connect_26絶命の危機を 救う使者 「もう貴方なんて『知らない』」 あの時のはとても冷ややかな、そして悲しげな表情をしていた。目を瞑ると浮かぶそんな彼女の姿に、たちまち後悔の念が押し寄せる。あの日以来、俺は彼女のクラスにも顔を出していないし、授業も以前以上にサボりがちになった。屋上の貯水タンクに背を預けながら夏の真っ青な空を眺める。彼女はどうしているだろう。まさか学校を休んでいなければ良いが。俺がそう小さくため息をついた時、突然屋上の扉が開く音が聞こえた。時刻は昼時。昼食を食べに来る奴がいてもおかしくはないだろうが、こんな暑い日にわざわざここに来るだろうか。俺はそのままタンクの裏に身を潜めていると、よく知った人間の声が耳に入った。 「いだだだだ離してくださいっすよ!」 「暴れんな」 不満気な声を上げているのは佐熊だった。どうやら誰かと一緒らしい。一体何事かとそこから顔を出すと、目の前には丁度丸井先輩と柳先輩に両腕を掴まれている佐熊がいて、彼らは俺を見つけるなり、その場で佐熊を解放した。「探したぞ赤也」どういうことだろうか。 「最近お前教室に来ねえだろ。なんかあったんじゃねえかってな」 「それに、お前は先日部活で揉め事を起こしただろう。もお前も、様子がおかしいのはあの日からだ」 柳先輩のことだから、有る程度のことまでは察しがついているに違いない。それは確信めいた口調だった。 揉め事自体は相手が萎縮してか俺を怒らせるようなことを言ったのは自分達だと言ったので、俺の処分は幸村先輩達に相当怒られた、程度で済んだのであるが、本当の問題は何も片付いていない。俺が黙っているのを肯定と捉えたらしい柳先輩は、佐熊の方を一瞥すると、静かに口を開いた。「佐熊が原因なんだ」 「…は?」 「彼女が根も葉もない噂を立ててややこしくさせた」 「噂を立てた?人聞きの悪い言い方しないでくださいっすよ」 彼女は小馬鹿にしたように鼻で笑うと膝をついていたその場から立ち上がった。オーバーに肩を竦めているその姿は柳先輩の責めるような口調にちっとも物怖じしていない。 「私はただたまたま近くを通りかかった子に事実を教えてあげただけ。『がをかばってるんだってねえ』って。そこにが犯人だとか色々と尾ひれをつけて広めたのは無知なお馬鹿さん達」 「しかし原因を作ったのはお前だ。とにかくまず赤也に謝れ」 「なんで私が」 「もう良いッス」 俺はたまらず二人の言い争いに割って入った。もう良い。どうだって良いのだ。結局感情を制御できずにを傷つけたのは自分なのだから。首を振って項垂れた俺に、佐熊が柳氏よりよっぽど利口だね、と嫌味たらしく笑った。もう誰を怒る気にもならない。今更何をしても遅いのだから。 「先輩のこと、俺は全然知らない。だけど、俺との『繋がり』をもういらないって言ったその意味の重さは、なんとなく分かるんスよ」 「赤也、にはお前が必要なんだ」 「柳先輩がそう思っても、先輩が思ってなければ意味がないし、俺は先輩を傷つけたから…」 一緒にいる資格なんてないのだ。俺といない方が、きっと先輩には良い。俺はいつだって誰かを傷つけてしまうから。もう放っておいて欲しいと俺は彼らに背を向けた。 「佐熊」 「何、帰るの?」 「『繋がり』のこと、話してやれよ」 今まで口を閉ざしていた丸井先輩が、おもむろにそう言った。佐熊が驚いたようにしばらく閉口していたのだが、何を思ったのか、含みのある声で「へえ、良いの?」と問う。「丸井氏が自分で言えば良いのに」しかし先輩は佐熊が話すことに意味があるんだと彼女を俺の方に押し出した。彼女が俺に協力することに。 今までいくら『繋がり』の事を尋ねても教えてもらえなかったのに。彼女は至極めんどくさそうな顔をしてしゃがむと俺に視線を合わせた。 「それじゃ、切原氏。少し昔話をしようじゃないか」 「…昔話?」 「そ。面倒だから手短に話すっすよ」 「…はあ、」 「むかーしむかし、あるところに女の子がいました。彼女は中学三年生になって、とある男の子二人と仲良くなりました。しかしその二人は実は酷い女たらしでね。二人がその女の子に手を出すことはなかったけど、周りの女の子達はその子を利用して男の子二人に近づこうとしたわけです。