女の子というのは総じて甘いものが好きである。例えば今日のようなハロウィンであれば、仮装はさておきとりあえずお菓子交換に勤しみ、そこかしこから甘い匂いが漂う。私もお菓子は好きだし、手作りや期間限定のものを食べられるこのイベントに乗っかること自体は楽しいと思う。しかし、甘い匂いに洗脳されてか、私があまり好かない恋バナに花を咲かせたがる女子もそこには確かにいるのである。


は白石君に悪戯したん?」
「は?」


話は友人のそんな意味不明な切り出しから始まった。周りの女の子達は、お菓子を食べる手を止め、興味津々にこちらへ顔を向ける。私は彼女達のその表情を、もう幾度となく見てきた。この顔は恋バナを期待している時のそれだ。「質問の意味が分からんのやけど」ため息交じりに私は正直な気持ちを口に出せば、「やってさあ、」と前のめりになる友人。


と白石君て付き合うてるやん」
「それが」
「やからあ、例えばあんたが白石君にトリックオアトリートってやるやん?」
「おん」
「したら『悪戯?ええよ、どんなんしてくれるん?』って言われるわけよ」
「何やそれすごい鳥肌立った」


どうやら彼女達は、私と白石の甘い話が聞きたいらしいが、そんな期待するようなことは全くないし、第一にあったとしても話してやるわけがない。妄想力をフル稼働させながら、互いにきゃあきゃあと騒いでいる彼女達を横目に、私は頬杖をついて窓の外を見やった。
彼女達は白石蔵ノ介という男を勘違いしている。
確かに白石は顔は良いし頭もキレるしその上テニス部の部長ときた。ある意味完璧と言えるし、皆からもそう思われている。しかしこの世に完全なものはないとは言ったもので、彼も例外ではなく、確かにそれに当てはまるのだ。というか、そんな大層な話をするまでもなく、私はどちらかといえば白石は限りなく不完全に近い男だと思っている。何故なら彼は皆が思っているより抜けているし、やらかす奴だからだ。


「ちゅうか、そんなベタな台詞、今はもう誰も言わへんて」
「あっほやなあ。白石君はベタなんが似合うんやん。そういう彼しか想像できひん」
「想像以前に、奴はそれしかやらへんし、それしかできひんから」


そう。あいつは基本に忠実であること、つまり王道を好む。まあ他人の趣向に口出しするつもりはないし、王道が悪いわけではない。私が指摘したいのはそれが無駄を省きたがる性癖の上に成り立っているということだ。それ故に白石の立てる計画は無駄がない代わりに、王道のど真ん中を突き進む程、単純で、穴だらけなのである。
まあそんな話を彼女達にしてやったとしても、きっとこいつらはそんな白石もギャップがあって可愛いだのなんだの言い出すのは目に見えているので、説明をしようとは思わないが。


「ちゅうか、私は白石にお菓子を強請ることはあらへんから、そんな展開も有り得へん」
「えー」


先程もらった飴を口に放り込みながら私は素っ気なくそう答えると、彼女達は私からは期待した話が出てこないことを察したらしく、あからさまにつまらなさそうに口を尖らせた。ちなみにもうひとつ言わせていただくと、白石はハロウィンに乗っかるような奴じゃない。せいぜい金ちゃんにお菓子をあげるか、テニス部でのハロウィンに対する意味の分からない盛り上がり方に便乗するくらいである。
彼女達は、そこまで聞くと、冷やかしの気持ちは完全に冷めたらしい。次の授業の準備をするべく、しぶしぶ自分の席へと戻って行ったのだった。


「やれやれ」


私は窓際で謙也と話している白石の背中をぼんやり見つめながら、小さく息を吐いた。


さらさらと自分がペンを走らせる音が放課後の教室に響く。沈みかけている夕日が頬を照らし、ほんのりと温かい。凝った肩をぐるりと回してから私は手元の課題から顔を上げると、電気をつけていなかった教室内は大分薄暗く、時刻もそろそろ部活動が終わる頃になっていた。白石の部活が終わるまで暇つぶしにと、手をつけていた宿題も粗方片付いていたので、あとは家でやろうと思う。そうしてそれを鞄に雑に放り込んだところで、がらりと後ろの扉が開いた。そこにいたのは予想通り、少しだけ疲労の色を浮かべる白石で、「お疲れ」と声をかけると、「待たせてすまんなあ」と白石がふわりと笑った。別に好きで待ってるんだからええっつうに。
そうして自分も帰る支度をしながら鞄の中に目をやると散らばるお菓子に目が留まった。「そうだ白石」「ん?」


「お菓子ちょうだい」


友人には白石にお菓子を強請ることはないと言ったものの、彼が今日、騒がしくなるだろう金ちゃんのためにどんなお菓子を用意してきたのか気になって、ちょっとした出来心でそう問えば、彼は少しだけ呆れ顔になってこちらに振り返った。

