connect_22慰め方が わからない あの事件の次の日には、学校中がの話で持ちきりだった。しかしあれだけ大事になったにも関わらず不思議な事にニュースにはなっていなかった。事情を何も知らない奴らが話に根も葉もない噂を付け加えてあちこちで会話に花を咲かせている。関わっていない奴は本当に呑気で良いものだ。あの日以来学校を休み続けているの席を俺はぼんやり眺めて、今日もその席だけが空いている事に肩を落とす。朝から降り続ける雨が、余計俺を憂鬱にさせていた。 彼女が学校に来たくない気持ちは良く分かる。しかし彼女が来ない事で、と一番仲がまでもが妙な噂を立てられているのは我慢ならない事だった。 「無知って罪っすよねー」 飛び交う噂に苛立ちを隠せないで廊下をあてもなく歩いていると、突然よく知った声を聞いて顔を上げた。そこにいたのはやはり佐熊である。先日はどうも、と形だけの礼を告げれば、彼女は肩をすくめた。どうやら自分は俺に好かれていないと察したらしい。 「そんな顔しないで欲しいっす。私は君にこれを託したくてね」 「携帯?誰の」 「これを氏に渡して欲しいんですよ」 「そういえば前にも渡してましたよね」 数ヶ月前の、まだに出会ったばかりの事を思い出しながら俺は手の中の携帯を見つめた。佐熊はまだ必要か分からんですがね、と欠伸交じりに言う。もはや携帯を渡すのは彼女からしたらただの義務になっているように見えた。 まあそれは良いとして、何故俺に渡したのだろう。と同じクラスなのだから、自分で渡せば良いのに。 「君は氏が学校に来ないの気にならないんすか。毎日教室確認にくる癖に」 「…気になりますけど」 「だったら手っ取り早く会って説得でもなんでもしないんすか?」 「学校休んでる人とどうやって連絡取るんですか」 俺の言葉に佐熊はぽかんと口を開いた。こんな間抜け面なかなか拝めない気がする。そのまま彼女を凝視していると、しばらくして、彼女は大きくため息をついた。君はまったく、とでも言いたげだ。何だよ。 「メアド交換したんじゃないんすか?」 「…あーあまりに連絡取らねえから忘れてた」 「君ってワカメ頭っていうか、鳥頭、」 「ああ?」 「すぐ怒るのはカルシウムが足りないせいっすよ。牛乳代りに一日一本、元気にいこう」 「何かにつけてそのジュース渡してきますけど、その林檎ジュースを百倍くらい薄めた殺人的なマズさの飲み物が牛乳代りになんてなるかよ。初め飲んだ時死ぬかと思った」 「君っ…今ま、マズいって言ったな!」 「言ったよ」 「警察に突き出してやるっす。名誉毀損だ!」 「じゃあアンタは殺人未遂でかまわねえよな」 「ハッたかがジュース一本で!」 「ごめん、そっくりそのまま返す」 くだらないやり取りをしてから、俺は声のトーンを落としてあの、と呟いた。真面目な話だと察したらしい彼女は、ふざけたテンションを落ち着けて首を傾げる。「本当に俺で良いんですか」そう渡された携帯を出した。 「アンタだって先輩に連絡しようと思えばできるんだろ」 「私はもう連絡できないかもしれないけど、君なら『まだ』できると思うから渡したんです。そもそも君のが適任よ」 佐熊は自分で行く気はさらさらないようだった。まあ、こちらもなかなか会いに行きたくともただ励ましには行きづらかったので、物を渡しに行くという名目ができてよかった。そうですかと頷けば、言いたいことは言えたらしい彼女はあのジュースを啜りながらふらふらとどこかへ行ってしまった。相変わらず変な人だ。 『今から会えますか』 放課後、佐熊にも言われたようににそうメールを送った。てっきり彼女は返してくれないと思っていたが、一時間後には返信があり、メールを返せると言う事は、もしかしたら思っていたより元気なのかもしれないと、俺は少しだけ安堵した。彼女は公園の近くにいると言うので、俺はそこへ急ぐ。いくら日が落ちるまでの時間が延びているからと言って、もう七時は回っているし、辺りも何となく薄暗い。つい先程まで雨が降っていた事もあり、あまり外に出ている人はいなかった。 「先輩!」 雨上がりと夜の透き通る空気に、俺の声はよく響いた。彼女は公園の横にある屋根付きのバス停のベンチに座ってぼんやり空を眺めていた。