「遅い」


幸村君の言葉に、その場にいた全員がぴくりと反応した。
丸井君と切原君が購買へ向かってからもう20分くらい経つが、彼らが帰ってくる気配は伺えない。その上、そんな二人を迎えに出た真田君もまた、戻ってきていないのである。昼飯を皆で食べようと提案したのは丸井君だけあって、彼らを待って箸をつけずにいる私達の空気は少し、苛立ちを含んでいた。


「いくらなんでももう戻ってくるでしょ。丸井はお腹空いてるだろうし」
「原西さんの言う通りです。真田君もいることですしね」


ソノちゃんと柳生君が幸村君をなだめた。納得していないようだったが、屋上を出て行こうと浮かしていた腰を幸村君は静かに下ろす。その時だ。騒がしい丸井君達の声が目の前の扉の向こうから聞こえて、私はホッと胸をおろした。そうして扉が開くなり、いやに上機嫌な丸井君達と、表情こそ崩していないものの、やはりどこか嬉しそうな顔の真田君がそこにはいた。


「遅いんだけど。何してたんだよ」
「あ、すんません」
「わりいな。ちょっと色々あって」


いつもなら幸村君に怒られたらビクつくはずの二人が、かなりの余裕をぶちかましている。本当に何かあったらしい。流石に怪訝に思ったらしく、仁王君が、何があったのかと問うた。


「それがな、聞いて驚け!今日から一緒に飯食う仲間が増えるんだぜ?」
「は?」
「誰」
「女子」
「女子かどうかなんて聞いてない。名前を聞いてるんだ。どういう経緯でこうなったんだよ」


幸村君は妙にイラついていた。そして私も、きっと他の皆も。何と無く、私達以外の誰かを受け入れることは、の居場所が危ぶまれてしまうような気がした。私達は彼らを見守っていると、切原君が困ったように眉尻を下げ、睨まないで下さいよと弱々しく声を上げる。
その時だった。たまたま前にいる三人から目を逸らした私は、アリもしないものを目撃した。誰かが、否、女の子が扉の向こうからこちらを伺っていたのである。それは恐らく丸井君達が言う新しい仲間に間違いはないのだろうが、そういう話ではない。その人物自体がありえないのだ。
が、いる。
彼女は私と目が合うと慌てて首を引っ込めて見えなくった。信じられなかった。私は夢でも見ているのだろうか。


「…っ…」
「何だって?」


私の言葉に皆の視線がこちらに注がれる。途端に丸井君があちゃあと言う顔をした。


「おい、ちゃんと隠れてろって言っただろい!」
「うえええ」


丸井君が後ろに向かって文句を飛ばした。それから、申し訳なさそうにひょろひょろと顔を出したに、私の見たものが現実であると確信した。
皆が彼女の姿に唖然とする中、ソノちゃんが突然立ち上がり、いきなりの胸ぐらを掴んだ。かと思えば次の瞬間、は地面に叩きつけられてた。背負い投げという奴である。


「いっってええええ!」
「仁王、アンタよくもの変装なんてしてくれたな!」
「ちが、私はホンモ、ぐえええ顔がちぎれるうううう」


顔の皮を剥がそうとソノちゃんは鼻息を荒くする。本物の仁王は二人のやり取りにもはや苦笑しか出ないようだった。仁王君、仲裁に入ってあげなよ…。
一方での方は不憫で不憫でたまらなかった。しばらくして、ずっとその様子を傍観していた柳君がようやく、「そろそろ離してやれ」とソノちゃんを制止した。「それは仁王ではない」


「え、何、これ、本物なわけ!?」
「我輩は猫である。名前はまだない」
「ついにの先輩が壊れた」
「元からぜよ」


すっかりノックアウトされたは床に仰向けで倒れたまま動かない。ソノちゃんが、馬乗りしていたの上から慌てて退くと、はわざとらしく、手をぷるぷるさせながら、ゆっくりと上に伸ばす。


「皆、もっとちこう寄れ」
こんな事言ってますけど」
「えー」
「幸村、看取ってやろう」
「柳君…」


苦笑しながら、を覗き込むように全員が彼女の周りに集まると、不意に彼女はがばりと体を起こした。私達は驚き、後ろに退ける間もなく、の腕に捕まった。は皆に飛びつくように腕を伸ばしてこちらへ倒れこむ。


「ちょ、!」
「やだもんやだもん、今は怒られたって誰も離してやらないもん」


ぎゅうううと私達を包む腕は小さかったけれど、そこには確かに私達の求めていた温もりがあった。


「…皆に、ずっとずっと会いたかった。…ただいま」


顔は見えないけれど、少し鼻声である彼女から、は泣いているのだと察した。彼女の背を摩りながら、皆と顔を見合わせて笑う。


「…ん。おかえり、





ただいまを待ってる
(でもたった今から、もうその必要はなくなった)

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( 多分まだ続く。書きたい話が実はいくつか / 130420 )