タマガタワーでの攻防の話01

※アニメオリジナル,エルガテス編の話です

「出水君は歴史の課題終わってるんですか」

そう俺に尋ねて来たのは米屋陽介だった。なに出水君って、気持ちわる、と思ったけど、彼の問いの所以は聞かずとも察することができて、もはや馬鹿という言葉を通り越して哀れみを覚える。こんなことを聞いてくるということは、彼はまだ課題に手すらつけていないに違いない。こいつはいつだって課題を後回しにして先生や三輪に説教を食らっている。
米屋のいう課題は、指定された歴史の博物館のひとつに行って、レポートをまとめて発表するっていうそういうやつだった。正直面倒の一言に尽きる課題だけれど、俺やは遠征に行く前から、この課題が出ることを伝えられていたし、遠征先からいつ帰るかもはっきりとは分からなかったから、課題のハードルの高さも猶予も他の奴らより少し甘く設定された。そうはあっても、真面目には取り組んだけれど。

「俺はあと少しで終わる。……つうか、その課題、提出3日後じゃなかったか」
「そうそう、そうなんだよ。俺まだやってないことに気づいてさ」
「あっそう」
「手伝って下さい」
「無理」
「そこを何とか! つうか、歴史資料博物館についてきてくれるだけで」

パン、と両手を合わせて頭を下げる米屋。この姿は今までにも幾度も見たし、三輪やにしているのを傍目からも見たことがある。俺は頭を掻くと、ううん、と小さく唸った。

「あー……俺もまだ終わってないって言っただろ。博物館には行っても良いかなとは思ってたけど、お前と行くと何だかんだで時間使っちまうんだよ」
「俺といると楽しいってことじゃん」
「ポジティブか。つか、まだ現国の課題もやんねえとだし」
「……え、現国の、課題……?」
「お前もう学生やめたほうが良いな」

最近は、三門市ではなく、その周辺の町にもネイバーが出現する事態が相次いでいて、その都度、非番の隊員も御構い無しにネイバー討伐に駆り出されていたから、課題を片付ける時間がないのもうっかり忘れるのも分からなくはないけれど、米屋の場合はきっとそうでなくても同じ未来はあっただろう。

「こうなったら秀次かに頼んで、」
「歴史の課題に関してはに頼んでも俺と同じこと言うと思うぞ」
「何で」
「ボーダーの任務で俺ももしばらく学校来れないって担任に話通したときに、俺らはこの課題の博物館に行くって条件は外してもらったからだよ。あと締め切りもお前らより一週間長い」
「これが遠征組の特権か……」

まあ、俺は時間あるときにでも博物館はちらっと見に行くつもりではあるけど。
米屋は肩を落として、しょぼくれた顔をするのを横目で見ていると、どこかへ出ていたの声が「いーずみー」なんて俺を呼んだ。

「職員室行くよー」

両腕にノートを抱えながら、廊下からこちらを覗き込むから声がかかる。「おー」とすぐに返事をした。そう言えば、今朝のホームルームで昼休みに数学のノートを回収して日直が職員室へ持ってくるようにと頼まれていた。その日直当番というのは俺とだったのである。教卓の彼女が抱えきれなかったらしい分のノートを取ると、米屋が「出水に見捨てられた!」なんて叫んだ。もちろん俺は聞こえなかったことにした。

「米屋が何か騒いでるけど」
「あいつ歴史の課題手伝えってよ」
「ああ、米屋は手すらつけてなさそうだ」
「つけてないって」
「はは、まじか」

後ろの方で、の名前を呼ぶ米屋の声が聞こえる。これがボーダーA級7位だもんなあと思う。は俺の隣で苦笑していた。

「あ、そうだ。歴史の課題といえばさ、出水は終わったの?」
「あとすこーし。は」
「私もあとすこーし。まあ提出はできなくはないんだけど、発表するならもうちょいやっときたいかなあみたいな」

彼女はそう話して歩きながら落ちそうになるノートを何度か抱え直していたので、横からそれを何冊か取り上げると自分の方に重ねた。の視線が移動するノートを追って、それからきょとんと持ち上がる。

「……。あざっす……?」
「いーえ。……で? 課題の話は」
「……あ、そうそう。私、明日と明後日は非番だから隣町のタマガタワーの歴史資料博物館をちらっと見に行くつもりなんだけど、出水も暇なら来ないかなと」
「あー、まあ俺もそこ行ってみようかと思ってた。そんなじっくり見ないんだろ」

米屋の顔が頭をちらついたが、たぶんあいつは三輪あたりを連れて近場の博物館にでも駆け込んで行きそうだと思った。それに、さっさと終わらせてさっさと帰りたい。前回は俺とが米屋の冬休みの課題をみっちり見てやったから今回は三輪に丸投げしてもきっとバチは当たらないだろう。
彼女は、「まあ仕上げの参考に見る感じで」と答えたので、俺は非番の明後日を指定した。
そうして職員室までやって来てノートを届けると、そこには三輪の姿もあった。「みわーん」と隣でが彼へ手を振る。一瞬だけ、彼の表情には戸惑いが見えて、それから「相変わらずだな」と言った。三輪はネイバーのことになると酷く怖い顔をするけれど、普段は何気によく話すし、気のいいやつだと思う。だけど、に接するときだけは、どういうわけかいつだって違和感があった。たぶんそれは自身も気づいていることで。

