最近、変な奴に付きまとわれるようになった。変な奴というのは、テニス部の赤い髪の男子である。彼の名前は知らなかったが、目立つ子なので、こんな私でも一応存在は認知していた。彼は基本的にいつも誰かに囲まれて楽しげで、部活でも先輩に可愛がられている典型的に私が嫌いなタイプだ。人気者の様に見えるが、ああいう奴こそ腹の中で何を考えているかわかったものではない。だから極力近づかないようにしていたのに、ここ最近は、そんな私の努力も意味をなしていないのだ。


「ぉおおおおはよーっす!ー!」
「どわ…っ」


後ろからタックルを食らわせられた私はよろめき、地面に手をつく。誰かは分かった。赤髪のアイツである。細かい石が手のひらに食い込んで小さく唇を噛み締めていると、やけに慌てた声の赤髪が、私の腕を掴んで立ち上がらせた。自分でやったくせに何を慌てているんだか。


「え、と、やり過ぎたな。ごめん」
「別に、慣れてるんで」
「…慣れてる?」


しまった。余計な事を言った。私は頭の中によぎった過去の出来事を振り払うようにして首を振った。逃げるように目の前の彼が何かを口にしかけているのを無視して踵を返し、歩き始める。「あ、おい待てよ!」その言葉も聞こえないふりをした。とにかく、付きまとわれていても、いかに彼から逃れるかが現時点では重要になってくる。
それから教室へ向かった私はに赤髪の悪口をあれやこれやぶちまける事にした。あいつはどうにかならんもんか。すぐに私に構うのを飽きてくれれば良いのだが、なかなかしぶとそうな奴である。まさか卒業するまであの善人面を私に向けて関わってくる気じゃなかろうな。
そんな最悪の事態を想定して、深くため息をつく私を他所に、はただおかしそうに笑っているだけだった。


「丸井君良い人だよ?友達ができて良かったね」


友達?何を馬鹿な。
正直笑えない。オーバーに肩をすくめてみた。それでも当然気持ちの落ち様やはり変わらなかった。


相変わらずは冗談がキツイ。







あの赤髪に付きまとわれるようになってから、私は何故テニス部に入ったのだろうかと考えるようになった。もともと運動は好きでも得意でもない。テニス部に友達がいるわけでもない。ただ、「誰かに」誘われたからという理由で入部したのだ。今考えるとバカバカしい。だいたい私は私を勧誘した少年の顔も名前も覚えていない。入部してからしばらくし経つが、向こうから話しかけてきてこないところをみると、きっと向こうも私の事を覚えていないのだろう。大人しく帰宅部か、のバレー部のマネージャーにでもなれば良かったのかもしれない。…しかし、そうは言ってもこの時の私が、テニス部をやめようとも思わなかったのは、テニスの魅力に気づいてしまったからなのかもしれない。正直、部活を見るのは楽しかったのだ。

まあ嫌になったらいつでもやめられる。そんな見解に至った私が、和やかな昼の空気にあくびをしながら焼きそばパンにかじりついた。いや、かじりつこうとした。
突然ばあん、と騒がしく教室の扉が開かれたと思えば、そこにいたのはなんとあの赤髪で。何しに来たのかは彼の手にある大量のパンを見れば命名白々である。


「やっほーー」
「何で私のクラス知ってんだコイツ…!」


咄嗟に私は赤髪とは逆側の扉から飛び出した。一目散にその場から逃げ出す。しかし彼も諦めてはいない様で、後ろからはしっかりと奴が追いかけてくる足音が聞こえてくるではないか。「逃げんなコラアアアア!」「く、ん、なあああ!」次第に上がって行く息と、もつれそうになる足にムチを打つ様に、私は考えなしに屋上への階段を登りはじめた。しかし私が屋上を選択した時点で私と彼の鬼ごっこも決着がついたも同然だ。屋上の扉を開けた瞬間に肩を掴まれてしまった。…ジーザス。


「…お前さ、」
「…なん、すか、」


仕方がなく私が奴の方へ振り返れば、赤髪はやけに神妙な顔をして、私を見つめていた。ちっとも乱れていない呼吸に少なからず腹立たしさを感じる。


「足遅過ぎねえ?」
よし今すぐ目の前から去れ


私は素早くパンチを繰り出したが、それはどうやら彼からしたら素早くはなかったらしい。いとも簡単に受け止められたそれは、勢い良くねじりあげられた。いだだだだ!


「ああああいたいよいたいよ腕がいたい。貴方いったい何がしたいんですか。正直言って、いや、言わなくてもウザイです」
「つまりウザイと」
「ちげえよ。つまり超うっぜえの消えて頂きたくぞんじ奉る」
「お前キャラ不安定過ぎるし色々違う」


呆れ顔の彼の台詞は私からしたら余計なお世話というやつである。嫌悪感丸出しに彼を睨んでいると、彼はしばらく私をじっと見つめてから視線を足元に落とした。


「お前が、寂しそうだったからさ。なんか、ほっとけないっつうか」
「なるほどね。偽善者パワー発揮ってわけですか。笑える」
「は、何言って、」
「同情なんでしょう。私がひとりぼっちで可哀想だと。生憎、私は一人に慣れてるんで。君のはお節介というやつだよ」


私が言葉を零す度に、彼は表情を険しくして行った。もうどうでも良いからサッサと出て行って欲しい。私に幻滅したでしょ、仲良くできないとガッカリしたでしょ、じゃあいいよね、さよなら。そういう意味で、しっしと赤髪を払う身振りをすると、いきなりその手を掴まれてしまった。


「お前みたいな奴、俺は苦手だ」
「だったら構うな偽善者が」
「でも嫌いとは言ってねえだろい」
「はいはい仲良しごっこは他所で、」
「俺は絶対お前は良いやつだと思うし、この前はあんな事言っちまったけど、もっと話してみたいとか思った」


ギュッと、私の手を掴む彼の手に力がこもる。それに何と無くむずがゆさを覚えつつも、冷たい言葉で突き放す事ができなかった。ただ、疑問をそのまま零す。


「…人を見る目ないって言われない?」
「言われねえよ。だって俺、何に関しても天才的だからな」
「言ってろ」
「うるせ。見てろよ、ぜってーレギュラーになってやっから。そんで俺が天才的だってわかんだろぃ」
「なれたらね」


この時、その自信に満ち溢れた彼の表情が少し、羨ましく思えたのは私の中での秘密である。


「そんでもって、当面の目標は、お前の冷え切った心を俺が何とかしてやるってこったな」


彼の台詞を笑飛ばせなかった。本当にやってのけてしまいそうな、ある意味で私の世界を壊しにかかろうとしている目の前の少年に、私は少なからず恐ろしさを抱いていたのだろうか。いや、もしかしたら、ずっと私は誰かからのそんな言葉を待っていたのかもしれない。


今思えば、赤髪の少年、丸井ブン太は私のエゴを壊しにやってきた初めの侵略者だった。




冷ややかなその手のひらに温もりを 2
(侵略者は君)

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( もう少し続きます。残りの夏休みの記録に確かかき氷の話を出したと思うので、そこまで書きます / 130427 )