connect_20今のはキスに カウントされません 「感じ悪いっすよ」 私を壁に追い詰めた佐熊さんは腕を組んでじっとこちらを見つめていた。つい先ほど佐熊が切原赤也を追い返していた方へ目を一瞥してから、私は何の話だととぼけてみせる。すると彼女の瞳は軽蔑の色を孕むそれに変わり、佐熊は私の横の壁を蹴って私の片側の退路を断った。一体なんだと言うのだ。さっきまでは切原に悪口を言われた事で散々騒いでいたと言うのに、彼が帰った途端教室の端に追いやられ、冒頭の台詞を吐かれる始末。丸井君達は私を助けてくれる気配はなさそうだし、困ったものだ。 「なぁんで切原氏を除け者にするんすかねえ」 「赤也は関係ないからだよ」 「あはは面白事言いますね、気にして下さいと言わんばかりに、あんだけ彼の前で暗い顔しといて」 巻き込みたくないなら自分が辛くてもそれを全部隠すくらいやるべきじゃないすか? 佐熊の言い分は最もだった。私は中途半端に切原赤也を心配させるような言動をして、彼を混乱させてきた。言葉に詰まって俯いていると、佐熊はさらに追い打ちをかけるように同じじゃんすか、と言葉を吐き出す。 「彼が傷ついてるの知ってる癖に黙ってるんだ?それは君が以前テニス部にやられた事と同じっすよ。結局氏も最低だったって事っすね」 「ち、違う、私は、そんなつもりじゃ、赤也を傷つける気なんてない!」 「……はは。そう、」 私は首を振って咄嗟に彼女の言葉を否定する。すると、突然佐熊は先程までの私を責める厳しい口調とは打って変わり、ふっと気の抜けた声に戻ったのだ。「だったら、」彼女は私から離れ、私は顔を上げると彼女はどこから出したのか分からない例のジュースをいつの間にか啜っていた。ピンと立てられた指が私の額に当てられる。 「今まで傷つけた分、機嫌とったげると良っすよ」 「え…」 「男なんて素直な女にはコロっといっちまうんすから。たまには意地張らんで、ね」 そうして張り詰めていた緊張の糸は切れ、惚けた私の手には恋彼ジュースが託された。もちろんそれについて文句を言う事はその場では許されなくて、黙って受け取る私に佐熊は満足そうに笑っていた。これは機嫌直しに切原赤也に渡せということなのだろうか。多分いらないと思うが。 パックから滴る水滴が、床に落ちる。それを見つめながら私はぼんやり思考を巡らせた。佐熊遥は何がしたいのだろう。私達に何を求めているのだろう。彼女の言葉が、行動が、それぞれ断片的にしか意味をなしていない。分からない。彼女が分からない。 私は机にパックを置いて彼女を振り返る。 「…佐熊さんて、良くわからないよ」 「はは、私も良くわからない」 私の言葉にキョトンとしてから笑い出す佐熊の姿は、私には何だか新鮮に見えた。そうであるからか、その時初めて私は、彼女の本音を見た気がした。 そんなやり取りをしたのは昼休みの事。現在はすっかり日も落ち、教室まで迎えにきた切原赤也と帰路を共にしていた。佐熊との会話を思い出しながら、前を歩く切原赤也の背を見つめる。彼はどこか気まずそうだった。まあそれもそうである。彼は私を家まで送るように無理やり約束を取り付けたと思っているだろうし、しかも私はテニス部を快く思っていないときた。彼はさぞ気分が悪いに違いない。 「あー…と、赤也?」 試しに声をかけてみると、彼はかなりの素早さでこちらに振り返った。少しだけ頬を赤くしている。「名前呼ぶなんて珍しッスね!」凄く嬉しそうだった。やっぱり怒っていると思ったのは気のせいだったのだろうか。彼の反応に思わずたじろいで、私は妙な間を置いてから同意すると、切原赤也は途端にしゅんと元気をなくしたように肩を落とす。「…すんません」 「何で謝るの」 「いやだって、…」 ごにょごにょと、彼にしては歯切れが悪そうに言葉を呟く。「…俺の事、やっぱり嫌いなんスよね」へ? 切原赤也は私の返事を怖がるように、歩くペースを早める。きっと私がテニス部が好きじゃないから、それで自分も嫌われたと思ったに違いない。そんな事ないのに。私は慌てて彼に追いつくと彼の腕を引いてこちらに向かせる。そして無理やり既に温くなったあのパックジュースを手渡すと、「違うから」と彼の手を握りしめる。 「あの、…先輩このパックは」 「それは引き取ってくれると嬉しい」 「…はあ、」 何が何だかと言った感じで切原赤也は鞄にそれを突っ込んで、それから私に向き直った。たまには素直になる方が良いと助言した佐熊を思い出して、私は言葉を紡ぎ出す。 「…気にしないで欲しい」 「…はい?」 「私、これからも赤也に色々冷たい事言うかもだけど、これはまあ、性癖というか…。いつか、気持ちに整理ついたら、今言えない事とか、全部君には話すつもりだよ。だから、…赤也の事が嫌いなわけではなくて、それは本当」 「…信じて良いんスか」 「良いよ。むしろ好きっていうか、…何言ってんだ私。ちょっ、今のナシ」 「…それこそナシっしょ」 カッと顔が熱くなったのを感じて、私は彼から手を離して後退ろうとすると、その前に腕を捕らえられ、強く引かれる。彼は私の腰にも手を回して私を完全に捕まえてしまうと、いつもは出さない妙な色気を醸して妖艶に微笑んだ。 「もしかして誘ってるんスか」 「ちっちげえわ馬鹿!良いから離せ!」 「嫌がられると燃えるタイプなんすけど、俺」 「離せサド!」 「へへっ」 何を喜んでいるのか。 それから彼は愛しむように私の髪を撫でるとそっと、私の額にキスを落とした。 「はっ、な、何を!」 「カタイコト言わないでこれくらい許して下さいッスよー」 切原赤也は戯けて笑い、私を解放する。それから何事もなかったかのように、再び前を歩き出したので、私は額に触れて唇をキュッと噛んだ。何だこれ。しばらくしても私がついて来る気配がなかったからか、彼はこちらに振り返る。「謝りませんから」彼は肩を竦めてそう言った。 「だって、ホントはこれくらいじゃ我慢できないくらい先輩の事、好きなんスからね」 そうやってサラリと告白してみせた切原赤也は何故かいつもよりカッコ良く見えて、私は目をそらす事しかできなかった。この気持ちを、もう少し隠しておきたかった。 (まだ知らないふり) もどる もくじ つぎ ( 芽生えた // 130819 ) ようやく更新しました。お待たせしました。最近ゲーム熱がぶり返したため執筆の時間がなかなか取れず一発書きです、すいません。 |