タマガタワーでの攻防の話04


私は目的の場所に辿り着くことも、来た道を引き返すこともできず、だだっ広いフロアの中で、たった一人で戦い続けていた。
再生するトリオン兵を掻い潜りながら一気に駆け抜けるには、どうしたって一人が道を切り開いている間に、もう一人が素早くそこを通過する他ない。つまり、私は道を開ける役を買って出たのだ。わざわざグラスホッパーまで踏ませて、三輪の姿が見えなくなった途端、酷く後悔をした。振り返る先に、米屋の姿すら見えない。
それからどれくらい経っただろう。もとより私はトリオンが多い方ではなく、どちらかと言うと小南のように敵を一気にどかどか倒して行くタイプなので、あまり長期戦に持ち込まれると、分が悪い。しかし、言い換えてしまえば、三輪がカタをつけるまでの間、上手くかわしてやり過ごせばいい、そういう話になるだろう。むしろそういう話であって欲しいところだったのだが、もはやそんな甘い状況ではなかった。事態はもっと悪い。

「……死亡フラグ立てて置いたつもりなんだけど、まだまだこき使われるとはね」

三輪へ道を作りそれで終わったはずのこの場においての私の存在意義というやつは、珍しく彼に援軍を要請されたことで息を吹き替えそうとしていた。
そうなる前から最上階に辿り着いたらしい三輪が苦戦していることだけは通信を通して辛うじて私にはとどいていた。しかし気にはかけつつも、他人の心配をしている場合でもないので、ただ無心に目の前のトリオン兵を薙ぎ倒すことに専念していた。そんな私へ不意に『』と三輪の声が届いたのだった。

「何、今忙しいっ」
『すぐにこっちに来れるか』
「はいい!?」
『トリオン兵の再生のスピードが早くて潰しきれない。巣に触れている全ての足を落とす必要がある。お前の協力が必要だ』
「んなこと言われてもねえ……!」

動きたくとも前にどころか、米屋のところにすら戻れないというのに。見上げる最上階までの道は目前ではあるものの、そこには数の減らぬトリオン兵だらけだった。

「米屋は、」
『悪ぃ、俺もちょい今、……よっと、忙しいんだけど!』

話を聞いていたのか、通信機から米屋の声がした。確かに、私がこの場で突破できていないのに、米屋に来いと言うのも無茶な話である。通信越しでも、攻撃が敵に通じない三輪の苛立ちが伝わるようで、私はトリオン兵の攻撃をいなしながら、唇をきゅ、と噛み締めた。蓮さんの方でも打開策を考える、なんてやり取りが聞こえるけれど、誰もがそんな時間は残されていないことは分かっている。大きく息を吐くと、私は乱暴にハウンドをぶっ放した。

「――あああ、分かった、分かったから!」
、』
「出し惜しみなしで何とかそっちに行くから、私がついたら一発で決めてよね!」

それから三輪がどうなったかは知らないが、現状に至るまでのやり取りはそんなふうだった。きっといつもならこうはならなかったかもしれない。正直、これまで三輪と任務を共にすることはあっても、三輪とここまで関わるようなことは、たぶんなかった。あの三輪が私に頼みごとをすることだって。
ちくしょう、もしかして私が今日ちょっと頑張っているのは風間さん効果ではなく三輪効果か、学校で冷たくされたばっかだしな、……あ、いつもか。私は送り出した三輪の背中を思い返しながら、私は宙に並べたグラスホッパーを力の限り踏み込んだ。
結局のところ、隙を窺ったところでこの量ではそこを突くのは難しい。ならばいっそ突っ込んでやったほうが私らしいではないか。虫の群れに飛び込もうとしている自分の無謀さには寒気がするけれど、頬を強く叩くと、グラスホッパーの勢いに乗せて、目の前を塞ぐ大型に向かって鎌を振りかざす。

「邪魔だああうおりゃあああどっけえええこのやろおおお」

きっと菊地原が聞いていたらこんな私を馬鹿にする。でも叫んでいないとやっていられない。捌ききれない相手の斬撃に、腕や腹が裂けてトリオンが漏れていく。くそ。もったいないという気持ちは今だけは頭の片隅に追いやって、突破することだけを考える。「っらああああ!!」覇気を込めて鎌を振り切ると、途端に道が開けた。

