第二次大規模侵攻時の話



、俺と来い」



風間さんの声だ。
そう思った瞬間、ぽす、と顔に柔らかい力を受けて私はまどろみの中から現実に引き戻された。持ち上げた瞼のすぐ先には、いつだったか菊地原が自分用にと作戦室に持ち込んだクッションがあって、まだぼやけた思考の中でそれを抱きしめる。菊地原が気にいるだけあってクッションの抱き心地はばっちりだ。「あ、起きた」と菊地原の声がした。……起こすために彼がクッションでも投げつけたのだろうか。

「わざわざ起こすことないだろ……」
「迷惑そうな顔してたくせに」
「いや、してないよ」
「へえ、じゃあ嬉しいんだ」
「そういう話じゃないだろ」

頭の上で二人の声が降ってくる。心地良く沈んでゆこうとする意識を自我で引き止めて、私はクッションをずらして光を取り入れようとすると、ひょっこりと二人が私の顔を覗き込んだ。

「……おはよ、」
「先輩、歌川が重いってよ」
「……なに、どーゆー……」
「あのさ、自分が図々しく人の膝の上で寝てるって気づいてないでしょ」

歌川が重いってよ、彼の同じ台詞がもう一度耳を通り過ぎると、ようやく私の頭の靄が晴れ始めた。身体を起こすと、私に膝を貸していたらしい歌川が、気恥ずかしそうに私を見て、それから何故か「す、すいません」と謝った。
どういうわけでこうなったのか、身に覚えがないのだが、と私は頭を押さえて記憶を遡ると、そう言えば作戦室で防衛任務の待機をしていた私がうたた寝をうっていたところ、ソファに横になるか、自分が肩でも貸しましょうかと歌川言われて、あまりの眠さにそのまま膝の方へ倒れた記憶がある。横になることと歌川の両方をとったなんて我ながら強欲。

「やー、ごめんね歌川。あまりに寝心地が良かったもんで」
「いや、先輩がちゃんと休めたならよかったです」
「うん、おかげで夢に風間さんが出てきたよ」
「はいはい」

答えたのは菊地原で、私からクッションを取り上げて、スペースのできたソファに身体を投げるように座った。三人でソファに並んで座るなんて変な感じ。ところで風間さんは? と姿の見えない隊長の気配を伺って部屋をぐるっと一瞥する。奥の部屋からはパソコンのキーボードを叩く音がするから、三上が何かデータを整理しているのだろう。だけど風間さんの姿は見えない。寝る前は風間さんの姿もあったはずなんだけれど。

「寝ても覚めても風間さんばっかりだね」
「風間さんなら訓練室にいってますよ」
「なんと。任務までまだちょっと時間あるし、風間さんに稽古つけてもらおうかな」
「邪魔になるからやめなよ」
「えー邪魔になるかなあ」

ポケットに押し込んでいたトリガーを取り出す。菊地原は何を思ったのか、そっと息を吐いて独り言を言うみたいに、

「前は風間さんに近づくのも嫌がってた癖に」

とつぶやいた。菊地原の言うことは間違ってはいなかったけれど、歌川は優しいから諌めるように彼の名前を呼んだ。菊地原の方へ首を傾けると、彼も横目で私を見ていた。細まる視線に、確かに私は風間さんが大嫌いだったなあと、ちょっと長めに瞬きをする。夢の記憶と重なる。そう、ちょっと前までは風間さんと視線を合わせることさえ拒んでいた。だからB級時代、私達風間隊はランク戦で順調に勝ち星を積んでいたけれど、ボーダー内では今にが隊を抜けるに違いないと噂されていた。

「ま、風間さんはすごい人だからなあ」

小さく笑って菊地原へ視線を寄越すと、彼は何か言いたげに口を開きかけたが、結局は言い淀んだまま、クッションの上に顎をのせた。そのまんまじゃん、とそう言いたげな顔。そう、だってそのままだ。皆不思議そうな顔をするけれど、私と風間さんの間に難しい何かがあるわけではなく、存在するものは単純明快だ。きっと菊地原や歌川が風間さんに対してもっているものと何も違わないと思う。そう言うと、菊地原はいつだって納得のいっていなさそうな顔をするのだけれど。
私は風間さんの様子でも見てこようかと、ソファを立ち上がった。菊地原は黙ったままだったが、不意に、彼が何かに反応するように、顔を上げる。外で警報がけたたましく鳴り響くのを聞いたのはそのときのことである。こんなことは日常茶飯事なのだけれど、作戦室の外がやけに騒がしい。たぶん、その場にいた誰もが只事ではない空気を感じていた。

