閑話 1

※閑話は前後の話に関係がない話だけれど、ここらでちょっと入れておきたいなーという話として書いております。と言いつつ恐らく本当に思い付きで書くこともありますので読み飛ばしていただいても大丈夫だと思われます。


「あー負けた負けた」
「なかなかいい勝負だったな、よーすけ先輩と
「……、お前最近調子良すぎじゃね?」
「なっはっはーこれが本来の実力ってヤツよ。米屋、負けたんだから明日のお昼の件忘れないでよね」
「へいへい」

ラウンジにそんな賑やかな声が増える。作業の手を止めて椅子にゆるく背中を預けながら入り口の方を見やると、ランク戦を終えたらしい米屋先輩と先輩、それから遊真に三雲くんの姿まであった。米屋先輩はすぐにこちらに気づいて、「あ、とっきーだ」と声を上げた。会釈を返す。先輩とも視線が合ったが、彼女は小さく手を振ったものの、こちらに来ようとしている米屋先輩に何か言って彼らの元を離れていった。どうしたんだろうと視線で追った彼女が向かったラウンジの隅の自販機の前には、菊地原の姿が見えたので、すぐに合点がいく。相変わらず風間隊は仲が良い。

「よ、とっきー。仕事中?」
「こんにちは。広報に関する資料の整理をしてたんですけど、」
「相変わらず大変そうだなあ」
「もう終わるところですし、そこまで大変なものでもないですよ」

目の前の席を促すと、米屋先輩は隣に座ったので玉狛の二人とは向かい合う形になる。「ランク戦ですか」ぬるくなったコーヒーに口をつけながら、奥の先輩達を見ると、気の抜けた声で米屋先輩が「まあな」と頷いた。吐き出された息は疲れの色が滲んでいる。先輩にしてやられたのかもしれない。

「4-6で負けた。明日の昼飯あいつに奢る約束したんだよなー、あー」
「見ててなかなか面白い戦いだったな、オサム」
「ああ。それに先輩が戦うところを初めて見たけど、なんていうか、結構迫力ある戦い方をすると言うか、」
「豪快だったな」
先輩のパワーは群を抜いているから」
「前に出水先輩が、先輩は本能で戦うと言っていたので、今日のでその意味が分かりました」

先輩の豪腕ぶりでも思い返しているのか、自分の言葉に納得するように、三雲くんは何度か頷いていた。
出水先輩、そんなことを言ったのか、とこっそり思う。……確かに先輩の戦い方は本能とか直感とか、そういう戦い方に近い。頭脳派寄りで隠密部隊として有名な風間隊にしては、異色の戦い方だ。三雲くんは風間さんと戦ったことがあるだけに、余計にそう感じたのかもしれない。

は脳筋だからなー。豪快にばっさばっさ斬ったり破壊すんのが好きなんだよ」
「改造弧月の鎌って言うのも面白かったな。一回戦ってみたい」
「の、前にオレとしょーぶな、おチビ」
「ああ、そうだった」
先輩と戦うなら、一太刀はかなり重いからうまく戦わないとスコーピオンなら簡単に割られちゃうよ」

そう言って、オレは初めて先輩と手合わせしたときに、かなり間合いを詰められて慌てて張ったシールドを簡単に砕かれたことを思い出していた。あのときの迫力と言ったらなかなかのものだったな。弾丸なんて御構い無しに懐に飛び込んできて、気づいたら鎌が目の前に迫っていたのだから。

「しかもあの豪快さがうまいこと風間隊でハマるんだよな。特に、菊地原コンビが」
「ほう。ってきくちはら先輩といつも喧嘩してるイメージあるけどそんなに連携強いのか。何か意外だな」
「……お、おい、空閑」
「仲わるそーにみえて実は仲良いやつなんだぜ、あれ」

そう言って、苦笑をこぼしながら米屋先輩が頬杖をついて二人の方へ視線を移した。彼の言うように、風間隊の連携はかなりレベルが高いことに加え、菊地原と先輩二人の連携は目を見張るものがある。前に先輩に聞いたことがあるが、C級のときからずっと二人は一緒にいたものだから、菊地原の捻くれた動きは手に取るように分かるのだとか。それをそばで聞いていた菊地原とは、「そういう割にこの間負けてたけどね」「あれは引き分けでしょーが」なんてまた喧嘩が始まってはいたのだけれど。でも、二人の連携は間違いなくボーダーでもトップクラスのものだろう。普段の姿からはとても想像ができないなと風間さん自身もそう話していた。
視線の先の菊地原は、そんなオレ達の声が聞こえていたのか、こちらを一瞥して、先輩に何かを告げているようだった。すぐあとに先輩の顔もこちらに向く。米屋先輩がひらりと手を挙げた。

