全て夢だったのではないかと、幸せで残酷な夢だったのではないかと、途端に怖くなった。確かに夕焼けは、あの日と変わらないまま、そこにあるけれど、私達は―― タイムカプセルを埋め直そうと約束を決めた日。私は立海の中へゆっくりと足を踏み入れながら、早くなる鼓動を押さえつけるように手を胸に当てていた。もし全員が揃っていなかったらなんて、今更不安を覚え始めている自分が情けない。あれ程皆に偉そうな事を言ってきたのに、私は、 「遅いよ」 「え?」 幸村の声に、俯いていた顔を上げると、そこには幸村が腕を組んで私を見つめていた。「遅いじゃないか」もう一度、彼は言葉を繰り返す。幸村の後ろには、あの立海の皆が、ほとんど揃っていて、皆確かに面持ちが大人びてはいたが、懐かしいその光景に、私は身体に緊張が走るのが分かった。 「待ちくたびれたよ。…それで、は来たから、あとは、」 「…?」 「…ああ、来たね」 幸村がそう、私の後ろを見て微笑んだ時、後ろから肩に腕を回されて私は少しだけ前につんのめる。一体誰だと後ろのその人へ視線をずらすと、 「お前さんも昔と変わっとらんのう、『遅刻組』」 意地の悪そうな笑みを浮かべた仁王が、軽やかな足取りで私を追い抜いて「ビリは」と私を指差した。そうして笑った顔は、あの日のままだった。そんな私達をぐるりと見回して、幸村は言った。 「さて、全員揃ったね」 ただいま、あの日。 |
まるであの日に戻ったような気分だった。ほら、やっぱり私達は変わってない。そう、嬉しさに皆へ駆け寄ろうと私は走り出したが、しかし、その瞬間に空気をびりりと震わせる喝が飛んだ。「たるんどる!」 びくりと肩を震わす私の視線の先にはやはり真田がいた。彼はふんと鼻をならして私を見据えている。 「今回のことはが言い出したことであるにも関わらず、お前が一番最後に来るなどたるんどる証拠だ!」 「…!」 「うっわあ、この年になってもそれかよ真田」 「そんなこと言ってるととばっちり食らいますよー丸井先輩」 にやにやと端で笑う丸井と赤也を尻目に、私は眉を釣り上げている真田をポカンと見上げていた。彼の怒鳴り声がストンと、すんなり胸に落ちてきたのである。ああ、私は、彼の喝を待っていたのだなと、そう思った。途端に胸がいっぱいになって、懐かしさであったり嬉しさであったり、感情が津波のように押し寄せる。そうして私はたまらなくなってその場にしゃがみ込んでしまった。 「な…!?」 「真田が泣かしたぜよ」 「いや、違う、俺は、!」 ぐすり、鼻を啜るととうとう真田は私の隣に膝をついて、咳払いをしてから「な、泣くことはないだろう」 と私の頭に手を載せる。すかさず私はそれを掴むと「怖くて泣いたんじゃないよ」とくぐもった声で告げた。嬉しくて泣いてるんだよ。 その返答に真田が首を傾げた時、私はそのまま真田に飛びついてやった。すごく嬉しい。皆で、またこうして会えることがすごく。 「、お前、いきなり何を!」 「俺、その絵面での抱擁は見たくなかったなあ。な、ジャッカル」 「まあ、嬉しそうだからいいんじゃねえか?」 それから私の気分が落ち着くまで真田に引っ付いたままであったのだけれど、話が進まないと柳に諭されて私達はようやく本来の予定であるタイムカプセル作りへと引き戻された。ところで卒業生とは言え、学校に勝手に入り込んで穴を掘り箱を埋めるのはどうなのかという懸念もあるわけだが、まあ見つかった時はその時である。真田がだいぶしぶってはいたが、こういうこともスリルがあっていいよねという幸村の言葉に一蹴されたのは言うまでもないだろう。 そうして私達は新たに作ったタイムカプセルに自分たちの思いを詰めて、埋めた。社会人になってからこうして土いじりなんてしていなかったから、それすらも新鮮で、泥を頬をつけた皆を笑いながら私達は暮れかけの茜空へと腕を伸ばす。 「うー私疲れた」 「たまにはこういうのも楽しいッスねー」 「俺明日筋肉痛になりそうで怖いんだけど」 「普段身体を動かしていないからだな。まさか学生時代の間食の量のまま過ごしているわけではないだろうなブン太」 「ま、まっさかあ」 柳に鋭い視線を頂いた丸井は肩をすくませていた。それにクスリと笑いながらぼんやりと空を眺める。そんな私の隣で赤也が「そういや先輩はタイムカプセルに何入れたんスか」なんて野暮なことを聞くので彼の頬をつねってやった。あほ。 