connect_27

どこまでも
響け



弁当やら購買で買ったものを広げて賑わう教室。昼休みは必ずここにいたはずのの姿は既にそこにはなかった。屋上で佐熊達の話を聞いて飛び出してきた俺は荒い息を落ち着けてゆっくりと周りを見回す。いない、どこにもいない。
柳先輩達から声をかけてきたのだから、まさか今日に限っては彼女が休みの筈はない。
校内で見かけないということは外だろうか。しかしわざわざ教室から出るということは人がいないところを選んでのこと、つまり憩いの場にいるはずはないから、…そう思考を巡らせ、思い当たる場所がただ一つだけ俺の頭には浮かんだ。それはいつだったか、クリーンキャンペーンの時に二人で出かける約束をした、あのベンチだった。


「…先輩!」


グラウンドからは影になって見えないその場所は、一人きりになるには絶好のポイントだった。案の定、はそこにいた。何をするわけでもなく、ぼんやりと木漏れ日を見つめている。「…何か用ですか」たっぷりと間を開けた後、こちらに背を向けたまま彼女は答えた。
俺が彼女にしなければいけないことはただ一つだけ。


「この間はすいませんでした」


頭を下げると、はぴくりとこちらへ目をやる。その視線はとても冷たい。「何を今更」トーンの落ちた声は一瞬、俺の身体を強張らせた。


「本音だったんでしょう、わざわざ謝る必要ある?」
「確かにあれは俺の本音です。でも先輩を傷つけたから謝ります」
「…別に、慣れっこだよ。だからもう、」
「先輩、聞いて」


逃げるように立ち上がって、俺に背を向けようとしたの腕を、俺はすかさず捕まえた。ここで離したら、きっともう彼女は捕まらない。そんな気がした。「俺、先輩が俺を見ないことに、ずっとずっとイラついてた」俺の台詞に、がゆっくりと顔を上げる。
の心の中にはいつだってがいて、彼女が例えを傷つけたって、それは例外的に変わらることはなかった。自分が悪く言われているのに、そんなことを後回しにしてまでだ。それが俺には悔しくて、やるせなかった。


「誰が私のことを悪く言おうと構わない。そもそも貴方には関係のない話でしょ」
「ちげえよ!俺はっ…俺はあんたのことが好きだから、」


放っておけるわけねえだろうが…!半ば怒鳴るようにそう声を上げると、彼女はびくりと肩を震わせた。俺は慌てて掴んだ腕を少しだけ緩めた。カッとなってはいけない。同じ過ちをしないように気持ちを落ち着ける。


「だからあんたが悪く言われるのは耐えられなかった。悲しい顔されるのもだ。でも、それがうまく伝えられなくて、勝手にイライラして、あんな形で先輩を傷つけた。結局あんたを悲しませたのは俺だった。気が済むまで罵るなり殴るなりすればいい。でも俺はやっぱり、あんたを離してはやらない」


掴んだ腕を引くと、彼女は俺を押し返して小さな声で言った。やめて、と。震えるその声は何かを耐えているようにも聞こえる。


「先輩、俺は先輩が好き」
「…やだ、やめて」
「好きッス」
「黙って!」
「黙らないッスよ」


先輩が分かるまで、何度でも言ってやる。そう続けた俺を、はハッと息をのんで見つめ返した。彼女の瞳は揺れていた。
この先また、俺がを傷つける日が来るかもしれない。でもその時はごめん、って、謝って、そうやってまた一緒にいれる、そんな風になりたい。それが本当の繋がりなのではないだろうか。


「傷つくことを怖がって逃げてたら、いつまで経っても本物は手に入らないんじゃないスか」
「っ、そんなの、」
「…」
「そんなの分かってる!こんな風にを庇うことが自分のためにものためにもならないことも!」


きゅ、とシャツを握りしめた彼女は、どんと俺を一度押しやった。「でも、怖いんだもん…。認めたら、本当に一人ぼっちになっちゃう…」とても弱々しい声で紡がれた彼女の本音は、集中していなければ聞き取れないのではないかというほどか細い。「俺がいるッスよ」彼女を自分の方へ引き寄せた。


「俺がずっと先輩のそばにいるから、もう一人で戦わなくて良いですよ。もう、泣いて良いんですよ」


その言葉に、は俺を見つめて、それからすぐにうつむいた。頭を押し付けて「馬鹿じゃないの」と、彼女は呟く。知っているさ、俺が大馬鹿野郎なことぐらい。


「あんたはいつもそうやって、私を甘やかす、から、」


そんな彼女のくぐもった声が俺に届く。前にあった手は、ゆっくりと俺の背中に回された。「私が離れられなくなるじゃんか…っ」
はとても細くて小さくて、こんな彼女が今までどれだけの悲しみを一人で背負ってきたのかと思うと、たまらなく胸が苦しくなった。ああ、守りたい。彼女を守りたい。


「…あんたがそんなだから、私はあんたとの繋がりを切ったこと、本当は後悔して…っ」
「先輩、」
「…うるさい!…大口叩いたんだから、ずっと、私のそばに…いてよ、赤也」
「…んなの当たり前でしょ。…先輩にこれからまたどんな辛いことがあったとしても、俺は何度だってあんたをそこから引っ張りあげてやる」
「…ん、」


背中に回された腕の力が強くなる。「ありがとう」微かにそんな声が聞こえた。それだけで俺はたまらなく幸せな気持ちになる。


「…ね、先輩?」
「…なに」
「すっげー好きッス」


「…ばか」



ずっと、ずっとこの人を守って行きたいと思った。


(青春カルテット)

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( 大好き、ありがとう // 131231 )
ようやく終わりました、ここまでお付き合いいただきありがとうございました。