03.05





「フフ、まさかこんな祝い方されるとは思わなかったよ」


ソファーにゆったりと腰をかけて、彼――幸村精市はそう言った。その言葉から嫌味たらしさは全く感じられず、代わりに本当に可笑しそうに目を細めている。男の子の癖にとっても綺麗な顔をしている幸村君の笑顔は私には眩しすぎて思わず俯いた。視界の端には先程自分が彼氏である幸村君に贈呈した焼き魚が見える。…何だか今更ながら申し訳なくなってきた。
そもそもこんな状態になっている理由というのが、私が幸村君の誕生日を知らなかったからなのであった。
ささやかな愛を
今日はやけに女の子達に落ち着きがないと感じた3月5日の朝。すれ違う彼女達は必ず、箱だとか袋を大事そうに抱えていて、ああ、今日はひな祭りだっけなあと、きっとどこかに置いてあるだろうひな壇の元にお菓子を供えに行く女の子達の背を見送る。それにしても、ひな祭りなんてすっかり忘れていた。何かした方がいいのだろうかと唸っていたそんな私の前に現れたのは丸井君である。


「お、じゃん。お前は幸村君に何あげんの」
「…え、幸村君?」


幸村君がどうかしたの?そう問えば彼はぽかんと口を開けてしばらく私を見つめていた。「どうかしたのって、まさかお前…」呟くや否や彼は頭を抑える。頭でも痛いのだろうか。丸井君大丈夫?


「…お前の方が大丈夫かよ」
「え?」
「今日何の日か知ってるだろい?」
「ひな祭り?」
「…馬鹿だ。救いようがないくらい馬鹿だ」


大分酷い言われようである。流石の私でも怒るぞと両手を腰に当てて怒ったオーラを醸して見せれば彼はとんでもない事を口にしたのである。「ひな祭りは一昨日だろ!そんで今日は幸村君の誕生日だ!」「えええええ!」道理で女の子達がC組に集まってると…


「どどどどうしよう丸井君!」
「お前なあ、彼女の癖になんで誕生日知らないんだよ」
「だって幸村君が言わなかったから」
「自分で言わないだろい。俺は言うけど」


でしょうね。
幸村君は丸井君と違ってプレゼントをせびるような小物じゃないから。そう一人で納得していると、何故か丸井君は不機嫌そうに私を見つめていたが、まあ気にしない。
再び彼に助けを請う私に、丸井君は「それくらいリサーチしとけっつの」と肩を竦めた。そして投げやりにも「もういっそ私をあげる、とかやっちゃえば」なんて付け加えた。


「丸井君、それ何か前世紀の香りがするよ」
「てめ、…っ幸村君ぜってー喜ぶぞ!」
「えー…そっかなあ」
「じゃああれにしろ。もう食い物でもやれよ」


確かにそれが一番無難なのだと思う。ただそれじゃあまりにも安直すぎるというか。丸井君みたいに幸村君は食べ物でホイホイされる程軽くないからなあ。


さっきから全部口に出てるから。俺何気に傷ついちゃってるから」
「負けるな丸井君!」
「俺は時たまお前のキャラが分からなくなるぜ」




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