツは、身体へのダメージを軽減させたり、遠隔操作のリンク性をより高める効果を担っていたらしい。恐らくトリオン能力が高い一般市民を見つけ出して、スーツは本人のトリオンを動力にしていたのだろう。

「それで、その操られてたのは一人だけなのか?」
「恐らくね。後続もなかったし、そもそも操るなら一人ずつじゃないと操作できないんじゃない?」

言い切ってから、クリームパンの最後一口を放り込んで、咀嚼する。
相手の戦い方は、まるで人形のようだった。ただ淡々と指示された通りに動くように、自分の意思を感じさせない動きだ。だから一つ一つの動作に殆ど気配を感じなかったのだろう。操られていたと言う話にはとても納得できる。

「目的はわかったのかよ。その感じだとトリオン目当てなわけでもないんだろ」
「俺が思うに、トリガー技術を盗むつもりだったんだろうな」
「鬼怒田さんも米屋と同じことを言ってたよ」

攻撃の特性からみても、恐らくその推測で間違いなさそうだ。あの見えない攻撃は、トリガーの機能障害を起こさせる。トリオンを消費する攻撃とはまた違う性質のものだ。もっと電気とか磁気とか、そういう機械にダイレクトに影響を与える種類の攻撃で、当たりどころが悪いとトリガーとトリオン体の接続が一時的に分断される。つまり強制的に換装が解かれてしまう。そうやってトリガー使いを無力化して、トリガーを奪うつもりだったのだろう。
それならば操られた男性以外、市民にも市街地にも影響がないのも納得がいく。

「まあ、いくら内輪だけで議論しても、詳しいことは黒幕を捕まえないことにはわかんないけどね」
「確かになあ」
「でも多分それは難しい」

屋上のフェンスに背中を預けて足元へ視線を落とす。かかとを揃えて、左右のつま先をぱたぱたと開いては閉じる。
出水がまたその理由を聞きたそうにしているのが気配でわかって、彼が口を開くより先に、「遊真が」と私は続けた。

「さっき話した首の機械と私が受けた攻撃の特徴から、渡り歩いた乱星国家の中に似たような技術を使う国があったって」

恐らくあちらからしたら、ことを荒立てずに、ある意味で穏便にトリガーを持ち出すつもりだったのだろう。その乱星国家が何日間こちらに接近してるいるかはわからないけれど、複数名で乗り込んでいる様子でもなさそうだし、もう手の内がバレているのに再び攻めてくるとも思えない。それに乱星国家ということは、再びこちらの世界に接触する機会は、おそらくはもうないだろう。
迅さんからも大きな被害がでるような予知を聞いていないので、黒幕を捕まえられないにしても取り立てて警戒する必要性がないと判断された。
とは言え、一応暫くの間は防衛任務にあたる部隊を各シフト一部隊ずつ増やす体制をとることにはなった。

「ただでさえ人手が足りないのにな」
「戦闘狂の米屋は願ったりでしょ」
「そういうこそ、今日の夜の防衛任務、増えた一枠分に混成部隊で入るって聞いたぜ」
「頼まれたからね。明日学校休みだし」
「鋼さんとだろ」
「出水、よく知ってるね」
「俺も鋼さんに誘われたんだよ。断ったけど」
「えーなんで!」
「メガネ君の練習付き合う約束してんだよ」
「ていうか別にと鋼さんの二人でも全然問題なくね?」
「まあ」

普通なら問題は全くないのだけれど、村上先輩とは、念のため少なくとも三人でチームを組もうという話になっていた。
敵はA級を追い詰めた奴であり、しかもそのA級というのは私だから。

「でもじゃああと一人チームに誰が来るか、わかってねえんだ?」
「村上先輩がもう一人見つけて登録しておくって言ってたから任せちゃったんだよね。ただ私と先輩が話してるとき、そばでイコさんが参加したいって騒いでたからイコさんかなーとかうっすら考えてたりはしたんだけど、でもなにも連絡ないのは不自然な気もする」

米屋は「ふうん」と頷いて大きな口を開けておにぎりにかじりつく。中から唐揚げの姿が見えた。ただの塩握りは回避したらしい。
それを確認すると私はスマートフォンで時刻を見てやおら立ち上がった。昼休みにが終わるまでにはあと20分程はある。
米屋が顔を上げた。