「それは十年後のお楽しみでしょうが」 「どうせ聞いたところで十年後には皆、何入れたかなんて忘れちまうでしょーに」 「ロマンがないな赤也」 今回のタイムカプセルには、前のように皆が自分宛に手紙を書いたのは共通しているが、それ以外に皆が何を入れたかは分からなかった。しかし、それは十年後に分かることだ。たった十年。今度こそ皆で開けられるよう、私は祈るようにそっと目を閉じる。 「さて、そろそろ日も暮れてきたし、帰ろうか」 「えー部長俺ラケット持ってきたんですけど」 幸村の声に私達は帰る支度を始める。しかしそれに抗議の声を上げたのは赤也だった。確かに皆久々に会ったのだから、テニスをしたくなる気持ちは分からなくはないが。幸村がどう諭すのか見守っていると、彼は予想外にも「そんなの、俺だって持ってきてたよ」とあっさり言ってのけた。 というか、皆持ってきてるでしょ。彼の台詞に、私と赤也は皆へ振り返ると、成る程確かに皆ラケットを持ってきている。「テニス馬鹿」赤也と同時に呟いて、吹き出した。 しかしそれでも帰ることを促したのは、どうやら幸村は、皆の都合を気にしているかららしい。明日仕事があるものはあまりここで暴れない方が良いだろうと、そういう配慮だ。 「俺は全然いいんだけどさ、皆がどうかだよ」 「どうせ皆ラケットあんなら丁度いいじゃないっすか。やる気だったんでしょ!俺んとこのクラブのコート使えますし」 「…それなら、お言葉に甘えようかな。ねえ、皆」 「そうこなくちゃ!ラケット持ってきて今更やらないはありえないっすからね!幸村部長を倒すチャンス!」 「その自信、捻り潰してあげるよ」 赤也がにやついたのを一瞥した幸村はそう言い放って、それじゃあ行こうかとクラブへと先頭を歩き出した。赤也は少々ビクついていたようだけれど、その反面、久々の畏怖に喜んでいる風でもあった。やれやれと私はそれに続く。彼の威厳も、迫力も、変わらぬままであった。 「久々の幸村君も相変わらず迫力あるー」横を歩いていた丸井が笑っていた。お前も相変わらずのんきな奴め。そんなことを思いつつ、彼の隣を歩いていると、いつの間にか、その笑顔は消えて、丸井の表情はしょんぼりとしたそれに変わっていた。ああ、それにしても、とタイムカプセルを埋めたその場所を振り返る丸井はため息を漏らす。どうしたのだろう。 「10年後とか俺ら36かよ。なんだかなあ」 「何だ、そんなこと?私はその頃には真田が余計に頑固親父になってそうで、そっちの方が怖いわ」 「、それはどういう意味だ」 「ま、まあまあ真田、落ち着けって」 「とりあえず中年太りとかしたくないなあ。困ったら柳生に診てもらうかな」 「それなら運動するのが一番ですよ」 「じゃあ、赤也のテニスクラブに世話んなるんが手っ取り早いじゃろ。俺らは先輩なんじゃから安く頼むぜよ」 「いや、それ俺に言われても困りますよ!」 「それにしても、赤也が先生の立場というのは、世も末だな」 口々に未来のことを語って、最終的には柳の悪戯めいた笑みに、赤也が膨れて柳先輩!と口を尖らせた。「これでも俺、結構真面目にセンセーやってんですからね!」もちろんそんな事は皆分かっているだろう。私達が卒業したのち、部長となった赤也にはカリスマ性があるし、テニスに関しては案外真面目だ。 私は彼らのやり取りを見ながら、ついふっと笑みを零した。すると赤也がなんで笑うんスかと目ざとくこちらに矛先を向けたのである。やれやれ。 「いやいや、笑ってないよ」 「笑ってますよ!もー先輩まで、俺を馬鹿にして!」 「ばか、違うよ」 一歩前に出た私は、そのまま振り返ることはせずに歩く。 「ただ、騒がしくも良い仲間を持ったなって、思っただけだよ」 そう、私は本音を零すと、少しの間の後、「あ、赤也が泣いた」とそんなことを丸井が言った。は、何故、と私が慌てて振り返るも、赤也の泣き顔を確認する前に赤也に飛びつかれてしまい彼の泣き面は確認することは叶わなかった。けれど、後ろでぐすぐすやっている、そんな赤也を見つめて苦笑する幸村達に、私も釣られて笑ったのである。 そして見上げた夕焼けは、あの時と変わらず、私達を照らしていた。 BACK ( 失った日々を探しに行こう、ロストデイズ // 140210 ) ここまで読んでくださってありがとうございました。後日、番外編で一話だけ書かせていただこうかと思っております。詳しくはあとがきで。 後書き |