B級上位戦とバレンタインの話04



毎年、バレンタインは何かとついてないことが多い。

さて、今年のバレンタインの話をしよう。と言っても本日のこととは言え、すでに私の記憶はあやふやなのだけれど。まずは現在の状況から。学校が終わって本部に来て、風間隊の皆で連携の練習をして、……その後のこと。私が作戦室を飛び出した後、ラウンジで諏訪隊に出くわしたところまでは覚えている。だけど、気付いたときには、私は諏訪さんに背負い投げを決め込んでおり、右手には弧月を振りかざし、どういうわけか後頭部には奈良坂のアイビスの銃口が突きつけられていた。比佐人と堤さんが「諏訪さんんん」なんて顔を真っ青にしている。遠巻きにこちらを見るC級隊員。突き刺すような奈良坂の視線。それから恐らく彼とラウンジにやって来たらしい米屋は笑っていた。

「何かしたんすか、諏訪さん」
「なんもしてねえよむしろ被害者は俺だっつうの!!」

状況を把握できていない米屋が(私もできていない)床に転がっている諏訪さんへ尋ねると、諏訪さんは噛み付くような勢いでそう怒鳴る。被害者は諏訪さん、……どうやらそうらしい。というか、奈良坂が銃口を向けている時点で間違いない。比佐人は、話していたらいきなり先輩が掴みかかってきたから云々と、しどろもどろに状況をそばにいた米屋に伝えていた。床に背中を打ち付けたらしい諏訪さんは、こんなときでもタバコを歯で?みしめたままで、身体を起こした。
無意識に投げ飛ばしたということは、加減はしなかったということだから、トリオン体じゃなかったら相当痛いに違いない。気まずくなってふと後ろの奈良坂を見やると、彼は少しだけむっとした表情になってからそこで銃口を下ろした。

「……あー、と、奈良坂、私一体、」
「そんなのはこっちが聞きたい」
「えっ」
「俺と奈良坂も今来たばっかで、事情は何も知らねえの」

事情を何も知らないのに、奈良坂は私の頭の頭を吹き飛ばそうとしてたの? 怖すぎかよ。
米屋と諏訪さんの話によれば、米屋と奈良坂の二人がラウンジに来たときには、すでに私と諏訪さんの取っ組み合い(正しく言えば私が一方的に掴みかかっていた)が始まっていたそうなのだ。止めに入るかまごついていたらついに私が諏訪さんを背負い投げ、挙句弧月で彼を殺そうとしており、諏訪さんがたまたま視界の端に見えた奈良坂の姿に、「何とかしろの保護者!」と助けを求めたところ、冒頭の状況になったのだとか。

「な、奈良坂って私の保護者だったのかー、知らなかった」
「不本意の極みだ。悪いがの保護者になった覚えはない」
「とか言って、保護者って言われた瞬間、お前すぐトリガー構えたくせに」
「撃ち殺すのが最善だと思っただけだ」
「あれ、私達って友達で合ってるよね?」

奈良坂は言葉を返す代わりに表情を変えずに私を見つめ返したので怖くなって私は笑うことしかできなかった。一歩だけ米屋の方に寄る。
振り返ってみると、私は昔から奈良坂には色々と迷惑をかけてきたのだと思う。これは駄目だとか迷惑がかかるとか、正論だった奈良坂の言うことを、そういえば聞き入れた試しがなかった。
それでも彼が私を見捨てなかったのは、自分が目を離したら私が死ぬとでも思っていたかららしい。今でこそそんなことはないにしても、昔はもっと無鉄砲で敵を作るようなことばかりしていたから。そんな話を前にちらりと奈良坂が零していたのを覚えている。

「そんで、は何で諏訪さんに技かけたわけ」
「よ、よく覚えてないんだな、これが……」
「オイオイ……」
「ただ……風間さんが大学で色んな女性からチョコを貰ったと言う話があまりにショッキングだったもので、あー……わたし、そこから記憶が、」
「それで勢い余って背負い投げかよ。歩く暴力かオメーは」

