こんな時に限って保健医がいなくて、私は一人で自分の膝の手当てをする。窓の外からは、パスを呼ぶ声だとかホイッスルの音が飛び交っていて、ついさっきまで自分もあの中に混じってグラウンドを走り回っていたのかと思うと、少しそれを疑いたくなるほど、ここは静かだ。
静かで、切り離されていた。

私は普段運動なんて体育くらいしかしないし、それさえも手を抜いている。だから怪我なんて全くなくて、少し自慢だった白い足にできた傷は妙に存在感を放っていた。投げやりに貼った絆創膏がよれている。だから自分で手当てなどしたくなかったのに。
球技大会は普段運動をする人からそうでない人まで強制参加イベントだから、私のような怪我人が続出するわけで、保健委員も先生も引っ張りだこだ。彼らは今頃私が怪我をするより先に熱中症で倒れた生徒の介抱でもしているのだろう。「さんは一人で手当て、できるわよね。保健室開いてるから」なんて比較的軽傷の私は放り出された。

ああ、膝がジリジリと焦げるように痛い。

「ボロ負けだったな」

半開きだった窓の開く音がして、私はそちらへ顔を向けた。声でだいたい予想はついたが、案の定そこには窓のサッシに頬杖をついてこちらを覗き込む丸井の姿があった。正直、今こいつに会いたくはない。
なんせ試合前に、今日はカッコよくゴールを決めるから見にこいと彼に大見得を切って、その結果のこれなのだから。ゴール前で空ぶった上に転ぶなんて、サッカーを選んだことを悔やむ。

「そんなことわざわざ言いに来たわけ?うっざ、丸井うっざ」
「お前がすっ転んだとことかバッチリ見ちゃった」
「うるさいあっち行って」

丸井に背を向けて、握りしめていた絆創膏のゴミをやけになって投げつける。当然彼には届くわけないのだけれど、すぐ足元にひらひらと落ちたゴミを見て、小さく舌打ちをした。後ろで丸井が笑うのがわかった。

「いじけんなって」
「いじけてない」
「あっそ、ところでお前さ、俺の試合は見に来た?」
「行ってない」
「はあ!?来てねえの?!」

人には見に来いって言ったくせにお前、と彼はぶちぶちと文句を言い始める。嘘。本当は行ったのだ。だけど癪なので素直に言ってやるものか。

丸井は自称天才を謳うだけあって、それはそれは腹立たしいことになんでも容量よくこなしてしまう。あ、勉強以外は。球技選択も、あちこちのチームから一緒にやろうなんて誘われて、結局丸井は一番彼らしくない野球の選択に落ち着いた。どうしてか聞いたら、自分らしくない競技も丸井カラーに染めたいからとかそんなふざけたことを、ってこれは仁王が丸井になりすまして言ってたやつか。
一通り回想を終えて、私は相変わらず膝を抱えて背中で丸井の不満を受け止める。しかしガン無視を決め込んでいた私に、そのうち彼は、詫びにハーゲンダッツがどうとかと騒ぎ出したので、流石の私もようやく丸井に向き直った。

「あーうるさいうるさい嘘だよ行ったよバーカ」
「なんだよ思わせぶりか」
「丸井ホームラン打ってたなムカつくなハゲこの野郎」
「ハゲてねえしお前って語尾に暴言つけないと気が済まないの?」
「自動暴言THEマシーンって呼んでいいよ」
「いやそこにTHEいらねえだろ」

コントも早々に、再び丸椅子を回して彼から顔を背けると、後ろにふっと誰かが立った気がして、どうやら丸井が窓から中に侵入してきたのだと察する。律儀に靴は脱いでいるから文句は言ってやらないでおこう。
彼は、えい、と随分幼稚な言葉と一緒に私の頭を自分の方へ引き寄せた。さらりと梳かれる髪。

「もういじけんなって」
「どーせ、どーせ一回戦負け」
「よく頑張りましたー」
「…馬鹿にしてる」
「してねえよ。勝ち負けだけが全てじゃないだろい」
「それ誰の受け売り」
「ジャンプさん」
「丸井、外国人の友達なんていたの」
「いや週に一回出てくる雑誌の方」
「だろうと思ったよ」

台無しだよ、と呟いてから、グリグリと丸井の腹へ頭を押し付ける。おふ、と丸井がおかしな声をあげたので笑った。なに、おふって。丸井は腹を押すとスポーツドリンクが出るぞとか言ったので、すぐにやめた。
そのまま何を話すわけでもなく、しばらく沈黙が続いて、いよいよ丸井の優しく私の髪を梳くその手から離れるのが惜しくなり始めた時、丸井に撫でられ続けて頑なだったはずの私の心が融解されたか、私は言うつもりなんてなかったはずの本音を、ぽつりと零し始めた。

「…あのさ丸井」
「ん?」
「私さあ、柄にもなく今日ゴール決めるとか意気込んでて」
「うん」
「ゴール決められたら他のこともうまく行く気がして、ゴールできたら丸井に告白しちゃおうとか、漫画みたいなこと思ってて、」
「それ先月号のジャンプさんの受け売りだろ」
「うん」

告白の下りを、もう少し驚いてもらえると思ったのだけれど、存外丸井はさも普段の会話だとでも言うように、それをさらりと流す。私の気持ちを知っていたのだろうか。

「ていうか、運動音痴のお前にはちょっと難しいジンクスだな」
「いや、違うんだよ。多分あんたがいなかったらゴールできてた」
「は?」
「いざボールが回って来た時、ゴールできるかどうかとかそっちより、丸井に告白するってことの方に緊張して、空ぶったんだよ」
「…」
「それ程私、丸井のことが好きなんだなあ」

そこまで伝えると、私は丸井の手から逃れて、床に落ちたゴミを拾い上げる。ばっちり告白をしてなお、この空間にいれるほど、私の肝は据わっていない。
もう行くね、と逃げるように手を振ると丸井は私の腕を捕まえた。「ようし」彼の手に力が篭る。

「次の試合、俺またホームラン打つから。そしたら俺がお前に告白してやる」
「は?」
「緊張して空ぶるなんてそんなど素人なこと、俺はしねえから。この天才が見本、見せてやるよ」

ぽんと頭に手を乗せられた私は、唖然と丸井を見上げる。いや、ちょっと待って。

「丸井、私のこと好きなの?」
「じゃなかったらなんのために今からホームラン打つんだよ、ばーか」

彼はそう言って意気揚々とグラウンドへかけて行ったが、そういうカッコ良いことを言った時に限って丸井は失敗するのだと、私は知っている。
ストライカーズ
「…ごめん、いざ告白とか考えたら本気で緊張して三振とった」
「やっぱりあれはフラグだったという」
「…」
「丸井って普段かっこいい癖にこういう時にやらかすよね」
「…」
「泣くなよ」
「…泣いてねえよ」
「え、本当に泣いてる?」
「うるっせえな黙らねえとキスするからな」
「すれば?」
「えっ」
「えっ」
「…」
「…」
「…本気にするけど」
「…」
「…」
「やっぱだめ」
「…」
「…泣くなよ」
「…そりゃ泣くだろい」


青春ストライカーズ!




この話の後日談(W14企画に飛びます)

( 勢いの産物 // 140622 )
最近短編書いてない!よし、書こう!そんな風にして生まれた話。何にも考えずに流れに任せて書いたので読み返すのも怖くて推敲していません。
おかしなところがあったらこっそり笑ってこっそり教えてください。