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傍目には
進展すら
ありませんが


「あ、ランニングワカメ」
誰が


ついいつも通り反射的に眉をしかめながら振り返るとそこにはがいた。

俺にしては珍しく目覚ましよりだいぶ早く起きた今朝、二度寝する気にもなれなかったから外を走ることにした。でもどうせ朝練でも走らされるだろうに何でこう疲れる事やっちまうんだろうと走り出してから俺は気づいて、正直引き返す気まんまんだった。その時だ、彼女の言葉が背中に飛んできたのは。どうやらも走り込んでいたらしい事が彼女のジャージ姿から分かった。肩で息をするをしばらく見つめていたらついこの間の昼の事を思い出して気まずくなる。いや、俺の中だけだと思うけど。彼女は何も話し出さない俺を怪訝に思ったのか俺をじっと見つめ続けていた。は気を遣って話題提供できない人間なんだと何となく悟った。


「…と、先輩はよく走ってんスか」
「まあ割と」


彼女はでももう走り終わったから的な雰囲気を醸しながらタオルで額を拭き、静かに息を吐いた。流石の彼女でもこの気まずさに気づいた様だった。すげえ今更だと思うけど。そのまま黙っているとは不意に俺に歩みより、俺はそれに反応して後ろに下がろうとするが、その前に彼女に腕を掴まれた。


「具合悪いの?」


彼女は俺の返事を聞く前に腕を引き歩き出す。何をどう考えたらそんな答えにたどり着くのかよく分からないが否定する気も起きず、連れていかれるがまま歩いていると、いつだったか見たの家の前についていた。そういやここがの家だったな、なんて以前の事を思い出していると、彼女は何の躊躇いもなく家の中に招き入れようとする。どうやら少し家で休んで行けばという俺への配慮らしい。


「道場だったらまだ誰もいないから」
「ああ、すんません」


はマジでこの間の事を忘れているようだ。やっぱり俺なんか気にする対象に入ってないんだと言うことを改めて自覚してがっくり肩を落とした。

道場は真田副部長の家の程ではなかったが結構でかかった。俺の腕はいつの間にか離されていて、どこからか救急箱を持ってきたはその場に腰を落とす。どうやら走っていた時に彼女は足を怪我したようだ。
慣れていないような手つきでたどたどしく包帯を巻くを見て俺はつい苦笑した。


「予想通り、不器用」
「し、失礼だなあ」
「ほんとの事っしょ。ほら貸して」


彼女の前にしゃがんで包帯を受け取ると俺はそれを足に巻いていく。うまいと呟いては俺の手元を見ていた。まあテニス部は生憎マネージャーなんてとってないから怪我したら全部自分で手当てをしなくてはならない。手慣れているのはそのためだ。そう話すと彼女は納得したように一度頷いて、そういや真田君も上手かったなあなんて口元を緩めた。「ふうん」素っ気なく返す。そんな表情すんだ。よりによって副部長。最悪。

手当てが終わって、俺は顔を上げるととばっちり目が合って妙に恥ずかしく感じた。さりげなくふよふよと視線を逸らす。


「真田君とはさ、家が近くでお互い道場やってるから、結構交流とかあって」


痛むのか、は足をさすりながら壁にかけてある写真を指差した。そこには真田副部長とと、親だとか門下生らしき人が写っていて、本当に仲が良い事を何となく感じた。


「真田君は会う度にどんどん強くなるし、でも、私はなんか上手くいかなくて」


はもっと頑張らないといけないよね、と写真から視線を落とした。まあ真田副部長は色々とんでもない人だし努力の仕方もハンパないと思う。をけなすわけじゃないけど、敵わないのは仕方ない気がする。女だし。そう言うと彼女は唇を噛み締めたから何かまずいことを言ってしまったのかとすぐに口をつぐんだ。


「私、この道場を継がないといけないから、甘い事言ってられないの」


どうやらには兄貴がいて、本当ならその兄貴が道場を継ぐはずが、兄貴には夢があるらしく、道場を継げないから、その役目が妹のに回ってきたらしい。


「まあ私にはやりたい事なんてなかったし、道場で剣道の練習するのは好きだったから別に良いんだけどね。…でも、兄の事で父さんも少しがっかりしてたから、これ以上期待を裏切らないように頑張らないとって、力んじゃってさ」


よくわかんねえけど、と彼女の腕を掴んで呟く。俺は自分のやりたいように生きてるし、家を継ぐなんて事もないから今までずっとテニスだけしてきたわけで、偉そうな事は言えない。でもやっぱそこまで親の期待なんて考えないでいてもいい気がする。


「あー…まあ俺もたまにあの副部長に追いつけない気がして焦って、部活も思うようにできねえ時はある。…たまに、だけど」
「…うん」
「でもやっぱり実際はそんな事考えるより気楽にやった方が楽しいし、親もそっちのが嬉しいと、思う。親の期待とか…そんな気にしなくても、平気じゃねえの?…あーうまく言えねえけど!だから、」


無理、すんなよ。
声には出せなかったけど、は小さく頷き俺を見つめた。そして俺の頭をぐしゃぐしゃと撫でる。やめろって、と慌てて抵抗するが、彼女は笑ってワカメなんだもんなんてこの期に及んでもそんな事を言ってきやがった。しかしすぐにふわりと微笑んだは口を開く。


「…ありがとね」
「…ッス」


そんな顔されたらどう反応して良いかわかんねえじゃん。照れを隠すようにさりげなく目を逸らすと、彼女はふいに何かを悩むように、そして申し訳なさそうに口元に手を当てる。すぐに分かった。俺の名前がわかんねえんだなと苦笑する俺は「切原ッスよ、切原赤也」と言ってやるとはもう一度微笑んだ。


「ありがと、赤也」




(覚えるよ、名前)(何だよそれ、…ずりい)

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ほんの少し書き方を変えてみました。

110604>>KAHO.A