俺の声に、ゆっくりとこちらへ振り返る。少しだけやつれて見えたが、いつものように、彼女はふわりと笑った。 「どうしたの」 「ええと…あ、とりあえずこれ、佐熊先輩からッス」 久々に話したからか、かける言葉が何も思いつかなかった。咄嗟に佐熊から託された携帯を取り出すと、は「あの人は良くわかってるね」とやるせなく笑っていた。 「でもね、今回はまだ壊せてないのよ」 「…そういや前も、携帯壊してましたね」 そう、俺との出会いはそれからだった。が携帯を壊していて、俺がそれを見つけて。あの時は意味が分からなかったけれど、今なら、なんとなく分かるかもしれない。携帯を壊す事で彼女なりに、何かを断ち切っているのだろうか、と。きっと佐熊が言っていた、俺はまだ連絡ができると言うのは、俺のアドレスが入っている方は壊されないからだろう。 俺が腰を降ろす隣では古い方の携帯をきゅっと握りしめた。 「先輩、学校にはまだ来ないんスか」 「まだね、頭がこんがらがってて。情けないよね」 「そんな事、」 「私がもう少し早く気づいてあげれてれば、は、こんな事にならなかったかもしれない。やっぱりあの人とは別れさせるべきだったんだ」 が事件を起こした原因と言うのも、元々は小さな妬みから始まったものだというのを、ついこの間柳先輩から聞いた。周りの人間が、自分より可愛いとか、金持ちだとか、スポーツができるとか、そんな僻みなどこの世界に溢れている事だ。それを間違った形でアウトプットした結果だろう。俺からすればこの結末はの自業自得の一言なのだが、からすれば、それでは済まないのだろう。俺はいくらは悪くないのだと伝えても、彼女は友達失格だと、自分の事ばかりで周りが見えていなかったと己を責めていた。 「辛いのは分かるッスよ。でも、このままじゃ、いつまでも止まったままッス」 「…」 「変えたいなら、進まなきゃっしょ」 「…赤也」 ハッと顔を上げては俺を見つめたが、自分らしくない台詞に恥ずかしくなった俺は、なんてね、と笑ってそばにある彼女の手をそっと掴んだ。 「でも、私は、」 「あーそれにしても先輩って凄いっすねー」 「…え?」 「俺だったら、ダチがこんな事になってたら、そのダチ嫌いになってたかも。でも先輩はそうやって絶対先輩を責めないでしょ。それって、先輩の事が本当に好きで、大切って思ってなきゃできないじゃん」 やっぱり自分の事責める必要全然ないと思う。俺はそう言って星がうっすらとで始めた空を見上げた。隣でが俯いたのが横目に映り、俺はぎょっと目を見開く。どうしよ、なんか泣かせちまったっぽくね!?俺まずい事、言ったか!? 「あ、えと、俺ハンカチとかそういうの持ってなくて、」 「知ってる」 「…良ければ胸かしますけど」 「いらない」 「…あ、そう…」 「…その代り、そのまま手、握ってて欲しい」 「何だそれくらい、いくらでもやってあげますよ」 トン、と肩に寄りかかったは、顔を上げて俺と同じように空を見上げる。ひんやりとした風が、心地よかった。 「あ、柳先輩に聞いたんスけどね、」星を見ている内に、先輩に聞いた話を思い出して、俺は無意識の内にそう口にしていた。 「雨って空気中にたまった埃とかを洗い流すから、雨上がりの夜空は空気が澄んで、星が良く見えるらしッスよ」 「…そっか。確かに綺麗」 彼女に添えていた手を少しだけ強く掴む。とても静かで、落ちついた空間だった。最近は毎日が慌ただしくて、とてもじゃないが、こんなにゆったりはしていなかった。 「何がどうって言えないッスけど、俺、結構雨上がり、好きなんすよね」 どれが何の星だとか、そんなものは俺にはまったく分からなかったけれど、とても満たされていた。今度柳先輩にまた聞いてみようと思う。そうしたらに教えて、また、こうして話せたら良い。 「こんなに綺麗な夜空、あんまり見ないですよね。二人で見れるなんてラッキーッスね」 へらりと笑って彼女に問えば、は頷いて空へ手を伸ばした。 「…うん、本当にね」 (ありがとう) もどる もくじ つぎ ( 星空の下 // 130824 ) あと五話くらいで完結。ちょっとこちらの更新を強化しようかな。 |