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世界は
嘘で
出来ている

幸村部長が病気から復帰してからは、俺はもう二度とこんな場所に関わる事はないと思っていた。
あの時と同じ、無機質でどこか冷たさを孕む真っ白な病室のベッドに横たわる人物が一人。頬や腕にはガーゼや包帯が巻かれ、傷口が見えないとは言え、痛々しい事には代わりがない。

の兄貴が、切り裂き魔の犠牲者になった。

クラスの女子が襲われた事もあったが、その時の俺は、まだどこか他人事の気でいたのだ。まさか俺の身近な人から犠牲者が出るとは思っていなかった。
この話を聞いたのは今日の昼休みだった。いつもの様に訪れてた3-7にはがいなくて、そこで佐熊に、昨日の放課後、彼女の兄貴が襲われた話を聞いた。どうやらは今日は一日病院で兄貴についているそうだと。そういうわけで、丁度午後練がなかった俺は、同じくを訪ねに来たらしい先輩とお見舞いに来た訳である。


「…先輩、」
「ありがとね、わざわざお見舞いに来てくれてさ」
「いえ…」


ベッドの近くの椅子に座っていたは力なく笑って、そう言った。先輩がわたわたと首を振って、こっちこそいきなり押しかけてごめんねと、眉尻を下げる。確かに、慌てて来た事もあり、見舞う事を連絡しなかっただけでなく、見舞い品も用意せずに手ぶらで来たわけだから、少し失礼だったかもしれない。


「お兄さんの具合い、どう?」
「結構良いみたい。朝は普通にご飯食べてたし」
「そっか…良かった」
「包帯とか巻いてるからちょっと大袈裟に見えるだけ。心配いらないって」


彼女の声色は明るかったが、表情には疲労の色が伺えた。きっと昨日からずっと起きて看病しているに違いない。本当は自分こそ心配でたまらないくせに。
そして視線をの兄貴から足元に落とした時だ。もぞもぞと布団が動いて彼女の兄貴は微かに唸る。どうやら目を覚ましたらしい。うっすらと目を開けて、横にいる俺達を確認すると、彼は一瞬驚いた様に目を見開いてから、すぐさまこちらを睨んだ様な気がした。


「…いつの間にか客人が増えたみたいだな」
「もう放課後だからね。ワカメくんとがお見舞いに来てくれた」
「…そうか。悪かったな」


の兄貴はそう言って窓の外に目をやった。彼の様子から見舞いに来て欲しくなかったらしい事がありありと分かる。しかし、だからと言って、ただ迷惑がっているといった風からはかけ離れている様な気がした。うまく言えないけれど、表情の裏にはもっと別の感情が入り混じっているように見える。例えば、困惑だとか、恐怖だとか、そういう何か。


「あ、あー…えーっと、私達、売店で何か買ってくるわ」


その場の気まずさを察知したのか、唐突にが手を叩いて立ち上がった。それから、先輩の腕を掴んで、俺達を病室から出るように促す。まあ怪我も平気そうだと分かったし、彼とは仲が良いわけでも無いから、俺もこの流れで出て行った方が得策かもしれない。先輩が出て行ったのを見届けてから、俺は小さくの兄貴に頭を下げて足を踏み出そうとした。


「切原赤也君」
「…え?」


手を離せば勝手に閉まる病室の扉が、達の後ろ姿を俺の視界から奪う。扉はからからと再び静かに閉じられ、俺は兄貴と共に病室に取り残された。
俺は立海ではそれなりに有名だとは思うが、まさかこの人が自分の名前を知っているとは思わず、ぎょっとして振り返った。


「…頼みがある」
「頼み?」


窓を見つめていた視線が、こちらに向けられた。彼は酷く神妙な顔をしている。きっと大切な話なのだと、俺は前に一歩、進み出た。


「悔しいがもう君にしか頼めない」
「…え、と?」
を、…守ってもらいたい」
「…は・・・守るって・・・何スか、突然」


俺を嫌う人が、俺にこんな頼み事をするなんて。そもそも頼み事という時点でおかしいのに。突然の事に俺は戸惑っていると、なんと彼は深々と頭を下げているではないか。「ちょ、えええやめて下さいよ!」「頼む!」


