connect_17

こんなに恋しいのは

のせい?

夏はまだまだ先だというのに、この時期はジメジメと蒸し暑いから敵わない。部活で疲労した身体を引きずるように帰路についていると、そんな俺の視界にふとコンビニが入った。そういえば今日はジャンプの発売日だったような。あまり期待をせずに財布を確認するとぐしゃぐしゃのレシートと一円玉が数枚。流石に情けなくて泣けてくる。とりあえず明日先輩達に借りて読むことにしようと、俺は止めた足を動かし始めた時、コンビニから見慣れた姿が出てくるのが見えた。先輩だ。
そして先にこちらに気づいたのは先輩の方である。


「おや、切原君。休日にジャージ姿という事は、部活だったんだね」
「どもッス。午前練だったんスよ」
「へえ、大変だね」


俺の姿を捉えたは、興味なさそうに、とってつけたような台詞を口にした。なんとなく前から思っていたのだが、はテニス部が嫌いなのだろうか。そういえば、以前にも、佐熊がテニス部のせいでがどうたらなんて言っていた気がする。


先輩達は、どっか遊びにいくんスか?」
「いんや。とはさっきそこで会って、成り行きでコンビニに」「どんな成り行き」


相変わらず変な人である。苦笑いを浮かべた俺に、はファッション雑誌の話になって、コンビニが近くにあったから実物を見て話していたのだと説明した。なるほど。彼女が提げている袋の中にはおそらくその雑誌が入っているのだろう。


「あ、いけない。デートの約束してたんだった」


その時、携帯で時刻を確認していた先輩が突然声を上げた。すかさずが表情を曇らせたのを俺はもちろん見逃すはずがない。「ああ、例の…」そうやっては言葉を濁した。それに対して「見た目は怖いけど、すっごくいい人なんだからね!」先輩が頬を膨らます。


「まあそういう事だから、あとは切原君とごゆっくりー」
「なーにそれ」


ムッとした視線を先輩に送っていたは、横でニヤついていた俺をどついた。「何笑ってんのさ」「いや別に、へへ」こうやって少しの事で冷やかされるのに悪い気はしない。
それから小走りで走り出した先輩を二人で送り出し、息をついた隣の彼女は、ちらりと俺を一瞥した。生ぬるい風が俺達の間を吹き抜けて、その気持ちの悪さについ顔をしかめる。


「ワカメ君、ちょっとここで待ってるがいいよ」
「は?」


何を思ったか、は再びコンビニの中へと消えた。もしや何かを買ってくれるのだろうか。ほのかに期待を寄せつつ数分その場で突っ立っていると、やはり袋を持った彼女が出てきた。はい、と差し出されたその中には棒アイスが幾つか。


「ホームランバーッスか」
「一本63円。毎度あり」
「は、えええ。そりゃないッスよ!」
「ははは嘘だよ。焦らなくとも今じゃなくて明日返してもらうから」
結局金とんのか


まあ仕方ない。いらないとも言えないし、つうか食いたいし。そんなだから俺はから袋を受け取って歩き出した。は満足そうに頷いてから早速家に帰ろうとしていたが、俺は慌ててそれを引き止める。いやいやいや。何帰ろうとしてんスか。付き合ってくださいよ。


「アイス奢ってあげたんだからもう良いでしょうがあ」
いや奢ってもらってはねえよ


そうして渋るを引き連れて俺は近くの公園に立ち寄った。ブランコに腰をおろして、アイスを口にくわえる。暑いのは変わらないが、少しは疲れが取れた気がした。
俺は走り回るちびっ子をぼんやり眺めて、元気だねえと呟く。


「あ、そうだ先輩も一本」
「おーありがとう。君の驕りかい」
あーもーそれで良いですよ。明日金持ってきます


俺の投げやりな答えに、は小さく笑っただけだった。絶対悪いとか思ってねえな。もう良いけど。ああ、それより。俺はふとが膝の上にのせている雑誌が入っているだろうもう一つの袋を見遣った。「意外ですね」俺の言葉に、は顔を上げた。


先輩って女子向けの雑誌とか興味ないかと思った」
「ないよ」
ソーデスカ。じゃあなんで」
が面白いって言うからさ」


アイスを口から離して、は空を見上げる。ふうん。あんまり一緒にいるところを見ないから、先輩が仲良しなんていう感覚がつかめないでいたのだが、やはり二人は親友なんだろうな。