「――よし、抜けた!」

力任せに飛んだ身体が階段の折り返し地点の壁にぶつかりそうになりながら、それを足で蹴って向きを切り返す。速く、速く。
目と鼻の先に見えたイースト、50Fの文字に、私は大釜を振りかぶった。

「三輪ッ!」

ずがん、と喧しい音と共に、扉が吹っ飛ぶ。中にいた三輪が振り返った。目が合った彼はどういうわけか風刃を構えている。それから、ちょうどその風刃に足を全て落とされたらしいボスのトリオン兵が床に倒れてゆくのが私からは見えた。あれ……?
そうして私が床へ足をつけるときには、たちまち周りのトリオン兵達が消滅し、囚われていた客がばたばたと解放されていったのだ。

「な、は……」
「……なに間抜けな顔をしている」
「だって、私、……いや、何で風刃が」
「今さっき本部から届いたものだ。どうやら迅さんの進言らしいが……が来れない場合を考慮して一気に足を落とすのに使えと」
「……」
「……」
「……さいですか」

じゃあ、結局私が頑張った意味はなくて、ただの役立たずだったわけだ。腕から漏れるトリオンを押さえていた腕を下げる。何だか急に鎌が酷く重たく感じた。後ろから、「やったな秀次ー!」なんて米屋の声が聞こえる。なんだよ。ていうか来るの早いよ。

「……あーあ」

疲れた。酷く、疲れた。
換装を解いて、その場に立ち尽くしていると、タックルよろしく飛びつくように腕を肩に回してきた米屋を支えきれずに私はそのまま床へ倒れた。痛い。「おいおい大丈夫かよ」とか耳元で騒ぐ米屋。うるさいばか。心で思っても口に出す元気は出なくて、米屋に潰されながら床に張りついていた。三輪もいつの間にか換装を解いている。彼を見上げると、三輪はやっぱり私達を呆れ顔で見下ろしていて、それに私はちぇっと不満に思うのだった。
こうして新型トリオン兵のタマガタワー襲撃事件は、無事に幕を下ろしたわけなのだけれど、実際はそれで、はい解散、となるわけでもなく、それから私達は本部へ戻って今回の報告をすることになった。まあそれにしたって三輪と米屋と出水と古寺と私なんて不思議な組み合わせだ。
ちなみに報告は案の定ほぼ三輪がして、それが終わると米屋は「休日出勤だから自分を労ってジュース買うぞジュース」とか意味のわからないことを言って廊下に設置された自販機へかけ出して行った。私達はその後から、歩くペースを変えずに彼の後を追う。「ゴチになりまーす」と出水がその背中へ投げかけた。

「え、マジか米屋奢ってくれんの、太っ腹ー。私もよろしく」
「いや奢るなんて言ってねえっつの……」
「じゃあ三輪隊長ー」
「何で俺がお前らに奢るんだ」
「隊長だから」
「俺はお前の隊長じゃない」

そうため息を漏らす三輪に、私って三輪のこういう顔ばかり見ている気がすると、ふと感じた。私はそんなに三輪を困らすようなことをしているだろうか。……いやしているから彼に距離を置かれているのか。
三輪と視線が合うと、彼から視線を外して、「……じょーだんですけど」と呟いた。彼が怪訝そうな顔をしたのは見なくても分かった。

「え、何、この空気喧嘩?」
「米屋先輩……」
「どうしてそうなる。俺は何も言ってないだろ。が勝手に様子がおかしいだけだ」
「つうかそんなん言ったらタマガタワーから帰って来る時も変だったっつうか、機嫌悪かったじゃん?」
「まあ、一番一緒にいたのは三輪先輩ですけど……」
「いやがおかしいなんていつもだろ」
「出水後でぶった斬る」
「すんません」

いつの間にジュースを買って来たのか、パックを手にしている出水の横腹へパンチを繰り出した。「別に。何だかなあって、思っただけだし」本当にただ、それだけ。何だかなあって何だよと米屋。私は答えない。
報告を終えた私達は行く当てがないので、ラウンジに向けて歩き出して、それに皆は黙って付いてきた。もう仕事自体は終わったのだから、一緒にいる必要もないのに。出水は、ストローをくわえながら、私の隣に追いついて、こちらを横目で伺っているようだった。

