connect_16真実なんて、ほんの一割にも 満たないもの 切り裂き魔に関する全体集会を開いてからしばらくたったが、その噂だとか先生からの注意の呼びかけは未だ途絶える事はない。それどころか、朝の教室はまた新たな被害者が出た事で話題が持ちきりだった。またもや女生徒が襲われたらしいが、今回は切りつけられただけでなく、まるで熱湯でもかけたかの様な傷があったそうだ。 ちなみに、雨が降っていて暗かったため、やはり犯人の顔はわからないという。ただ、わかった事は襲ってきたのは一人だけではなかったという事。 俺は窓に額をぶつけて、今にも雨が降り出しそうな重たい灰色の空を見上げた。 女生徒を狙うと聞くとどうしてもが気がかりになる。彼女はあまり危機感がないように思うから、また注意を促しに行くべきだろうか。しかし、また彼女の兄貴との接触は正直避けたいところ。面倒の一言に尽きる。今日はあの人をかわすほどの気力はないし、会いに行くのは明日にしよう。そんなわけで、俺はの所へ行くのは諦めていたのだが、俺の計画を壊しにやって来たのは佐熊遥でだった。 「ちゃーす」 「何でアンタが俺のクラスに」 「いや、いつもは昼に来るのに今日は来ないなーと思いましてね」 「何か問題でも」 この人と関わるときっとろくな事がなさそうなので、しらーっと冷ややかな視線を送りつける。そんな目に、彼女は外人がやるように、肩を竦ませてやれやれと息をついた。 「恋彼ジュースを引き取って欲しいだけっすよ」 「いらないっすよ」 「喋り方マネすんな。キャラかぶってるっす」 「いやキャラじゃなくて俺一応アンタに敬語使ってんの」 使わなくて良いならお前何かに敬語なんて使わねえよ。何も敬ってねえもん。だからとりあえずお引き取り願います。そうやって彼女の背中を押し出そうとすると、「兄はいないっすよ」と俺をチラリと省みた。バカに見えるけど洞察力はなかなかあるらしい。どうやら俺との兄貴との少ない接触の中で、俺の苦手意識を見抜いたようだ。 「クラスに来れば恋彼ジュースも飲み放題だし、氏に会えるっす」 「前者は遠慮しときます」 「ははは面白い冗談っすね」 「それはこっちの台詞だよ。何それ冗談?」 そこまで言って、この人とこのままやり取りを続けるのも疲れると判断した俺はせっかくだしとのクラスに行く事にした。 教室に着くと、佐熊はキョロキョロと中を見回す。誰かを探しているのかと思えば、彼女は丁度近くにいたに「氏は?」と問うた。どうやら俺が来る前には先輩がここにいたらしい。しかし、佐熊が出ている間に教室に帰ったのだとか。 「…なぁんだ。せっかく連れてきたのに。残念っす」 そういう割に、佐熊の言葉に全く感情が込められておらず、残念そうではない。そんな事より、彼女はジュースを引き渡したりと会わせるために俺を呼んだのではないのだろうか。まるで先輩に会わせたかったような口ぶりである。俺が試しにそう尋ねようとしたが、その前にが「佐熊さんって、と仲良いの?」と口を挟んだ。 「はははまっさかあ」 佐熊は違うっすよと笑い飛ばす。まあ確かに話しているところは見た事がないし、タイプも全く違うからな。自分の考えにうんうんと納得していると何を思ったか、突然佐熊が俺をの方へ押し出した。お前にはもう用はないとでも言う様だった。少しその様子が気になったがまあ元々に会いに来たのだから気にかける必要はないか。 「それで、ワカメはどうしたの。丸井君に用事かい?」 「いや、なんていうか、」 「切原氏は氏が元気か見に来たんすよ」 「ちょ!」 アンタは余計な事しかしねえなほんと! けらけらと笑う佐熊を俺は睨みつけた。対して席に着いてお弁当を広げていたが苦笑して、元気元気と言う。しかし言葉とは裏腹に彼女の表情はどこか暗い。俺は彼女に向かい合う様に机を挟んで腰を下ろした。 「何だいその顔。もしや信じてないなワカメくん」 「信じてないッスよ」 じ、とそのまま元気の無さを隠そうとするを見つめていると、彼女は恥ずかしいんですけどもと俺の額をグイグイと向こうへ押しやろうとする。いたたたた。先輩いたい。 「知らないよ。こっちは恥ずかしいの」 「俺は恥ずかしくねえし」 「人の気持ちを考えられる人間になりましょう」 「それじゃあ、先輩の気持ちを考えて、…何かありました?」 頬杖をついて彼女を伺う。しばらく睨み合いに近い状態が続いたが、そのうちに、彼女は折れたらしく、まあ、ちょっとね、と口を開いた。 「大した事ないんだけど、ちょっと親と喧嘩してさあ」 「またお兄さんの事ッスか?」 