「騒がしいな、一体どうしたんだ……?」
「んー、三上、どうなってんの?」
「はい、どうやら大規模なゲートの発生を確認した模様です、現在ゲートの数、50を突破。以前増加中です」
「……ワーオ」

ぽかんと開いた口が塞がらない。来たかもね、と他人事のように言ってのけた菊地原の言葉に、誰も何がとは問わなかった。何故ならきっと誰もが皆も四年半前の第一次大規模侵攻のことを思い出していたはずだからだ。窓の外の様子を伺うと、本部の周りの空は厚く薄暗い雲に覆われ、その下に無数のゲートが開かれている。突然叩きつけられたイレギュラーに、私達は表情を曇らせる。近々どこかの国のネイバーが攻めてくるかもしれないと風間さんから話は聞いていたものの、ボーダーに入ってからここまでゲートが開かれているところを見たためしがないのでたじろいでしまう。それから私達は風間さんを呼んだ方が良いのではないかと話し合う間もなく、程なくして風間さんが作戦室へ姿を現し、私達はトリオン兵討伐に出動することになる。

トリオン兵は本部から見て、東、南、南西、西、北西と幾つかの集団を形成して市街地に侵攻しているらしかった。私達が東地区に到着したときには既に南の方で銃声が響いていたので、もう交戦が始まっているようだ。
指定されたポイントでは、市街地へ飛び出していこうとするモールモッドの姿が見えて、私はとっさにハウンドで牽制する。素早く前に回り込むと、遅れて菊地原が横へ降り立ち、ひるんだトリオン兵たちを切り捨てた。

「よりによって僕らが任務のときに何でこんなめんどくさいことになるわけ」
「任務でなくてもこれじゃ、招集かかってるよ」
「そりゃそーですけど」
「良いじゃん良いじゃん、千本ノックとか出来るよ、わくわくじゃん」
「脳筋の発想だよもう」
「二人とも無駄話は後にしろ」
「う、は、はい」
「……すいません」

風間さんに諌められ、私と菊地原が顔を見合わせた。ちぇ、って顔。多分私も似たような顔をしているのだろう。私達はよく叱られる。

「本部からの指示では俺達は、このまま本部の方へ迎撃を進め、同じく東地区担当の諏訪隊と合流する」
「了解」
「常に連携の取れる位置取りを忘れるな」

風間さんの言葉に小さく頷くと、全員が一斉に走り出した。数歩先を走る風間さんや菊地原、歌川がスコーピオンを的確にモールモッドの目玉に向かって突いてゆく。相変わらずだが、一切の無駄がない。それに遅れをとらぬよう、地面を蹴った私は鎌を大振りすると旋空孤月を放った。三日月の斬撃は十数メートル先のトリオン兵達を薙ぎ払い、道が開ける。そこへ菊地原が先行して前方に出現したバムスターの方へと飛んだ。背後から抉り取るように二本のスコーピオンを叩きつける。たちまちバムスターは身体を大きくしならせ、頭をもたげた。鎌を握りなおすと通信機から菊地原の声がした。

先輩》
「あいよ!」

身を低くし、速度を上げる。進路上に躍り出るモールモッドを風間さんと歌川が蹴散らし、私は残骸を交わしながら宙へ跳ねると鎌を大きく振りかぶった。

「せぇーのッ!」

ズン、と重たい音と共に、大鎌がバムスターの脳天に突き刺さり、刃がそのまま急所を貫通する。衝撃に土埃が舞う。
口元を被いながら、相変わらずパス回しが上手いなあと菊地原へ視線をやると彼もまた崩れるバムスターの背の上から私を見つめていた。視線がぶつかると、彼はべ、と舌を出して顔を背けてしまったから、つれなさも変わらないと言って良い。バムスターの装甲は粉々に砕け散り、目標が沈黙した。

「芸がないよね。こんなバラバラ出てきてさ。こんなんじゃうちらが勝つの目に見えてるよ」

三上のサポートで視界には次に倒すべきターゲットが映し出された。それにトリオン兵の足の攻撃をかわしながら菊地原は逆手に持ったスコーピオンを目玉に突き立てる。もともと任務の間ことあるごとに文句を垂れるような奴だったけれど、こんなときまでその癖が出るということは、相当余裕なのだろう。