諏訪さんのおっしゃる通りである。多分今日は本部に来てから嫌なことが続いたからゆえだとは思うがそんなのはただの言い訳だ。渋い顔の諏訪さんへ、ごめんなさぁい……と私はしょぼんと肩をすくめる。「諏訪さん怒った……?」「あ? ねーよ」怒ってないらしい。彼は苦笑交じりにぐっしゃぐっしゃと乱暴に頭を撫でて「お前が風間のことになると見境いがなくなるのはよく知ってる」と付け加えた。諏訪さんてば、ヤクザみたいな面構えのくせに優しい。
結局のところ、私も冷静さを取り戻したわけで、諏訪さんも全く怒っていないようだから、堤さんがおずおずと「諏訪さんそろそろ任務が」と切り出したところでこの事件は幕を下ろした。ラウンジから出て行く諏訪隊を見送りながら、後で改めて謝るんだぞと、奈良坂。勿論そのつもりなのでこくんと頷いた。

「出た保護者」
「……陽介」
「……睨むなよ、ジョーダンじゃんか」

ちなみに、比佐人は最後まで私へ緊張感の色が宿る瞳を向け続けていた。これは別にアフターケアをしておかないと変に距離を置かれてしまうやつ。後でお菓子でも献上しにいくとしよう……。比佐人は何が好きだったかな。

「つうか、風間さんがモテるなんて今更なんじゃねーの」
「……」

諏訪隊の姿が見えなくなってから米屋が出し抜けにそう言った。忽ち私の胸の奥に重たいものがごろんと現れる。「……まあ」と煮え切らない反応。胸にしまっておけずに吐いたため息もまた重い。
米屋と奈良坂は、私の鈍い反応を怪訝に思ったのか、「座れば?」とそばのテーブルへ促した。隣に米屋、向かいに奈良坂。不思議な配置だ。話が聞きたいならふたりとも向かいに座れば良いのに。とまあ素直に従ってからいうのもなんだけれど、お前ら暇なのか、と思う。顔に出ていたのか、別に暇なわけではないからなとすかさず念を押された。はいはい。

「んで? なに、風間さんにフラれたの?」
「おま、そーゆーデリケートなことをさぁ、ダイレクトに聞くんじゃないよ」
「え、まじでフラれたの、ごめん」
「や、フラれてないけど」
「なんだよ」

米屋はちょっと脱力したみたいに、背もたれにだらしなく体を預けた。奈良坂の表情は変わらない。これからきっと私は彼にとってしょうもない話をすることになるのだろうと思うと、真面目な顔をして私と向き合う彼に、というよりこの状況になんだかなあ、という気持ちになる。米屋はともかく、奈良坂はこんな話聞いて楽しいのだろうか。いや楽しまれても困るのだけれど。面倒くさいくせによく付き合うなあと思う。
そういえば学校で米屋の義理チョコと一緒に渡しておいた奈良坂達のチョコはきちんと届いただろうか。ねえ、チョコ食べた? なんて聞くのもどうかと思うから聞かないけど。もしかしたら話に付き合ってくれてるのってチョコのお礼だったりするのかな。

「風間さんにチョコ、渡したんだろ」
「……あー、わたした」
「じゃあ良いじゃん」
「やー、それがっすねえ、今年こそは風間さんに告白をしようと思ってたわけなんですよー、うん」
「その話は毎年聞いてるが」
「……去年は太刀川さんに邪魔されて、……いや、こんなん言い訳だけど、」
「……、」
「ほんとに今年こそはだったんだけどねえ、」
「はぁーなるほどな。失敗して落ち込んでんの」
「……落ち込んでるっていうか、」
「落ち込んでんだろ」
「まあ、失敗するのは何となく分かってたけど、ははは、……なんでこうなるかねえ、はあ……」