「職員室で何してたのー」
「別に大したことじゃない。任務で休むときの話をしていただけだ」
「へー。あ、そうだ、三輪、」
「次は移動教室だからそろそろ行く」
「……えっ。あ、はい」

三輪はと距離を置いている。ほんの少し、だけど。彼の背中がすっかり見えなくなってから、俺は彼女に、何を言おうとしたのか問うと、三輪もタマガタワーに誘ってみるつもりだったと答えた。彼女があからさまに肩をすくめる。

「出水」
「はいはい」
「三輪はさんが嫌いなんですかね?」
「え、さあ……?」
「そこは嫌いじゃないよって言うところだろーが」
「いやまあ確かに嫌われてはないと思うけど」
「だべ? 私もそう思うよ」
「聞いた意味」
「確認だよ確認」

ぽい、と投げ出されるように伸びた脚は、三輪の歩いた後を追うように階段を上ってゆく。遅れて、束ねた長い髪がゆるやかに揺れていた。

「たぶん苦手なんだろうなあ、私が」
「あー……そんな感じ」
「初めは普通だったんだけど、何がいけなかったかな」
「そゃあお前の性格」
「よし、トリガー、」
「なぁあああんちゃって嘘にきまってんだろ!」

軽いジョークのつもりだったけれど、ポケットからはトリガーを取り出すものだから、俺は咄嗟に首を大きく振った。短気なところは確かにあるから直したほうがいいと思います。
の隣に追いついて、へら、と作り笑いを浮かべると、彼女は小さく息を吐いてから再び階段を一段上がった。

「あのね、私、欲しいものは絶対に諦められない性分なんですよ」
「は」
「私が三輪と仲良くなるってもう決めちゃったから」
「だから?」
「三輪に絡み倒す」

三輪が哀れだと心底思った。
だって面白いし、良い奴だけれど、たまに絡みた方が面倒臭いときがある。それは特にこちらが面倒だなと思っているときに限って、さらに拍車がかかるのだ。本人曰くそれはわざとだと言う。
それでも憎めないのは彼女の人徳のなせる技か。何にせよ羨ましい限りである。

「三輪と仲良くなって、せめて一緒にチーム組んだときにでもきちんと頼って欲しいね」
「あーこの間のブラックトリガーのときは三輪に拒否られてたもんな」
「私すっごい強いのに、使わないとか勿体無さの極み」
「それは否定はしねえけど」
「まあ、私を使いこなしてくれるのは風間さん一人で十分ではありますが」
「出た風間さん」

1日に一回は風間さんと口にしないと生きていけないのだろうか。以前太刀川さんに聞いた話では、昔はは風間さんのことが嫌いで嫌いでたまらなかったらしいけれど、一体何がどうなったらここまで風間さんラブになるというのか。太刀川さんの言うことだから、間違ってるかもしれない。あの人は戦うこと以外は壊滅的だから。
そうして5限の予鈴が鳴ったところで、教室に辿り着いた。そう言えば食べようと思ってたパンを食べ損なったわ。ぼんやりそんなことを考えていたら、ひょこりとが俺の顔を覗き込んだ。

「んじゃまあ学校終わったらそのまま直行ってことで」
「え?」
「タマガタワーだよタマガタワー」
「あ、ああ。おう」

教室には米屋の姿はなかった。恐らく三輪のところに行ったのだろうと安易に予想がつく。課題を手伝ってやっても良かったかなと今更思いながら、俺はの立てたタマガタワーでの予定のようなものを流し聞いていた。

「そういや出水と二人で出かけるのって初めてか」
「確かに。いつも米屋とか三輪も……、」

いたからな、と続くはずだった言葉が途切れた。あ、そういやふたりだ、と思った。付き合ってもない男女がふたりで隣町。口ごもった俺に、が「お?」と首をかしげていた。
ふたり。え、ふたり。それって何か大丈夫? いや、何がどう大丈夫じゃないかは分からないけど、でも、確かにふたりで出かけたことはなくても、ふたりになる場面は今までたくさんあったし、基地に行くまでとかふたりだったことあるし、基地からの帰りもあるし、任務とか、いやでもそれは任務だし、ってか俺は何するつもりだよ。一瞬のうちにあれこれ頭を巡らせてから、横目でを伺うと、能天気に「遠足みたいだね」と彼女は笑っていた。なんだそりゃ。たちまち頭を悩ますのがばからしく思えてきた。ので、やめた。確かに、規制をされているわけでなくとも俺達はあまり三門市から悠々と出かけられるわけじゃないから、隣町でも気持ちが浮つくのは分かる。加えてタマガタワーは最近新しくできた観光名所だ。でもそれにしたって遠足気分かよ。
それにそう言えばこいつの頭ん中は風間さん一色だった。

「おやつは300円までだからな」
、了解!」

彼女の調子に乗ってやることにして、くだらないことを言ってみた。
俺も大概浮ついていた。



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