「じゃあ先輩ジャンプ買ってくださいよ。面白いッスよー」
「きょおひ」
「えええつまんね」


は立ち上がって、目の前でブランコに乗りたそうにこちらを伺っていたちびっ子にブランコを譲ってから俺にニッと笑って見せた。「私がそういう話を聞くのはだけ」と。


「仲良いんすねえ。妬けますよ」
「何言ってんのさ」
「いやマジで」
「ばか」


はブランコに座れなくなった代わりに、そこを囲う低い柵に腰を下ろした。俺の向かいに来た彼女は俺の台詞を信用してないような顔で俺を見つめたが、すぐに何かを思い出すように、そっと目を閉じた。


はね、まあ、…私に色々あった時に、いつも声をかけてくれたりさ、気にしてくれて。優しい子なんだよねえ」
「へえ。…色々って?」
「色々は色々だよ」


君は聞く必要のない事。付け足された言葉に、思わず俺は口を尖らせた。ほら、そうやって仲間はずれだ。気に食わねえ。「怒るな少年」「怒ってねえッスよ」「ううん怒ってる」


「ごめんね」


そう言っては何故か悲しそうに笑った。しかしその表情の真意が、その時の俺にはまったく分からなくて、何て言えば良いかも分からなかった。だからただ、俺はそんな彼女から逃げるように、視線を足元に落とした。
どうしよう。何か話題を変えなければ。


「そ、そういや、先輩って彼氏いるんスね」
「…ああ、うん」


しかし俺はすぐにそれは間違った話題選択だと気づく。明らかにの表情が曇ったのだ。再び沈黙が続くかと思われた。けれど、は何かを思い切るように息を吸った。「が、変わっちゃった」


「…どういう、意味ッスか?」
「…うーん、なんて言うかな。、怖くなったんだよ」
「怖い?どこらへんが」


俺からしたら普通に優しい先輩に見えるけど。首をかしげると、彼女は頷いた。でも、以前とは明らかに違うのだと言う。たまに雰囲気が怖いのだとか。


「それは、彼氏サンのせいとか…そういうアレですか」
「私はそう思ってる」


先輩を否定する事に関してはかなり歯切れが悪かったが、どうやらは本当にその彼氏が悪いと思っているらしい。やけにハッキリした声でそう言い切った。
しかし、先輩がやはりその彼氏を好きなのは知っているから、別れた方が良いとはなかなか言い出せないでいるのだとか。まあ気持ちは分からなくもない。


「そんな暗い顔しないでくださいよ。大丈夫っしょ。何かあったら先輩に相談するって」
「…うん」
「んで、先輩にもどうにもなんねえなら俺も協力する」


食べ終わったアイス棒を振りながらに笑いかけると、彼女もようやく息をついて微笑んだ。笑ってくれんのは嬉しいけど、正直目のやり場に困る。可愛いんだよちくしょう。しばらくそうやってその場の空気に浸っていた俺だったが、突然それをぶち壊したのは俺の携帯の着メロだった。
誰からだと悪態をつきながら開けばそれは姉貴からで。


「も、もしもし姉貴…?」
『赤也お前さあ、昼には帰ってくるって言っただろ。アンタに昼飯に使う材料買ってくんの頼んだよね?』
「ああ、…」
『何がああだよ。早く帰って来い』


ぴ、と切れた携帯に、俺は深いため息をこぼす。すっかり忘れてた。帰ったらタコ殴りされそうだ。哀れむような顔でこちらを見つめていたに、今度は弱々しく微笑むと、「すいません、それじゃあもう行かないとなんで」と、彼女に背を向けた。


「また明日、先輩」


じゃり、と俺は足を踏み出す。しかしそれが早いか否か、の声が背中にぶつけられた。


「あ、赤也っ」


ピタリ、と俺は咄嗟に足を止めた。何だか果てしなく違和感。いや、彼女の口から出る事がないような単語が、聞こえたような。思考が止まった俺は振り返る事もせず、その場に佇む。


「えと、あー…何だかんだで、いつも励ましてくれてるのは、だけでなくてだな。赤也もだと、気づきました。さっき」
「…」
「いやでも、ジャンプは買わないけど、」
「…。はい」
「いつも、ありがとう」
「…へへっ」


先輩がデレた。始めての感覚だった。今まで何人かとは付き合った事はあっても、こんな不思議な感覚はなかった。何だかくすぐったく思えて、嬉しくて、俺がきっとこんな風に感じれるのはこの人に対してだけなんだろうと、こっそりと思った。
俺が振り返ると彼女も俺に背を向けて私も帰ると呟く。すると、俺の横でブランコに乗っていた子どもがおもむろにの顔を覗き込んで、それから笑ってこう言ったのだった。


「お姉ちゃん、顔まっかー」



(それから慌てて走り去った彼女)

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( 青い日々 // 130413 )
次の話はほぼヒロイン兄貴と赤也だけの話です。あ、明日白石のバースディですね。