冗談混じりで言ってやるつもりだったのに、途中から私の言葉ば思いの外湿っぽさを纏っていた。なっさけない。
チャンスはいくらでもあった。なんせ風間さんは同じチームだし、今日は連携の訓練があったし、本当に、チャンスはあった。それ以前に、わざわざお膳立てもされていたのだ。
初めてのことではないのに、チョコ一つ渡すのにまごついている私に、三上が先陣を切ってその流れで渡しやすい空気を作ってくれたし、かと思えば、菊地原がらしくなく「喉が渇いたから何か買って来る」と三上と歌川を連れ出して策戦室に私と風間さんの二人だけにしてくれた。だけど意気地なしの私は何にも言えなくなって、チョコを渡してやっぱりその場で食べ始めた風間さんに感想を聞いて、無理やり笑顔を作って、それだけ。喉なんて渇いてないのに私もジュースを買いに飛び出した。そこで策戦室に引き返してくる途中だった三人に出くわして、案の定菊地原には全部聞こえていたみたいだ。どうだったかと三上が期待に頬を赤らめてるそばで彼は渋い顔で私を見ていた。こういうときに限って菊地原は空気を読んでいつもの憎まれ口を叩いてくれない。私は忽ち情けなくなって、しょぼくれて気づいたらラウンジで諏訪さんを投げ飛ばしていたし、頭に銃口が突きつけられていたのだ。
ぼそぼそと事の成り行きを話すと、奈良坂が息を吐いて目を伏せた。呆れてるときの顔だと頬杖をついて彼を見上げる。
でも、去年までは周りの皆は「当たって砕けてこい。よし、解散」とか適当にあしらっていたのに、二人は困った顔をしてこそいれど、冷たい言葉を吐くわけでもなく、今年はどういうわけか幾分か私に優しいように思う。
おもむろに立ち上がった米屋が、そばの自販機でココアを買ってきて、奈良坂に一本と、それから私に押し付けた。じん、と手のひらに熱が移る。

「励ましてくれなくて良いよ」
「んー、そんなんじゃねえって」

じゃあ何、と言う問いはココアと一緒に飲み込んだ。沈んだ気持ちが絡めとられるみたいに、今の私にはこのココアはしつこくて甘ったるい。奈良坂だけは缶の縁を親指で撫ぜるだけで口をつけようとはしなかった。
きっと米屋は話を聞くのも励ますのも諭すのも他称保護者の奈良坂の役目だとか思っているのかもしれない。彼らの座る位置から、そんな感じがする。「なぁんかさあ」言葉を放り出すように、私は口を開いた。

「色々迷惑かけたし、その上告白とか、面倒の極みな気がしてきた」
「なんだそれ」
「これ以上迷惑に思われて嫌われたくないし、なんせ同じチームなわけだしさあ、何も言わないのがベストかなと」

断られたら気まずいし。
強がりに聞こえただろうか。奈良坂は「そうだな、は昔から迷惑な奴だった」とちょっぴりずれた返事をする。米屋が小さく笑っていた。そこへふいに「陽介、奈良坂」と声が降った。二人が同時に顔を上げたのが少し面白い。

「……お前らこんなところで何油を売ってる。この後ミーティングだと言ってなかったか」
「あー、忘れてた」
「俺は覚えていたぞ」
「なら言えよ奈良坂?。……あ、でもまだ時間あるじゃん」
「時間まで10分しかないですよ、米屋先輩……」

三輪が、ため息を漏らして、彼の後ろにいた古寺が居心地悪そうに肩をすくめていた。
三輪ってなんだかいつも大変そうだ。隊長だからということだけじゃなくて、むしろそれ以外の、他のものの方がもっと彼の頭の中を埋めていそうで。今回は私のせいなんだろうとまぶたを閉じて今日私が振り回したあらゆるものをこっそり反省すると、なんだか一気に他人事のように感じた。
そう片隅で思いながら、ミーティングを覚えているくせに、私に付き合っていた保護者奈良坂の意図は何なんだろうということも、私は考えていた。三輪の視線が今度こそ私へ向けられて眉間にきゅ、とシワが刻まれる。

「……わー」
「なんだ」
「……三輪っていつも私にそういう顔だ」
「何の話だ」
「私になんか怒ってるの」
「怒ってない」
「あ、そう。でも二人を引き止めたのは私だから、ミーティングの邪魔してごめん。私は邪魔だろうから消えるよ」

