※未来のお話です。時系列的には、たぶん二章とか三章とか、そのくらい。 ハロウィンというのは、クリスマスとかバレンタインというものと比べてとりわけ必要性を感じない。もちろんハロウィン以外のイベントだって、ないといけないものではないけど、時期が来ればテレビだってなんだって本当にそれ一色になるし、せっかくだし盛大に何かやるかって、そういう気持ちにはなる。ハロウィンはたぶんあんまりならない。ふしぎだ。 かく言う自分と言う人間は、ハロウィンだって何だってイベントに託けて何か作ったり買ったり、ばっちり食べることを楽しんでいたりはするのだけれど。 香ばしい匂いが狭いワンルームに溶け込んでいく。 「んん、上出来じゃね」 「かぼちゃのスコーンを作る!」と理由もなく仁王に宣言したのはつい昨日のことだ。今年のハロウィンは学校がないので、わざわざ菓子を作る必要もないと思っていたが、こうなったのも「かぼちゃいりますか」と先日さんか俺の部屋にやってきたのが、始まりだと思う。 そういえば彼女の叔父さんの畑でかぼちゃが生っていたなあと、頭の端っこで考えるそばで、俺がうんともすんとも言う前に、彼女は綺麗な深緑のかぼちゃを俺に渡して、満足したように帰ってしまったので、相変わらず彼女は人との関わり方というか、距離感とか、そういうものを測るのが不器用だなと感じた。そういうふんわり抜けたところ嫌いじゃないけど。 その時のことを思い出しながら、でれ、と自分の口元が緩んだのが自分でも分かった時、「うああぁ」と外から声が聞こえた。スコーンにつけるつもりだった生クリームのボウルを抱えたまま俺は扉の方へ視線をやる。 「……、さん?」 思い当たる名前を挙げた時、扉がどんどんと揺れた。ドアスコープからは黒い帽子のようなものが見えて、だけど肝心の本人の姿は隠れて見えない。それでも「まままるいさん」と声が聞こえたので、さんだと確信して俺は扉を開けた。開けて、閉めた。 「わあああなんで、なんで閉めるんだあああ」 どどどど。さっきよりも遠慮のないノックが202号室のドアを揺らす。数秒前の自分の目を疑ってもう一度ドアスコープを覗いたらやっぱりそこにはいかにも寒そうな姿のさんがいた。多分彼女は寒いから俺の家に入りたがっているのだろうけど、今は寒そう可哀想ということは取り立てて言及しないことにして、問題はなんつうか、彼女の格好。いやていうかそもそも寒いというのは彼女の格好が原因なんだろうけど。 「なんで魔女っ子だよ! ベタかよ!」 がん、と扉に頭を打ち付けてその場にしゃがみ込んだ。何だこれ、どうしよう。ハロウィンだから魔女なのか。トリックオアトリートとかするつもりだったのか。普段の彼女ではこういう事態は起こりえない。誰の入れ知恵だろう。ていうか、何あれ、超好み。俺の頭の中では光速で様々な疑問とか感情とかそういうものが飛び交っていた。シナプスが唸る。違う黙れ俺。 馬鹿なことを考えているうちにいつの間にか扉の向こうが静かになっていた。顔を上げると同時に「まるいさん……」と弱々しい声が俺をどきりとさせる。「お菓子ください」あげます。 「……どうぞ」 「あ、開いた!」 跳ねるような声と一緒に冷たい空気が部屋の中へ滑り込んで来た。お菓子作りの甘い匂いの合間を割くようにして、空気が冷やされていく。「良い匂いがしますね」さんの瞳の奥がきら、と光った。 「おっ、スコーンですかな」 「……おう。……ところであの、」 「何でござるか」 「その格好は」 「ああ、あのね、これはハロウィンに何かお菓子を作ろうかと思ってたら幸村君が、お菓子よりこれが良いのではと」 「そうかよ……」 「うん、なんかね、すごい笑ってた。想像してた7倍くらい通気性良くてさむかったけど、変だろうか」 「ううん。幸村君グッジョブだわ」 「ほう、会ったら言っておこうか」 「いや、それはやめておく。とりあえず写真一枚いいすか……」 「ほいきた、丸井さんとハロウィン記念ですな!」 ずり落ちそうなサイズの合っていない帽子と真っ黒のひらひらしたスカートの程良い丈は俺のどストライクだった。俺の携帯に収まったさんのツーショットは誰にも見せずに大事にとっておくことにしようと思う。だけど彼女はきっと一ミリもそういうつもりはなく純粋に仮装を楽しんでいるだろうから、彼女に誠実にあるために俺もやましい気持ちはきちんと捨てて、努めていつも通りを装った。 「あ、スコーンは勝手に食べて良いから」 「いいの!?」 「ん。もともとさんにもあげるつもりだったしな」 「かたじけない」 「生クリームはまだ出来てないからジャムとかで適当に食べて」 「うむ。丸井さんの家はいつも美味しいものがたくさんでいいですな」 「はは、さんきゅ」 ソファに座って出来立てのスコーンをさくさく頬張るさん。小包装の色んな種類のジャムを買っておいたと思ったのだけれど、どうやら朝食にほとんど使ってしまっていたらしい。苺のジャムしか残されていなかったので、早く生クリームを完成させなければと、俺はボウルを掴んだ時、さんがふとこちらを見上げた。 「ん?」 「いや、なんていうか」 「うん」 「フェアじゃないですな」 「なにが?」 「私いつも食べてばかりで」 何か持ってきます。彼女はスコーンをひとつ掴んですくっと立ち上がった。すっげー突然。まあ食べ物が多いに越したことはないけど、別に構わないのに。 「家にポッキーくらいならあったと思うんだが」 「え、いや、」 「なかったらそこのコンビニで買ってきます」 「その格好で」 「流石にジャケットは着ます」 「つうかそこまでしなくて良いって」 そそくさと玄関の方へ見えなくなるさんの背を追うも、彼女もいや行ってきますと引かない。こういうところ、律儀だなと思う。変に律儀。言ったら聞かないことは分かっているので、俺はボウルを置いて、玄関の扉を開けてやった。 「ひああああさむい!」 「どあっ」 本当のとんぼ返りってこういうことに違いない。外気に触れた瞬間、空気に弾かれたみたいに彼女が俺の方へ飛び込んできた。びたーん、と派手な音を立てて、さんは俺もろとも床に倒れこむ。「まままままるいさんんん」ホールドを決め込まれたまま耳元で叫ばれたけど、そんなことより何とは言わないけど柔らかい感触が結構ダイレクトに伝わってきたので、そちらの方が大事件だった。何とは言わないけど。 俺の応答がないので、彼女は俺に馬乗りのまま「まるいさんまるいさん」と俺を呼び続けた。やましいことは頭から排除するつもりだったけど、今のでネジが飛んでったみたいに頭の中は大騒ぎで、俺はそのまま静かに両手で顔を覆った。 「まじごめん」 「ああああなんで丸井さんが謝るんですか、すいませんめっちゃ申し訳」 「……うん」 「ウワアア丸井さん泣かないで!」 「……うん」 なくてもいいとか言ってごめん、ハロウィンやばい。来年も盛大にやればいいよばかやろう。 ( 151031 ) ハロウィン番外編:いつかこんなふうになったらいいなって話。 |