「いや一体一体は大したことはないが、これだけの数だと長引けば不利だろ」
「えー、歌川の言うことも分かるけど、非番の隊員も来れば余裕だと思うけどなあ。もしかしたらこれだけで終わらなかったりして」
「何それ、たとえば?」
「それは分からないけどー。何かこっちをつぶせる秘策があるとか。何事も用心ですよね、風間さん」
「そうだな、ラッドを送り込んだところと同じ国の襲撃ならまだ何かあってもおかしくない」

すれ違いざまにトリオン兵を切り捨て諏訪隊との合流ポイントに急ぐ私達の動きは最早、流れ作業に近い。諏訪隊との合流まで残り50を切ったことを三上が告げたとき、誰かのベイルアウトを確認した。「……誰ですかね」と歌川が零す。緑色の光の筋が本部へ飛んでいくのを横目で見遣りながら、いくらなんでも早すぎやしないかと私は怪訝に思う。一方で、東さんからの新型トリオン兵の情報が入ったことでベイルアウトしたのは小荒井であることが分かった。どうやら殺した大型トリオン兵の腹の中に隠れていたその新型から逃れるためのベイルアウトだそうだ。
ふうん、隊員を捕獲するトリオン兵、か。

「……なるほど、だからか」
「どうした、菊地原」
「諏訪隊のところ、急いだ方がいいかもしれませんよ」
「え、どういう、」

菊地原の耳が何かを捉えたのか、合流を急ぐことを促した彼に、私が言葉を言い切るよりも前に、諏訪さんのもがき苦しむような声が私達全員の耳に届いた。諏訪隊が倒したらしい地面に横たわるトリオン兵達をかわしながら、嫌な予感を胸に狭い路地を抜ける。ようやく視界が開けた先で、私はハッと息を飲んだ。そこにあった光景は新型トリオン兵の中へ諏訪さんが取り込まれるその瞬間だった。側には堤さんと彼に支えられてぐったりとしている比佐人の姿がある。私達は新型が二人に飛びかかるすんでのところで、二人を救出することに成功したが、廃ビルの屋上へと回避した私達を、新型トリオン兵がぎょろりと見上げていた。
一体諏訪さんがどうなったかは分からないが、一刻も早くあの新型を倒して中の諏訪さんを助けねばならない。

「下がってろ諏訪隊。この新型は俺達がやる」

風間さんは代わりにと、諏訪隊に別の部隊の援護に行くよう指示を出した。確かに、今ばかりはこんなふらふらの二人では足手まといになりかねない。しかし、虚ろな瞳で私達を見上げた比佐人は諏訪さんの救助に加わりたいと引き下がらなかった。彼は諏訪さんが捕まったのは自分のせいだと言うし、気持ちは痛いほど分かる。けれど、こちらの連携の中に水を差されても困る。

「アタッカーの連携はガンナーよりシビアだ。慣れない奴が入ると逆に戦闘力が落ちる」
「でもこのままじゃ引き下がれないです……!」
「じゃあ勝手に突っ込んで死ね」

ぴしゃりと言い放たれた言葉に、心臓が跳ねた。自分が言われているわけではなかったけれど、孤月を握りしめる手に力がこもる。「それでお前の役目は終わりだ」と続けた風間さんに、比佐人は返す言葉がなかったようだ。歌川にも諌められ、結局は彼は、堤さんと渋々他の隊員の援護に回ることを承諾した。私は、新型対策のB級合同部隊の方へ走り出して行った二人の背中を一瞥してから、こっそり風間さんの横顔を盗み見る。彼の言い分はもっともだが、ちょっと言い方がきついのではないだろうか、なんて。胸が冷えるような思いがして、そっと目を伏せる。風間さんはいつだって冷静で正しい。それでも理屈とか正論とは別のところにあるもっと人間らしいところというのを汲んでくれたってと、私はちょっとだけ思うのだ。

「不服そうだな
「……っべ、別にそんなことは」
「ああ、先輩って正論より感情論ばっか口にする人だしね」
「そんなんじゃ……。ただ、比佐人の気持ちは分かるなと、思っただけです。私も風間さんがあんなことになったら、絶対怒りで我を忘れそうだし」
「すごい想像できるんだけど」
「……だな」
「あ、愛だよ愛、隊長への愛!」

風間さんが比佐人の気持ちを理解していないなんて思わない。風間さんは優しい人で、きっとそういうのを全部わかった上でそれでも最良を選べる人なのだ。実際、比佐人は可哀想だとは思うが風間さんの判断が間違っているとは思わない。
私の台詞に、菊地原が何か言いたげな顔をしていたけれど、どうせ私を貶す言葉しかでてこないだろうと、あえて触れてやることはしない。