「どうした?」
「先生に化学室にノートを持って来るように頼まれてるの」

「さっき前に集めてたやつか」と出水。頷くと、米屋が渋い顔をした。

「またかよ。お前確かこの間もなんか頼まれてなかったか?」
「うん。どうやら一回引き受けたら目を付けられたらしい。人が良いと困るよ」
「いや自分で言うなよ」
「あはは」

別に、面倒なわけでもないから頼まれごとは一向に構わない。もちろん、都合が悪ければきちんと断るつもりでもいる。

「手伝おうか」
「え、いいよ。まだ二人ともご飯食べてるじゃん」

それに、持って行くのはノートだけだ。
出水の申し出を断って、手早く広げていた昼食を袋にまとめると、屋上を後にした。
教室に戻ると、教卓の上には課題のノートが積まれていた。人数分あることを確認する。先程の反応でなんとなく大丈夫だとは思ったが、米屋もきちんと出しているみたいだ。
そうして私がノートを抱えて一つ上の階にある化学室へ向かう最中、階段の途中で、影浦先輩に会った。彼は階段を下りてくるところだった。

「よう」
「影浦先輩、どうもー」
「なんだ、。パシられてんのか」
「そんなとこです」
「どこだ」
「化学室まで」

答えて影浦先輩の隣を通り過ぎようとすると、彼は自然な足取りで私の横に並んで階段を上り始めた。

「あれ、先輩、下に用があるんじゃ」
「あ? もう済んだから良いんだよ」
「はあ……」

向かっている途中に見えたのだけれど、もう済んだとはどういうことだろう。怪訝に思ったが、多分、こういう感情は影浦先輩に筒抜けだろうと思って、気にしないことにした。
そのとき、ふ、と手元が軽くなる。先輩は私の手からノートを攫っていた。

「え、あのう」
「なんだよ」
「ノート、持っていただかなくても」
「上行くついでだよ」
「でも、悪いです」
「人の背中で気兼ねなくグースカ寝てた奴がよく言うじゃねえか」

例の見えない攻撃を仕掛けてきた黒フードと交戦したときの話だろう。私はすぐに「寝てませんから!」と口を尖らせる。寝ていたのではなく気を失っていたのだ。格好は悪いけど不可抗力。しかもそれだって、流石に悪いとは思っている。

「影浦先輩が来て気が抜けたけど、別に動こうと思えば動けたし。あれはなんていうか、師匠とのスキンシップみたいな。ほら大事でしょ、スキンシップ」
「なに言ってんだお前。ぼろぼろだったくせによ」
「トリガー本体に障害を起こされちゃ仕方ないですよ。実力は負けてないです」

とはいえ、そもそもあの一撃を食らってしまったのが敗因で、それを防げなかったのは紛れもなく自分の実力不足なので今更何を言っても言い訳に聞こえてしまうけれど。

「そういや、あの後は身体はどうだったんだよ。動けなかったのか?」
「いえ、トリオン体なら少し休んだ後、トリガーを起動したらもう正常でしたよ。今日まで使ってましたけど、特に変なところもなく」

エンジニアの人にもトリオン体の安定性だけ何度か確認してもらったが、特に問題はなかった。念の為、次のトリガーの定期点検のときには念入りに見てもらうつもりではいる。

「もうぴんぴんしてるわけか」
「もちろん。今日も夜、防衛任務ですしね」

化学室の前まで来ると、私はドアを開けて影浦先輩を中へ誘導する。それからノートを受け取ると、テキストやプリントが雑多に並んだ隅の簡易テーブルにノートを置いた。
後ろで「今日の防衛任務?」と影浦先輩が繰り返す。

「もしかして鋼と組むやつか」
「ああ、影浦先輩も聞いたんですか」
「も、ってなんだ」
「あ、いやこっちの話です。……ところで、影浦先輩、今日の任務の混成部隊に誘われたりしました?」
「いや、話を聞いたのはさっきだからな」
「なぁんだ、じゃあ村上先輩、結局あと一人一体誰を誘ったんだろう。影浦先輩、聞いてません?」

足を放り出すようにふらりと歩きながら廊下へ出る。「お前、鋼の他に、誰がいるか知らねえのか」と、影浦先輩が言った。どこか呆れた調子だ。私は「知りませんけど」と素直に頷いた。
どうやら先輩は参加メンバーを聞いているらしい。彼は、小さく息を吐き出した。

「俺は鋼にアイツだって聞いたぞ」
「……あいつ?」
「ああ」

私は振り返ると、先輩は頭をかいて言った。

「犬飼の野郎だってな」


ひえ。




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( 190212 )
ずっと次の話が書きたかった。ここまで来たぞ、あと少しである。