「まあ。…やっぱ女って頼りないのかねえ」 悲しげに笑ったは、やはりまだ自分が女で、両親の期待に答えられない事に苛立ちを感じているのだろう。 息をついた俺はの頬をつねると横に引っ張る。 「いたたた」 「悩んだって仕方ないッスよ。女なのは変えようがないんだから、もっと別の事を変えねえとさ」 「…」 「要は一人でもやってけるっつう事を見せればいいんでしょ。なら簡単。強くなれば良いッスよ」 ね、と先輩のお弁当から唐揚げを攫って口に放り込む。彼女は口を尖らせたが、しかしそこまで咎める事はしなかった。俺は馬鹿だから例えば柳先輩みたいに大したアドバイスなんてできねえけど、ちょっとでも助けられたらなんて、あれ、俺なんか恥ずかしくね? 慌てての頬に触れていた手をどかして、彼女をチラリと見る。その瞬間だった。 「ひゅー!熱いっすねー!」 「いっ」 どんと横から体当たりして来たのは言わずもがなで佐熊である。良い感じだったのにコイツは。そういえば佐熊は前に俺が玉砕するのを待ってるとか言ってたな。 「あーもうアンタなんなんスか」 「いやあ最近良い感じじゃんすかー的な」 「…佐熊さん、君暇なの?」 「まっさかあマッカーサー!」 「死んでくれ」 俺はそういうと、それでも佐熊はふふんとどこか楽しげに鼻を鳴らした。「知ってるっすよ、この間二人がイチャイチャしてたの」ぐふふとキモいおっさんみたいな笑い方がオプションでつけられた。 「拙者は見たんすから」 「拙者」 「ああ、最近戦国系のゲームにハマっとりましてね。三成ラブ」 「聞いてねえよ」 彼女はニヤニヤしながらクリーンキャンペーンの時に肩を寄せ合う俺達を見ただのと騒ぐ。あー確かにそんな事にあった。あれはなかなか役得だと思った。正直は脈ありじゃねとか思いつつ、前に座る彼女を伺う。しかし彼女は恥ずかしがる様な素振りを微塵も見せずに「やだなあ違うよ」と笑うだけだった。あやべ俺泣きそう。早速玉砕? そんな一人で落ち込んでいる俺に佐熊がさらに口元を緩める。楽しんでる。俺が落ち込んでるのを見て楽しんでやがる…! つうかそんなのどこから見てたんだコイツ!アンタこそ丸井先輩といちゃこらしてただろ。 「丸井氏といちゃこら!はははマッカーサ」 「もういいアンタ黙れ」 疲れるわ。 呑気にジュースをすする佐熊にいよいよ殺意が芽生え始めた頃、そんな俺に気を使ってか、彼女が、話題を変えた。 「私達は佐熊さんが何者かについて考察してたんだよ。ねーワカメ」 「そっすよ」 「拙者が何者かでござるか」 「ツッコまねえぞ」 「ノープロブレム!丸井氏が帰ってきたら彼が律儀にツッコむから」 「俺、今初めて丸井先輩に同情した」 あの人は女遊びが激しいただのチャラ男かと思ったけど、何気に苦労をしてんだな、うん。…これ言ったら殴られそう。 「それで、何突然私の事を知りたくなったのですかな。君達」 「アンタが謎だらけだからだよ」 「そーそーどこに住んでるとか、なんか色々さ」 「その服装とか頭の上の無意味な眼鏡も謎ッスよ」 「ううん、仕方ないっすね。…私は地球に優しい夢見る乙女なんですよ」 「は?」 「あ、家族構成っすか?えーと、あと五年後には嫁が来る予定なんで、家族は私とその人の二人?」 「ちょっ、ちょっと佐熊さん、私はどこからツッコめばいい」 「核家族ってところとか?」 「わかった。まずそのツッコミが意味不明だってことからツッコませて」 俺はもう口をぽかんと開けるだけで話についていけていなかった。かろうじてが彼女の話に割ってはいる。なんていうか、この人には何を話してもダメなんだと思った。丸井先輩帰って来ないかな。どこ行ってんだあの人。出番だぞオイ。 ちなみにその後も佐熊はベラベラとわけのわからぬ事を話だし、ついにはあの恋彼ジュースの話題まで発展してしまった。そこで俺とが出した答えと言うのは、 「オタク星から来た姫説が正しい」 そういうことである。 一番馬鹿にしていた話がまさかこんな形で信じざるを得なくなるとは。自嘲気味に笑いながら持ってきたパンをかじる。あ、そういえば、先輩に切り裂き魔の事注意しにきたんだった。すっかり佐熊にペースを奪われていた俺は、丁度良いと話題を切り替えにいった。 「そういや、先輩朝の話聞きました?」 「ええと、切り裂き魔?」 「怖いっすよねえ」 「先輩気をつけてくださいよマジで」 「だぁいじょぶだって」 「…そういうとこが心配だっつってんのに」 気の抜けた返事を不安に思っていると、佐熊が「確かに切原氏の言う通り氏は気をつけた方が良いっすよ」なんて俺の味方についた。