早口に言い切ってしまうと、私は缶に半分くらい残っていたココアを一気に飲み干した。胸へと熱いものがするする落ちていく。私の言葉は大分つれない調子だったのか、三輪の瞳の中に僅かに困惑の色が見える。諌めるように米屋が肘で私の腕をついた。でも別に私何も悪いことしてないけど。

「あー……なんつうか、の悩み聞いてたんだよ。な、
「米屋余計なこと言わなくていい」
「ツンケンすんなって」
「……悩み?」
「あー三輪も相談乗りたかった感じ? 残念でももう二人のおかげでするっと解決したんだ」

悩みなんて、しかも、こんな風間さんに告白がどうとかっていう浮ついた話、べらべら話すことではないと思って、私は席を立ち上がった。皆これからミーティングなのだろう。早く作戦室に帰ればいいとその場を離れようとしたが、そんな私を呼び止めたのは奈良坂だった。

「そうやってヤケになっていると余計周りを振り回すぞ」
「ヤケになんてなってないよ」

私は首だけそちらに向けて、べ、と舌を出す。そうしてその場を去ろうとすると、「話は終わっていない」と彼の声がさらに私の足を床に縫いとめた。何にも悪いこと、してないのに。もう一度心の中で唱えてみたけど、気持ちはさながら叱られる子どもみたいにちょっと居心地が悪くて落ち着かない。何やってるんだろう私。ちょっと告白失敗した、って話をしただけだったのに、なんで怒られるみたいな流れになってるんだろう。私がかっちょ悪く、いじけてるから?

「だいたい迷惑なんて今更だ。そんなことを考えたところでお前は何も変わらないだろ」
「……すいませんね」
「他人の迷惑を考えて悩むなんてらしくないな。前にも言ったが、そんな暇があるなら自慢の直感に任せて進めばいいだろ」
「……自慢って、別にそんなんじゃないし、ていうか、一体なんの嫌味、」
「厄介なことに、俺はそれでお前が大体うまくいっているのを知ってる」
「は、」

叱られているつもり、だったのに、ふっと背中を押すような言葉が放られた。短くこぼれた声と同時に、その場からいなくなってしまおうとしていた私の代わりに、奈良坂が立ち上がる。「ああ、それから、チョコは米屋からちゃんと受け取った。三輪も、章平もな。毎年悪いな。美味しかった」最後の最後でちっとも関係ない話。それ今言う? って思わず言いたくなるようなそれをさらっと口にして、彼はテーブルを後にした。古寺も「あっ、そうでした、チョコ、美味しく頂きましたので」なんて続いて私に礼を言うなり、彼を追うように慌てて走り出した。なんだよ、なんなんだお前。

「……奈良坂って昔から私のこと迷惑だって文句ばっかりなのに、ほんと、こういうとこあるから、」

結局私は励まされたのか。呆れたくせに、お前なら大丈夫って言ってくれたのか。あいにく普段から粗雑に扱われている私はこういう優しさに慣れてない。
熱くなった頬を隠すように俯いて、私は唸るようにそう呟く。残った米屋と三輪は、二人の背中が見えなくなったというのに歩き出さない。きっとこんなカッコ悪い私を見ているのだ。

「奈良坂もああ言ってるしな。チョコ、結構うまかったから、大丈夫だって、な秀次」
「まあ、確かに美味かったが、」
「……だあああそんなん聞いてないし! お前らも早く行きなよ、ミーティングなんだろ、ばかっ」

ほんと、奈良坂にはこういうところがあるから、厄介だ。
迷惑って言うくせに、普段は私に関わってこようともしないのに、あしらうのに、そう言えば奈良坂の言葉は、態度は、結局いつも私にはひどく甘いんだ。


ちくしょう、ならさかのばか。ありがとうなんて、言わないんだからな。




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( 161129 )
書いている途中から突然奈良坂がしゃべりだしてそのうちよく分からなくなってしまったのですが、きっと奈良坂しゃべりたかったんだなということでバレンタインの雰囲気だけでも伝われば。次は菊地原が頑張る。