「何の話だ」

三輪が問う。何の話って、ある意味でこれは何の話でもあるし、ある意味で何の話でもない。

「今は三輪にケチをつけたい気分なんだよ」
「はた迷惑なやつだな」
「だって、結局一人でもやるのかよ、って思うじゃん」
「……だから何の、」
「一人で勝っちゃったじゃん。三輪は、一人でもやるんだよ、いつも」
「……」
「倒せるなら一人でも何でも倒せば良いんだけどさ。良いんだけど、何かなあってなるじゃん」
「あーこれただのやつあたりだろ、間に合わなかったことの」
「出水ってもう少し私に気が使えないのかね」
「はいはいよしよし」

出水が私の頭を押さえるように触れて、乱暴に撫でた。慰めのつもりだろうか。何だよ、やっぱりはじめから私なんて要らないんじゃん。だったら出水でも連れて行って、私は待機してても良かったじゃん。
出水の手つきは雑で、痛い上に髪が乱れる。

「みわぽんは私を友達としても戦力としても使いこなそうとしないよね」
「みわぽん……」
「変な呼び方をするな。大体、今回は戦力外にしろと言ったのはお前だろ」
「そーだけどー……」
「陽介は笑いすぎだ」
「みわぽん……」

私は米屋を咎める三輪を瞳に数秒捉えて、それから肩をすくめた。三輪が私を弱いと思っていないことは分かっている。多分彼は私をうまく使えと指示を出されたらきっとうまく使える。だけど、そうではなくて、私への理解が足りないとか、そういう話ではなくて。

「三輪の中に『』って言う選択肢がいつもない気がするなあ」
「考えすぎですよ先輩。だって今回は先輩を呼んだけど、それより風刃の到着が早かっただけじゃないですか」
「そう言うんじゃなくてさ、まあ、良いんだけど」

別段今日あったことを話しているわけではなくて、ただ、これまでのことを合わせて、ふと思っただけだ。今回まさにそれを感じたわけじゃないから。ただ彼は私との間に間違いなく壁を作っていて、それを節々で感じるわけで、何だか一人で最上階に送り出した背中とか、風刃でトリオン兵をあっという間に片付けちゃったこととか、そういうことを考えたら悔しくなっただけ。
まあ、良いんだよ。今の話は、なし。「ジュース飲もう」と私も自販機の方へ歩いて行くと、後ろで「お前は何か勘違いして、……」と三輪が言いかけたのが聞こえた。けれど、彼に振り返ろうとする私の視界には、三輪よりも先に、向かいからやってくる風間さん達の姿が見えたので、頭からそのことは一瞬にして抜け落ちた。反射的に、ばっと両手を挙げる。

「風間さん!!」
か」
「かっざまさーん!」
「……こら走るな」
「感動の再会じゃあるまいし、いちいちうるさいんだよなあ」

菊地原の嫌味はともかくとして、私は風間さんに向かって駆け出すと、前からそのまま飛びついた。風間さんはジャケットに手を突っ込んだまま私の突進にも微動だにしない。あああかっけえ。

「お前達ももう戻ってきていたんだな」
「合流できなくてごめんなさい、風間さんお怪我は」
「大丈夫だ」
「別に先輩いなくても余裕だったし」
「それより、タマガタワーの方でもトリオン兵が出たって聞きましたけど」
「いやまあ、いろいろあったけど最後は三輪が風刃でばっさり! て感じ?」
「そうか。何にせよご苦労だったな。も、三輪達も」

ぽん、と風間さんの腕が私の頭に周り、私の後ろでは三輪が「いえ」と曖昧に答えたのがわかった。すると菊地原の視線が私を一瞥した。「あ、そうそう、今回のトリオン兵、蜘蛛型だったんでしょ」と彼が口を開く。意地の悪い声色に変わった。