「…ストレートやなあ。ハロウィンなんやからもう少し言い方があるやろ」
「トリックオアトリート」
「はい、よくできました」


そうして白石が出したのはハロウィン使用の飴だったので、このイベントにしっかりと乗っかる彼を抜け目のない奴め、と私は笑った。
というか、こんな女の子が好きそうな可愛らしい飴を彼が買っている姿を想像すると少しおかしい。お菓子なだけに。(…ああ、こんなつまらない洒落を言ってるようじゃオサムちゃんに怒られてまう)
まあ白石のことだから、そんな姿も様になってしまうのだろうな。


「これ金ちゃんにもあげたんやろ。喜んどった?」
「まあな。平等に他の奴にもきちんと配ったで」
「お母さんか」


財前君とかはこれをもらって、どんな反応をしたのだろう。私は手の中でニヤリと笑うカボチャの飴を見つめてそう言うと、白石が急に不機嫌そうに「ああ、ほんと、財前な!」と息を吐いた。どうやら可愛くない反応をされたらしい。「キモいっすわー」とでも言われたのだろう。喜ばれると思ってやっているわけだから不服なのだろうが、まあ、いつものことじゃないかと私は彼を宥めた。財前君に金ちゃんと同じものを求めるのは酷だ。
飴を弄びながら私は苦笑すると、白石はああ、と不意に何かを思い出したように顔を上げた。


「トリックオアトリートやで」
「えええ?」


まさか彼からそんな台詞が出るとは思わず、素っ頓狂な声を上げて私は鞄を漁る。しかしお菓子は全部はけてしまったため、もらった物しか残っていない。しぶしぶ手の中のそれを彼に返そうとすれば、白石はピッと手を前に出して私を制した。


「返品は利きません」
「ならあげるお菓子ないわ」
「人にたかっといてお前なあ」
「なに、そんなにお菓子が欲しかったん?」
「こういうのはギブアンドテイクが暗黙の了解や」
「そういうの言うもんやないやろ。台無しやで」
「やから暗黙の了解って言うたやろ」


白石は今日はあげるばかりで、何ももらってないので、せめて私からはと少し期待していたらしい。それを聞くと可哀想なことを気がする。私は明日何かあげるよと気を遣うが、首が縦に振られることはなかった。


「ほなら悪戯や」
「は?」
「お菓子がもらえなければ悪戯やろ」
「いやお菓子なら明日、」
「トリックオアトリートの意味がないやんか」


おかしな展開になってきたぞ、お菓子なだけに。悪戯は何がええ?と目の前で律儀に聞いてくる白石を馬鹿野郎と罵ってやりたいが、ここで逃げるのも邪道な気がして私はフン、と鼻を鳴らした。「ええわ、こうなったら悪戯されたる」


「こうなったら白石のしたいことしたらええよ」
「ええの?」


悪戯する側が何を譲歩しているのか。流石は白石というかなんというか。呆れつつも彼の悪戯に構えていると、突然背中に彼の腕が回る。予想外の展開に私はびくりと身体を震わせた。身体を引き寄せられた私は、間近に迫る白石の顔に先の展開が読めて、身をよじる。


「白石、おま、ちょっと!」



相当狼狽えながら背中に回る白石の腕を掴むと、彼は私の名前を呼んで、空いているもう一方の手で「し、」と私の口に指を当てた。そうされてしまえば抵抗どころかもう声すらでない。顔に熱が集まるのを感じながら、強く目を瞑ると、ちゅ、と彼はあっさり私の唇を奪っていった。
それから白石は私をすぐに解放した。ハロウィンにこんな悪戯をされるなんてどこの少女漫画だ。狙ってはいないのだろうが、相変わらずベタな展開を繰り広げる奴だと、私は頬を抑えて白石と距離をあける。彼はそんな私を見て笑った。ベタな展開のはずなのに、今日の彼はいつも失敗ばかりする彼とは違って見えた。


「なんや正直がお菓子持ってなくて良かったわ」
「あ、あほ!」


あほあほ!と稚拙な言葉しか浮かんでこなかったものの力の限り私は白石を罵る。よくもそんなさらりと恥ずかしいことを言えるものだ。流石エクスタシー野郎!しかしそうぎゃあぎゃあ騒ぐ私なんて全く気にした様子もなく、彼は口元に弧を描くと、少し意地悪そうな顔になって口を開いた。「とりあえず」


「ご馳走様でしたっちゅうことで」
「…っ白石お前、」


そんな顔でそんな台詞が言えるなんて聞いてない。






( いつもありがとうございます // 131101 )
白石は意識してかっこよくしようとすると失敗する癖に、無自覚にかっこいいことできる奴だと思う。そういうところが彼の魅力。
一日過ぎちゃいましたが、ハッピーハロウィン!
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