まずは手っ取り早くその子と連絡先を交換して、仲良くなったフリをして、結局のところ、女の子達は皆、その子を仲介して男の子と仲良くなろうとしました」 「…」 「可哀想なことに男の子達がその子を心配することはなく、集まってくる馬鹿な女の子達の相手ばかりをしていました。女の子達は友達のフリを続けてくれる子もいましたが、中には男の子達の友達であるその子を妬んで嫌がらせをする子もいました。ところがやはり男の子達は助けてくれません。めんどくさいからだね。そんな中、ようやくその子に本当の友達と言える女の子が現れました。その子は高校でもずっとずっと友達でした。しかしある時実はその女の子も裏切り者だと知ります。その子はとても傷つきました。ところがまたもや彼女には救いの手が差し伸べられました。気づかないうちに自分のそばにいてくれる男の子の存在にようやく気づいたのです。前に男の子二人とのこともあったので、彼女はその男の子に手を伸ばすことを少しためらいましたが、なんとか自分から寄り添おうとした、そんな時」 やっぱり女の子は裏切られてしまいました。おしまい。 にこやかに語った佐熊が名前を伏せたそれが、誰のことを言っているのかなんて、わからないわけがない。俺の反応を伺っていた彼女は、ポケットから袋に入った壊れた白い携帯を取り出すと俺の前にチラつかせる。どこで手に入れたかはしらないが、それは確かに先日、が壊した俺のアドレスが入ったものだったのだ。 「携帯は、人と人を『繋ぐ』ものとして、世界で一番薄っぺらい媒体だと、私は思ってる」 「だから、先輩は、それで繋がるものを信用してないし、いらなくなれば壊す…」 「そう。でも流石に家族の連絡先とか、必要なものもあるから、携帯を二つ持ってるんすよ」 俺のアドレスが入った白い携帯は、俺とが初めてあった時、彼女が壊したものの代わりだと佐熊が渡していたものだ。その時は俺との繋がりがいつかいらなくなるものだと、は思っていたのだろう。 「確かに携帯は薄っぺらい繋がりだよ。でも、君は携帯で氏と繋がろうとしたことあるかい?」 「…」 「だって君はアドレス交換したことも忘れてたくらいだ」 そう。いつだって、俺は彼女に直接会いに行った。切り裂き魔の時だって、彼女がたとえ学校に来ていない時だって、携帯で連絡を取ることはしなかった。だって、俺は彼女に、きちんと会いたかったのだ。文字のやりとりなんかでは足りない。 「もしかしたら氏は、そういう君と過ごした時間がいつの間にか大切になってたんじゃないすか?」 「…」 「だから、に続いて君までいなくなったら、きっと氏は壊れちゃうね」 どうする?にこりと笑って彼女は言った。どうする?…そんなの決まっている。俺にはが必要だし、彼女にも俺が本当に必要なら、どんなに嫌がられてもそばにいる。立ち上がった俺は弾かれたように走り出した。屋上からの階段を何段も飛ばしておりて行く。 「赤也!」 そんな俺を丸井先輩が引き止めた。先ほどの話を気にしているのか、視線をしばらく彷徨わせてから、ゆっくりと口を開く。「俺のせいでもあったんだ。…悪いと思ってる」先輩の表情を見れば、を気にしていることは一目瞭然だ。それに俺は丸井先輩を怒ってなどいるわけがない。 「先輩の女たらしは知ってます。今更どうこう言いませんよ」 「俺のことはどう思っても良い。ただ佐熊は、」 「…」 「あいつ、捻くれてるだけで、本当はいい奴なんだ。…あいつも分からないんだよ。人とどう接していいか」 「俺、こんなことがなくても元々佐熊先輩のことあんま好きじゃないんで」 俺はそれだけ告げると苦笑して走り出した。丸井先輩がどんな顔をしていたかなんて分からないけれど、きっと先輩もあまりいい顔はしていないと思う。 「彼女は可哀想な人間だ」 柳先輩の言葉が、今なんとなくだけれど、分かった気がした。 きっと皆、色んなものを抱えているのだと思う。それはも、柳先輩も丸井先輩も、佐熊も。 俺は走りながらそんなことを考えていた。 (誰だって、そう) もどる もくじ つぎ ( 繋がる意味 // 131130 ) 今度はお腹いたいです。 |