「聞こえたっぽいなー」
「みたいですね」

菊地原のことだから、先輩と仲が良いなんて言われて顰めっ面でもしていそうだ。本当は先輩のことが好きなくせに。特に用もなかったが視線があってしまった手前、無視する気にもなれなかったので、オレはこちらを見やる二人へ手招きをしてみる。菊地原が何かを呟いて、だけれど先輩がすぐにそんな彼の頬をつねったのが見えた。何を言ったんだろう。
向いの遊真はこちらにやってくる二人にやっぱり喧嘩をしている、とでも言いたげな視線を向けていた。

「何か用」
「いや、用っつうか、何となく?」
「用もないのに呼ばないでよね。僕そっちみたいに暇じゃないから」

こちらへやってきた菊地原は相変わらず無愛想である。彼の物言いに米屋先輩が突っかかる前に先輩が菊地原の頭をぽこんと小突く。「生意気な口きくのやめなさい」こんな場面しょっちゅう目にするけれど、菊地原がまともに先輩の言うことを聞いているところは一度も見たことがなかった。口を尖らせて「暴力反対ー」と気のない声を上げるだけである。多分どちらも、どこまでも本気の色がない言葉。テンプレ化しているというか、二人にしてみればこんなやりとりは呼吸をするのと同じくらい当たり前のものなのだろう。

「そんで? 皆何の話ししてたの?」
「だからさっき僕らの悪口って言ったでしょ」
「かー、あんたはまたそういう、」
「……わ、悪口なんてそんな、菊地原先輩と先輩が仲が良いなって話で、」

二人のやり取りに、なるほど、だから先輩は菊地原の頬をつねっていたのかとオレは納得した。悪口なんて言った覚えはなけれど。
向かいで三雲くんが慌てて首を振ると、ほーら、と先輩が目を細めて菊地原を嗜めた。それでも彼は動じる様子がない。

「どこが悪口なの」
「僕らが仲が良いとか、悪口以外の何でもないし」
「はっはー。お、ま、え、は、ほんっとに構ってちゃんだねえええ。そんなにぐりぐりして欲しいのか、おら」
「わ、ちょっと、やめてよ」

伸びる手をかわそうとする菊地原は、あっという間に先輩に捕まってしまう。こういうときの反応の速さや機敏さは先輩が何枚も上手だ。首に回った腕を掴んで、項垂れる菊地原は、一度捕まってしまえばもう暴れるだけ無駄であることを知っているのだろう。何か言いたげではあるが、黙って先輩を見上げるだけだった。
オレも嵐山さんや、他の嵐山隊のメンバーとは仲が良いと思うし、自分でもあの場所が大事で好きだけれど、こんな二人を見ていると、たまに菊地原と先輩のこういう遠慮のない関係が羨ましく思うことがある。あんなやかましいの欲しいならあげるよ、なんて菊地原は言うけれど、彼女が元気がないと、なんだかんだでずっと隣にいるし、わざと突っかかるようなことを言っていつもの調子を取り戻させようとしていることは、よく知っている。たぶん、菊地原のそういう優しいところは、皆知ってる。先輩も。

「イタタ、……そんなんだから風間さんに見放されるんじゃないの……」
「ああん? いつ誰が風間さんに見放されたんですかコラァアア」
「そういう落ち着きないところとかでしょ、自分で分かんないの」
「わっかんないっすねええ」
って戦い方にもそういうとこ出てるよね。だから連携ミスるんでしょ」
「ミスってないし、誰のお陰で今日の任務うまくいったと思ってるの」
「僕と歌川と風間さんでしょ」
「私と! 歌川と風間さんでしょーが!」
「相変わらず元気だなあお前ら」

