connect_23突き刺した トゲ 佐熊遥が何者なのかとか、柳先輩や丸井先輩が何を知ってるのか、とか、確かにが無事ならそれで良いとは言ったが、気にならないといえば嘘になる。俺だってそこまで能天気な頭をしているわけではないのだ。だからと言って、自分より何枚も上手の先輩達や佐熊から話が聞き出せるかというのはまた別の話になるが。 俺は隣にいる柳先輩を横目で伺う。丸井先輩はともかくとして、まさか柳先輩からは話が聞けるとはミジンコ程も思っていない。しかし俺の悶々としたオーラを察知したのか、柳先輩はちらりと俺を見やり、小さくため息を漏らす。この人にはきっと全ての思考が読まれているに違いないから、その表情にひやりとした。 「赤也」 「…はい」 困ったように眉尻を下げて俺を見た先輩は、「一つだけ教えてやろう」と口を開いた。何を、とは聞かなくても分かる。俺が知りたいことを、柳先輩が分からないわけがないのだから。俺は待ってましたとばかりに大きく頷いたのであるが、得られたものというのは想像よりはるかにどうでも良い内容のものだったのだ。 「俺は佐熊遥に好意は抱いていないぞ」 「は?」 違う。俺が聞きたいのはそういう惚れた腫れたの話ではない。だいたい、どう考えたらその考えに至るのか。柳先輩らしくない。俺があっけに取られていると、やはり先輩はやれやれと息を吐いて、分かっていると頷く。俺の言いたいことは分かるらしい。それでは俺の理解不足という奴で、柳先輩のその言葉は何か意味があるものなのだろうか。 「このような言い方は好きではないか、佐熊は良い人間には見えない」 「えっと、だから?」 「お前は俺が佐熊に関する秘密を知っていると思っているだろう」 「違うんスか」 「いや、もちろん知っている。しかし、お前が知る必要のない話だ」 「要するに詮索するな、と」 「そうだ」 どうしよう。全然意味が理解できない。つまり、柳先輩は、佐熊が人としてそれはどうなのか、という観点で彼女のことが嫌いで、だからそんな佐熊に近づく必要はないと。むしろ近づくなと、そういうことだろうか。柳先輩にそこまで言われる佐熊は一体どれほど悪さをしでかしたのだろう。俺よりもきっと酷いに違いない。何と無く分かる気がして、俺は苦笑をこぼしていると柳先輩はそんな俺を見て、少しだけ表情を曇らせた。もしかしたら俺が思っているよりそれは深刻なのかもしれないと、思った。 「彼女は可哀想な人間だ」 「…柳、先輩」 何故そんなことを言ったのか、それは一体どういう意味なのか、今の俺にはさっぱり理解できなかった。もしかしたらこの先も理解することはないのかもしれない。なぜなら俺は、俺達は、佐熊のことをこれ以上知る必要はないのだから。 「先輩、いつか、俺がその言葉の意味を知れる時はきますか」 「来ないな。お前やには」 柳先輩が言うなら多分そうなのだろう。意味深な言葉を残した先輩は、それから何を思ったかフェンスの向こうを指差した。釣られて俺はそちらへ目を向けるとそこにいたのは何とだったのだ。「行ってくると良い。精市には俺から言っておく」体良く追い払われた気もしたが、それより久々に見た制服姿のの方が重要だったので言葉に甘えて俺はの方へかけていった。 彼女は俺が尋ねて行ったあの夜の時よりも幾分か表情は明るく、俺はホッと胸を撫で下ろす。 「心配かけて、その、ごめん」 俺に気づいた彼女は、まさか俺が自分の元まで来るとは思っていなかったらしく少しうろたえてから、おもむろに口を開いた。「そんな。それより先輩来てくれてほんと良かったー」俺が彼女の様子を見に行ってから、しばらくたってっも学校に来なかったものだから、確かに心配はしていたけれど、来てくれたのだからそれで良い。俺がだらしなく笑うと、彼女はそわそわと視線を彷徨わせてから、不意に俺へ袋を押し付ける。一体なんだと首をかしげる俺に、小さく「差し入れと、お礼、デス」とは告げた。中身はもちろんスポーツドリンクとか、パンとかお菓子とか、よく分からない組み合わせのものがみっちり詰まっていて、手作りとかでないところがらしいと思いつつも、なんだか逆に申し訳ない気持ちになる。 「本当に良いんスか」 「もちろん」 「…へへっ勿体無くて食えねえや」 「…別にそこら辺で買えるものだけど」 「違うッスよ」 理由は知らないけれどはテニス部が苦手で、コートにも近づきたくないくらいで、それなのにわざわざ俺のために持ってきてくれたというところに意味がある。彼女はふうんと興味なさげに頷いてから「別に無理してきたわけじゃないから気にしなくて良いよ」と付け加えた。どういう意味だろう。 「あー…なんか赤也の顔も久々に見たくて」 「…せ、せんば…!」 「え?」 「も、もっかい、今のもっかいお願いします!」 「…は?え、やだよ」 「このスポーツドリンクあげますから!」 「私のあげたのじゃねえか。お前こそさっきの言葉もっかい言ってみろ。勿体無いんじゃないのか」 それはそれ、これはこれである。しかしはついに首を縦に振ることはなく、俺はしぶしぶ諦めることになってしまったのだが。 それからにさっさと練習に戻れと言われたので、俺は肩を竦めてその言葉に従うことにした。 彼女はもうしばらく練習を見ていくそうで、ようやく俺のかっこいいところを見せる時が来たと、無駄に気合を入れてコートへ走り出す。 その時、ふと耳に入った言葉に、俺は一瞬どきりと胸をざわつかせた。 「あれ、向こうにいるのさんじゃない?」 「ほんとだ。あっねえ、さんがまださんを庇ってるって話、知ってる?」 「何それ」 「自分が全部悪いからさんを許してって言ってるらしいよ」 きっとそこで足を止めるのが正解だったのかもしれない。その話を詳しく聞くのが良かったのかもしれない。だけど、俺は逃げていた。そんなはずはないと。は全て吹っ切れたからあそこにいるのだと、そういう確信があったからだ。だが、そうは思っていても、を振り返ることができなかった。それはもしかしたら心の奥底で、彼女を信じ切れていない俺がいるからだろうか。 …そんなまさか。 しかし、この時の俺はまだ気づいていなかったのだ。佐熊の言う無知が、生み出す根も葉もない噂というものが俺の心をどれだけ掻き乱す存在になるのかを。 (知らないふり) もどる もくじ つぎ ( 彼女の心の闇は // 131025 ) お待ちくださっていた方はお待たせしました。 |