「き、切り裂き魔の話ですよね?それならもちろん、先輩を怪我させるなんつう事はしませんけど、」
「…そうか、良かった」
「でも、急にどうしたんスか」


何だか先ほどから彼の挙動は変なものばかりだ。俺はが座っていた椅子に腰を下ろすと、訳を尋ねてみた。の兄貴は、バッと目を逸らし、言葉を濁そうとする。どうやら聞かれると都合が悪いらしい。


「まさか、アンタ…犯人の顔見たとか」
「…」
「いやまっさかね、そんなわけないか」
「…ああ、残念だが見てない」


そう言って彼は力なく笑った。
その瞬間、彼の話は嘘だと思った。
正直言って、俺は柳先輩みたいに誰かの心を見抜いたりだとかそういう事が出来るほど器用じゃないし、賢くもない。だが、彼の目は明らかに動揺していた。


「…嘘ついてません?」
「…ついてるわけないだろ。犯人を知っていたら通報してるさ」
「…まあ、そうなんですけど」


ダメだ。俺には話を上手く聞き出す方法なんて考えつかない。モヤモヤしたまま取り敢えずこちらが納得する形に落ち着いてしまった。絶対何か隠してそうなのに。肩を落とすと、彼は「ああ、それから」と話を付け加えようとした。


「俺がこの事を切原君に頼んだのは秘密にしてくれ。…にもだ」
「…はあ、」
「絶対だ!絶対に、っ」
「わ、わーかりましたって。言いませんよ」
「…頼んだぞ」


あまりの必死の形相に、俺は思わず息を飲んだ。彼の手はシーツを硬く握りしめている。それから、仕切りに、あいつだけにはとつぶやいていた。…あいつ?あいつって一体誰の事だろう。問うてみれば、やはり彼は口ごもるだけであった。


「…お兄さん、」
「お兄さん言うな。お前の兄になった覚えはないし、これからもないぞ」
おいコラーシリアスな空気返せー


俺はついベッドを蹴飛ばそうとする足を慌てて抑えた。一応怪我人だからやめておこう。さすがの俺もそこまで酷くない。


「つうか、やっぱりアンタ何か隠してるんしょ。言ってくれないと守れるもんも守れなくなるッスよ。頼まれる以上、俺には知る権利があると思いますけど?」


まあ頼まれなくてもは守るつもりでいたが。それにしても、俺にしてはうまい切り返しができたのではないだろうか。柳先輩に褒めてもらえそうだ。俺の台詞に困ったように頭をもたげたの兄貴は、しばらくすると観念したように「誰にも言うなよ」と、微かに口を開き始めた。


「俺は、…切り裂き魔に、」
「ただいまー兄貴お菓子買って来たよー」


突然、がらりと開く扉に、俺は体を震わして後ろを振り返った。そこには袋を持った先輩がいる。「切原君ついて来なかったんだねえ」先輩が、何故か含みのある言葉を口にし、笑った。何だか彼女には聞かれてはまずいような気がして、俺もぎこちなく笑い返す。


「二人共、何の話してたの?」
「このワカメがにつきまとっているらしいからな。俺が説教をしてたところだ」
「兄貴変な事言わないでくれるかな」
「いやいや、兄ちゃんはに変な虫がつかないようにだな」
「余計なお世話だわシスコン兄貴」


ワカメは普通に友達です、と俺の肩に腕を回したので、つい照れた。うわ接近。へらへらにやけていると、彼女の兄貴はいつの間にかガチでこちらを睨んでいるようだった。正直言って怖かった。だがしかし彼女の腕を解けるほど、俺の煩悩が弱いわけでもなかった。そんな中、先輩はおかしそうにと彼女の兄貴の間に割って入り、まあまあとの方を制しにかかる。


ちゃんのお兄さんはちゃんが大切なんだよ。だからちゃんが辛くならないように、色々考えてくれてるだけだよ」
「…いやただシスコンなだけだろ」
「ねえ?お兄さんも、ちゃんに傷ついてもらいたくないですよね」
「…もちろんだとも」


の兄貴の方へ顔を向けていた先輩の表情はこちらからは伺えなかったが、彼が顔を引きつらせているのは見て取れた。

やはり何か含みのある先輩の言葉が、耳に残る。
よくわからないけれど、もしかしたら、先輩が何かの鍵を握っていれのかもしれない。俺はそうさて、先輩の背中をじっと見つめていた。



(妙な胸騒ぎがする)

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( 謎を解き明かす鍵はその手の中に // 130413 )
あれだね、あんまり面白くない展開。