「とにかく、は今の風間さんの対応に文句はありません」
「……この際言っておくが、万が一俺が『そういう』事態に陥ってが勝手な行動をするようなら菊地原と歌川がを止めろ」

風間さんが頭を押さえて二人に告げた。菊地原が渋い顔をしたことなんて、見なくても分かる。でもしようがないだろう。風間さんは私の心の拠り所だ。風間さん自身がそうさせた。いなくなったら気だって狂う。

「……勘弁してよ」
「……皆私を信用してませんね。まあ風間さんに何かあったら殺すじゃ済まないですけど」
「やっぱりこの人脱隊させた方が絶対良いよ」
はうちの大事な火力だからな」
、風間さんのために超頑張ります」
「何でもいいけど『隊長愛』もある程度加減してよね」

自分だって風間さんのこと大好きな癖に。とは、口には出さなかったがこっそり心の中で言い返す。新型を目の前にしてこんなふうにいつも通りの会話が出来るのはそれだけ私達に余裕があるということなんだろう。諏訪さんごめん、すぐ助けるよ。細められた菊地原の瞳に大袈裟に肩をすくめると、丁度足元から新型が廃ビルへよじ登ろうとしているのが見えた。

「……登ろうとしてますね」
「……。んー、あの、風間さん、」
「ああ、良いぞ」
「よし。んじゃ、初手いっきまーす」

装甲がかなり硬いという話だから私の腕力がどれくらい通用するか気になるところで、私は第一波に名乗り出ると、風間さんは新型から目をそらさぬまま簡潔に返事をした。そうこなくっちゃ。私は鎌を右肩にかけてひゅっと屋上から飛ぶ。
そのまま足を振り上げ新型の頭に向かって踵を叩き落とすと、鈍い音とともに壁にへばりついていたトリオン兵は地面へと落下していった。硬い。いつもならばあるはずの手ごたえがない。実際叩きつけられた体は傷一つなく、それはバネのように跳ね起きて下へ着地した私達を捕捉している。

「ヒビも入ってないな」
「蹴り入れた感じもめちゃ硬かったです」
「面倒だな、なら……」
「――っ風間さん、来ます!」

ぶおん、と殴り付けるようなら勢いで、新型の右腕が空を切る。咄嗟に私と風間さんは後ろへ大きく飛んでそれを回避した。小型なだけあってか、動きも速い。こちらに四人いることが救いだが、これだけ速いと攻撃が当てづらい。その上に装甲が厚いとなると、致命傷を与えることはなかなか難しくなりそうだ。
完全に臨戦態勢に入ったトリオン兵との間合いを取ると、私は細かく砕いたハウンドで新型の足元を狙う。私のようななんちゃってシューティングではダメージを与えることができるとは思えなかったが、攻撃を与える隙を作り出せれば良い。そうして気をひいた隙に、歌川が腕を落としに切り掛かった。装甲に刃の弾かれる甲高い音が響く。彼もまた苦い表情を浮かべている。そのまま腕を踏み台に歌川が跳ねるように後退すると、バランスを崩したトリオン兵に続けざまに菊地原が二刀のスコーピオンで切りかかった。

「硬すぎ、何これ」
「ッどりゃ!」

菊地原の攻撃から間髪を入れずに、ガァン! と横にフルスイングした鎌を腹に突き立てた。まるで鋼鉄を殴っているような反動だ。この要塞に刺さるとか流石脳筋、と菊地原の意地の悪い声が頭上に降ったがそれよりも刺さった刃の先が抜けない。完全に敵の懐へ入り込んでいた私と、それから奴の背に足をつける菊地原に、新型の腕が伸びた。

「やば、」

咄嗟に蹴りを繰り出してその力と逆へ鎌を引き抜く。半ば後ろへ転がるように腕から逃れると舌打ちをした菊地原が私の前に素早く降り立ち、私を追う右腕をいなしてスコーピオンを構え直した。続けて菊地原は風間さんや歌川と連携し三方向から新型へ同時に刃を滑らせる。しっかりしてよ、と菊地原の声。

「ありがと、菊地原」
「後で何か奢ってよね」
「いや、代わりに菊地原がマジでやばいときは守ってあげるから」
「そんなときないよ」

減らず口め、と思いながら振り下ろされる拳を孤月の柄で受け止める。ばき、とついている足のコンクリートが砕けた。どんだけ力強いんだよこいつ。しかしやはり情報にあったトリガー使いを捕獲するためのトリオン兵なだけあってか再び私を捉えようと逆の手が伸びたので、今度はしっかりシールドでかわしながら後退する。