同感だ。先輩の手が菊地原の頬へ伸びる。腕が自分から外れたのを良いことに、彼もそれに対抗して彼女の手を掴もうとする。そうやって子どものようにお互いの頬をつねり合う二人を眺めながら米屋先輩が笑った。三雲くんだけは止めなくても良いのかとでも言うように動揺していたけれど、あれが二人の通常運転だから問題はない。風間さんだって、これくらいならば基本的に放って置いているくらいだ。
まあまあと二人を諌めて席を進めようとしたけれど、それより先に、ふと遊真が「あれ?」と首を傾げた。

「そう言えばきくちはら先輩はを名前で呼んでたっけ」
「は……」

先輩へ伸びていた手がぴたりと止まる。「言われてみれば、今のことを名前で呼んでたな」と米屋先輩。コーヒーを飲み干して、オレは、ああ、先輩は知らないのか、と横目で先輩を伺いながら思った。実は菊地原が先輩を名前で呼ぶなんてことは、以前からあったことなのだ。ただ、そうするのは基本的に先輩と二人で話しているときや、周りにあまり人がいないときに限っていたみたいだけれど。こうして自分との会話の中で出てきたことはなかったが、二人が話しているところに偶然通りかかって耳にしたことはある。
微かに俯いて、それから視線を逸らした菊地原を見るにうっかり口をついて出てしまったに違いない。

「あーそれは、いだっ!?」

途絶えた会話に割り込むように短く悲鳴を上げた先輩の足には菊地原の踵が落とされていた。何すんのさ菊地原っ、と彼女はすかさず声を上げる。それを半ば遮るように、「違う、」と彼は声を漏らした。違うから、と。

「違うって何がだよていうか謝れ菊地原」
「あのまま邪魔しなかったら先輩あることないこと喋りそうだったから」
「菊地原が私が大好きだからって言おうとしただけだよ」
「だからそれが違うって言ってんの。ほんと頭悪いよなあ。だいたい僕に好かれてるとかどこからその自信がくるの」
「全身」
「ここまでくると救いようがないね」

きっと先輩は、冗談の気持ちなんてただの少しもなくて心からそう思っているに違いない。彼女はいつだって気持ちに嘘をつくことがなくて、まっすぐだ。だから良い意味でも悪い意味でも菊地原は彼女に振り回されている節がある。もしかしたら他の皆にも言えることかもしれない。そういう影響か、菊地原は風間隊の中の、とりわけ先輩といるときは余計によく喋る。以前こう言ったら全力で否定されたけれど、ちょっと楽しそうだ。米屋先輩も似たようなことを思ったのか、口元に緩く弧を描いて二人の姿を見ていた。
「で、実際はどうなの?」と遊真が口を挟んだ。

「どうって、別に話すほどのことじゃない。ただの癖だよ」
「癖?」

菊地原がしれっと言い切った言葉を継ぐように、先輩が頷いた。

「風間隊に入る前は私、菊地原に名前で呼ばれることが多かったんだよ。どうやら同い年に見えてたっぽくて」
「年上に見えなかったからね」
「若いってことね、ありがとう」
「……。でも風間隊に入ってからは一応先輩だし、建前でも先輩って呼んだ方が良いと思っただけ」

ただ、それだけ。これ以上突っ込まれてもこまると思ったのか、場の空気を切り替えるように彼は壁の時計を見やった。「先輩、そろそろミーティングの時間じゃないの」「え、もう?」時刻は6時を回ろうとしている。今日は風間隊が防衛任務なのだろうか。手帳を開いてミーティングの時間を確認している先輩のそばで、同じように手元を覗き込んでいる菊地原を見ていると、ふと彼の視線が持ち上がった。怪訝そうな色の中にオレが映る。

「なに」
「いや、わざわざ先輩呼びに変えたのに、未だに名前で呼ぶことがあるのは、癖というよりは気を許してる証拠なんじゃないかと思って」

ふと思いついた言葉をそのまま零す。オレを見た菊地原の目は面食らったようにしばらく見開かれていて、釣られて手帳から顔を上げたらしい先輩と二人して顔を見合わせていた。てっきり照れでもするのかと思えば、そんなことはなくて大袈裟に肩をすくめてみせる菊地原が鼻で笑うとこう言った。

「この人に敬うところがないからだよ」

菊地原の頭に先輩のげんこつが落ちた。





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( 161120 )