ぞっとした。目の前が暗くなった。 ああ、私は本当にこの世界には居場所がないのだと、今ここに存在していることが偽りなのだと知った。 冬の冷たい風が髪を攫う。夜は当然昼間よりも温度は下がり、その寒さが余計に私から思考力と行動力を奪っていく。 「家がどこか、分からない」 学校の門をくぐった瞬間だった。自分がどこへ帰れば良いのか、途端に分からなくなってしまったのである。いや、もしかしたら最初からわかっていなかったのかもしれない。そうして日が落ちて、暗くなるまであたりをさまよい続けた私は、公園のベンチでぼんやりと夜空を眺めていた。 ああ、朝私はどの家から出てきたのだろう。その答えは出なかった。何故なら気づいた時にはあの場に立っていたからだ。 まるで魔法が解けて行くように、今更になって自分の存在の危うさに気づく。怖くなった私は落としていた携帯の電源を入れると、丁度その時に白石君からの着信が入った。もしかしたら私が部活にも出ずに学校を出たから、心配してずっとかけてくれていたのかもしれない。 『さん…っ』切迫した声が耳に飛び込む。 『今どこにおるん?!部活には来んし、電話には出んしで、大騒ぎやったんやで!』 「…白石君」 やはり迷惑を掛けたのだなあと思う。きっと私のせいで練習時間もまともにとれなかったのではないだろうか。私はいつもこうやって皆に迷惑をかけて…、あれ、皆って誰だろう。私はいつの話をしているのだろう。 記憶の底にゆらめいている靄のかかったそれを探りながら、「帰る場所が分からなくなっちゃった」私はそうぽつりと呟いた。黙り込んでいたものの、向こうからは動揺がうかがえる。しばらくしてから、まだそんなこと言ってるんかなんて、そんな言葉が返された。 『さんは間違いなく俺らの仲間で、今まで一緒にやってきたんや』 「でも、私は自信を持ってそうだって、今言えないんだ。…私の帰る場所はここにはないのかもしれない」 『さん!』 私は本当は誰で、どこに帰れば良いのだろう。目をつぶると、真っ暗闇の先にちらつく人達は誰なんだろう。 『とにかく、今そっち行くから、どこにおるん!』 「私、帰る場所が白石君たちの場所ならなって、本当に思ったんだよ」 『ちょ、待ちい、!』 そのまま私は通話を切ると、そのまま目を伏せた。携帯が指から滑り落ちる。それと同時に、私の意識もそこで途切れたのだった。 長い夢を見ていた気がする。 気がつけば私は自室のベッドに横たわっており、見慣れた天井に何故か安堵していた。部屋の外からお母さんの声が聞こえる。そうだ、今日も朝練がある日だ。早く行かねば幸村あたりに文句を言われて頭を潰されかけない。 私は珍しくとても熟睡していたようで、時計を確認するとどうにもご飯を食べている時間はなさそうだ。買い置きしていたお汁粉の缶を一つ掴むとお母さんが寝坊した私をどやす声を背に家を飛び出した。ああめんどくさいめんどくさい。 「これは仁王あたりに連絡して遅刻をうまくごまかしてもらうかなあ」 ちびちびとお汁粉に口をつけながら私は携帯を開けば、何故か白石君やら財前やらからの着信でびっしりだったので、正直引いた。私がまた何かやらかしただろうか。というか何故四天の皆様が…。県を超えて迷惑をかけるなんてある意味才能だと思うので叱るならお手柔らかにしてもらいたいものだ。めんどくさいし。 我ながらくだらないことを考えながら着信の日付を見るとどうやら昨日の夜にあったもののようだが、 「あれ、一日ずれてないか」 ついに携帯が壊れたのだろうか。昨日までは確かに日付はあっていたのに、いつの間にか一日進んでいる。おかしい。…まさか私は昨日一日眠りこけていたのだろうか。いやいやまっさかあああ。お母さんが起こしてくれないわけがないし…本当にそうだったらどうしよう。 そうこうしているうちに、結局仁王に連絡することなく私は学校にたどり着いた。…何も手を打たずに飛び込むとは最悪だ。遅刻したことにビクつきながら部室を上げると、そこには何故か唖然とした皆と、その中に半泣きの赤也の姿があった。 「、せんぱ…っ」 「え、…なに、また真田に怒られた系」 「お、おかえりなざいいいい!」 「なになになになに」 「もう戻ってきてくれただけで俺は満足ッス。何も聞かないッス。もう先輩離しませんからあああ」 「うええええ」 急に泣き面の赤也に飛びつかれて私はそのまま後ろに倒れそうになるが、ドアに手をかけてなんとか持ちこたえる。い、いきなりなにしやがる! 私が赤也に怒鳴り散らすと、彼はなおも私にしがみついたまま「二度と大阪なんて行かないでください」なんて突然大阪への外出禁止を食らった。意味がわからない。まあ出禁食らっても行かないから困らないけど。 「い、一体なんなの、真田何をしたの…」 「お、俺ではないわ!お前が、」 「真田、待って」 真田はまるで私が悪いような言い方をしようとしたが、それを制したのは幸村だった。彼は眉尻を下げて困ったように笑って、私へ手を差し伸べた。 「おかえり、」 「…は、はあ、」 皆先ほどからおかえりおかえりって、私、何処かに行っていたのだろうか。首を傾げながら、皆のホッとしたような顔を眺めて「私はまた皆に迷惑を掛けたんでしょうか」と尋ねると、彼は否定も肯定もせずに、何時ものことだろ、なんて笑うだけだった。 かくして、私の失われた昨日の記憶と言い、皆の意味不明な態度と言い、何一つ解決せずに、それは幕を閉じた。 ちなみに、そのあと丸井が珍しく「あの、一昨日はお汁粉飲んで、ごめん、いや、マジですいません、すいませんでした」なんて土下座をしたものだから、ますます謎が深まるばかりだった。 いつもどおりの朝がはじまる (、ソノちゃんおはよう)(…おはよう?)(どうしたの?)(いや、に昨日会ったかなあって思っただけ) ←まえ もくじ ( ラストが結構雑になってしまいましたが、とりあえず終わり / 140224 ) |