「先輩、役に立たなかったんじゃないの?」
「はー風間さん菊地原が意地悪します。は頑張りました」
「どーだか。先輩って虫になると根性なくなるからなあ」

さりげなく風間さんから腕を引き剥がされて、私は大人しく菊地原の隣に並ぶ。が、風間さんが、私の腕を掴んで歌川の方へ移動させた。多分、菊地原の隣にいると余計に喧嘩するからだろう。歌川がこっそり苦笑していたのが、私には見えていた。こいつ。

「まあ相当ビビってたよな。ナーイス遠距離攻撃」
「もしかして出水に向かって旋空孤月打ったの根に持ってる? めっちゃごめんね」
「出水に向かって? どういうことだ。情けない戦い方はするなと伝わっていなかったか」
「いや、……あー」
「三上に仮想戦闘モードで虫でもプログラムしてもらえば」
「菊地原変なこと言わないの」
「いや、また部屋を壊されても困るしな。考えておこう」

え、考えておくの。まじかよ。そりゃ私だってあんなこと二度とごめんだけど。まさか本気じゃあないよね風間さん。菊地原の戯言だよね。思わずそばにいる歌川を見ると、彼は微笑んでそれをかわした。何か言いたかったけど何も言えなくなる。歌川の笑顔っていうのは何ていうか万能だ。いい意味でも悪い意味でも。出水が菊地原のふざけた提案に乗り気で話に参加しているそばで、ずっと黙っていた三輪が「でも」と口を開いた。

「確かには初めは使い物になりそうになかったが、足手まといにはならなかったし、きちんと戦力になっていた」
「……お?」
「ま、確かに根性は見せてたな」

米屋が三輪の後に続いて、まさか褒められるとは思っていなかっただけに狼狽えた。何だよ、さっきまで私と三輪は何かこう、ギクシャクしていたんじゃなかったのか。なんでなんだ。

「あ、もしかして三輪、私を三輪隊に引き抜こうと」
「行くぞ陽介、古寺」
「ちょっと冗談ですけど!」

さっきまでアヒルみたいに後ろについてきたくせに三輪は米屋達を連れて来た道を引き返して行った。多分作戦室に帰るのだろう。出水だけがその場に取り残されて、しばらく私達と三輪がいなくなった方を交互に見て「俺も作戦室に顔出そうかな」とか言って消えた。お前ら作戦室大好きかよ。誰もいなかったらどうすんだ。特に出水。あ、いや、オペレーターは大体いるか。

「ていうかさ」
「うん?」
先輩って絶対三輪先輩に嫌われてるよね」

あっという間にその場は風間隊のみとかいう完全なるホームグラウンドになって、一体今の騒がしい時間はなんだったんだろうと思いながら、そう言えば自販機から取り出し忘れていたジュースを拾い上げると、菊地原が三輪達がいなくなった方を見て不意に言った。

「ばっか、ねーよ。こんなんちょっとしたコミュニケーションじゃん。私と菊地原みたいなさあ」
「僕は先輩のこと同じチームの人以上の認識したことないけどね」
「またそういうこと言う、風間さんー」
「二人とも仲良くしろ」

風間さんはこういうときはとても雑になる人だった。まあそれは、私と菊地原が本当の本当は仲が良いことを知っているからだと思うけど。

「私は皆と友達だからな。菊地原とも歌川とも三輪達とも」
「思うのは自由だよね」
「あーいや、でも待って。菊地原達は友達って言うか、なんかあれだな、家族」
「はあ」
「名付けて風間家」
「……思うのは自由だよね」

完全に呆れ顔になった菊地原のそばで、「先輩は妹っぽいですよね」と歌川。

「さりげなく歌川に貶された」
「あっ、そういう意味じゃ」
「ていうかまた風間さんがいない」
「あーもう先輩が馬鹿みたいなこと喋ってたせいじゃん」
「菊地原って可愛くない弟って感じだよね」



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「お、出水おかえり」
「あー太刀川さんいたんすね」
「聞いたよ出水君〜」
「え?」
「あ、そうそう。お前とデートしてたら新型に邪魔されたんだって?」
「はあああ、ちっ、違いますから何言ってんの太刀川さん!」
「出水君満更でもなさそうだよ」
「でもを貰うには風間お父さんっていう関門があるからなあ」
「風間隊ってファミリーだもんねー」
「風間ファミリーってなんかマフィアみたいだな」
「なんかもう何の話ですか」




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