「掴まれるなよ。電撃にも注意しろ」
「了解」
「了解です」
「先輩はともかく、捕まりっこないですって、こんな単純な動き」
「オイコラ!」

私が口を尖らせたタイミングで、敵はすぐそばにいた菊地原へ標的を変えた。乱暴に腕を振りながら菊地原を追い回し始める。助太刀に入るか、と鎌を回したとき、新型は突然道路へ拳を叩きつけ、粉塵を巻き起こした。その直後の寸刻の間に、風間さんが私と歌川を見て頷いたので、指示を悟った私達は煙に紛れステルスモードを起動する。うわ、やだなあ、と菊地原がぼやいたのが確かに聞こえたが、次の瞬間、受身の態勢をとった菊地原へ、勢いに任せた新型の拳が打ち込まれた。彼の体は民家へと叩きつけられた。痛そう。瓦礫の中から菊地原の身体が起きる。彼は至極面倒そうな瞳をこちらへ向けていた。

「ハイハイ、こっちこっち……」

完全に釣られた新型は彼にとどめを刺さんと飛んで行こうとしたが、好機だと前方から風間さんと歌川、後方頭上から私が太刀を振るうために飛び出す。それよりも早く、動きを止めて急所を覆い隠されたことにより、私達の刃が弾かれてしまった。崩された体勢を宙で立て直し、そばの建物の屋上へ降り立つ。ここから見るに、私が鎌を突き立てた脳天にはヒビが入ったことが確認できる。隣に着地した風間さんが煩わしそうに目を細めていた。この装甲の硬さはやっかいだ、って思ってそう。もう少し斬撃に力を入れるべきか。自らの両腕へ目を落として、鎌を強く握りなおすと、歌川が大丈夫ですかと私を覗き込んだ。まだまだへっちゃらだ。

「もう何やってんですか、一撃で決めて下さいよ。せっかく僕が囮役になったのに」

下でぼやいている菊地原の左頬は赤く腫れている。これ、痛覚を切っていなかったら相当痛いだろうな。

「ステルス攻撃に反応された」
「こいつの耳がレーダーっぽいですね。目よりは鈍いみたいですが」
「菊地原ほっぺ赤くなってるよ大丈夫?」
「ていうかそもそも囮は先輩の役目でしょ」
「臨機応変だよ臨機応変。位置取り的にこれで良かったでしょう。大体指示出したのは風間さんだもーん。異議なーし」
「でも、かろうじてヒビが入ったくらいで全然役に立たなかったよね」
「ちちち、先輩はまだパワーリミッター7割解除ですよ」

フルパワーにしたら粉々だぜい。とVサインを送ると、風間さんが私を一顧して、そうだなと頷いた。

「菊地原、装甲が厚いのはどのあたりだ」
「……特に厚いのは両腕、あとは頭と背中。これ削り取るのしんどいですよ。うちの脳筋でも微妙なとこ」
「脳筋って誰のことだコラア」
「いや、問題ない。
「はい?」
「もう加減はしなくて良い」
「ほ……」

思わず変な声が出た。珍しい、と歌川と顔を見合わせる。いつもはなかなか許可なんて出さないのに。恐らく諏訪さんが捕らえられ安否も謎であるこの事態が、そうさせているのだろう。

「……えーと、ぶっ壊しちゃって良いんですか?」
「好きにしろ。カバーする」
「……。ほ、本当に、本当にいいんですよね」
「なんだ、信用できないか」
「まさか。風間さんのことはウルトラ信用してます」

ただ、私の暴走がどうという話をしたばかりだったから、少し躊躇っただけだ。私が暴れる許可をもらうことは殆どない。訓練ではその機会があっても、実戦ではまだ片手で数えられるほどだと思う。この連携は『互いに』相当集中力を使うので、さあやろうと言ってすぐにできるものではないし、隊のメンバーを含め周りにひどく迷惑をかけるものなので、仕方がないとは思うが。

「こっちに飛んでこないでよ」
「それを約束したら全解除じゃなくなるよ」

菊地原の文句に苦笑しながら、私はそっと鎌を掴み取る。風間さん達が押し黙ったのが分かった。
私はトリオン兵の気配だけを捉える。今はそれ以外は全部いらない。
そうしてひゅっと一気に空気を胸へ取り込むと、私は視界の中へ新型を捉え、力強く地面を蹴った。






本部 
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あけましておめでとうございます。またもや書きたい話を書きたいだけ戦法すいません。00にヒロインのパラメーターも更新しました。