めっずらし。 流石にも不思議に思ったのか、怪訝そうに佐熊を見つめている。佐熊はというと突然指を立てて、机に置かれているの青い携帯を指差した。それは俺のアドレスが入ってない方の携帯だ。 「とりあえず、この携帯から白い携帯にを移し替えた方が良いと思います」 「どうして切り裂き魔を気をつける話が携帯の話になるかな」 「別に切り裂き魔に襲われる事が危ないなんて私は一言も言ってないっす」 「佐熊さん、悪いけど意味が分からない。前からそんな事言ってるよね。何度言われても私はを白い携帯に移し替える気はないから」 今までの和やかな雰囲気はどこへ行ったのか。の声色がワントーン下がって、俺は口も挟めず、二人を交互に見る。佐熊は佐熊で何を考えているのか、「これは最後の忠告っすよ」と何かを見定める様に告げた。しかしは首を縦に振ることはなかった。 「じゃあもう良いっす。馬鹿みたいに何度も同じ事を言うのは時間の無駄っすよね」 「…佐熊さん」 「ああ、ちなみに切原氏はどっちに入ってるんすか」 先ほどの彼女の真剣味はサッと失われて、代わりに最早どうでも良さそうな雰囲気が醸された。問われたは、一瞬戸惑いを顔に表して、それから俺を見る。何か俺にマズイ事でもあるのだろうか。 が口籠っているの見て、佐熊は何かを察したようだ。「白っすね」が俺から目を逸らした。 そこまで聞くと、佐熊は満足したらしい。ひらひらと手を振って教室を出て行こうとした。 にどういう事か聞こうかとも思ったが、彼女は今何も口を割りそうになく思えたので、咄嗟に佐熊を追いかけた。すかさず腕を掴む。 「おい、さっきのどういう意味だよ」 「はて、さっきの?」 「ずっと気になってたんだ。何で先輩は携帯を二つ持ってんだよ」 「君はどうしてだと思う」 振り返った彼女はまっすぐに俺を見つめ返した。全てを見透かしてしまいそうな彼女の目は、幸村部長のそれと似ていてどこか怖く感じる。 俺は佐熊の言葉を繰り返して、思考を巡らせた。意味もなく二つは持たないはず。は確かプライベート用と業務用なんてわけの分からない事を言っていたが。 「ま、今君がそれを知ったところで、どうにもならないし、状態が悪化するだけだよ」 「…そうやっていつも俺は仲間外れってわけかよ」 「そーんな目で見てくれるな」 佐熊は困った様に眉尻を下げて、ため息をついた。そんな態度が余計に俺を苛立たせる。いつだってそうだ。コイツはきっと全部知ってるくせに、何も教えてくれない。はぐらかして、困る俺を見て楽しんでいるように見える。 「切原氏は、そんなことより今は別の事を気にかけた方が良い」 「…別の事?何だよ」 「から目を離すなよ。それから守らなくちゃいけないものから守ってあげな」 もう君しかいないからね、彼女は笑って踵を返し、再び跳ねるように歩き出す。 守らなくちゃいけないもの?何だよそれ。 やっぱり意味が分からない助言を残して去って行こうとする佐熊の背中に俺は「おい、もっとハッキリ言いやがれ!」と言葉をぶつけた。彼女はこちらに振り返る事ない。しかし、腕を上に伸ばしたかと思うと、人差し指をぴんと立てた。 「『切原君』よ、世界で一番つまらないモノってなんだ」 「…はあ?」 「それは展開が読めてるゲームっす」 きっとそれも俺を諭す言葉の一つなんだろうけど、俺にはやはりなんの事だかサッパリだった。思えば、彼女の言葉はいつだって満足できるほど意味を理解できた事はないように思う。 「つまり、すぐに攻略本に手を出そうとする君は邪道ってわけですね」 俺はもう彼女を引き止める気力を失ってしまった。言いたい事だけ言って、佐熊もとうとう見えなくなった。 なんだか漸く彼女の事が分かったかもしれない。 佐熊遥はただ自分の周りで起こる事を楽しんでいるだけなんだ。恐らく切り裂き魔の話だって、佐熊からしたら、ちょっとした刺激に過ぎないに違いない。彼女の口ぶりはまるで自分が蚊帳の外にいるようである。 これは何を聞いてもきっとしばらくは答えてくれないだろう。肩を落とした俺は、用事を終えたのかのんきに欠伸をしながら向こうからやってくる丸井先輩の遅すぎる登場に、あーあと頭をかいたのだった。 ちなみに、 「俺は今まで一度だって、攻略本なんか読んだ事ねえよ」 (さてさて、一発大逆転、期待してるっすよ) もどる もくじ つぎ ( さて、佐熊さんは敵か味方か // 130331 ) 佐熊さんがヒロインより目立ちすぎな気がするという。気のせいだよ。 |