『今から会いたいんやけど』 普段、必要以上にメールをしない白石が珍しく、しかもこんな時間にメールを寄越した。相手が白石だったからか、それとも日付けが日付だったからか、風呂上りでベッドの上に倒れていた私は、その文面を見た瞬間、そこから跳ね起きるように体を起こし、携帯を片手に畏まるように正座をする。妙な緊張に返事をする手が震えた。とりあえずは会える事を告げて、私はパタリとそれを閉じる。それから私はカレンダーへと目をやった。 8月19日、青学と準決勝進出をかけた試合の日だった。 「…白石」 なんとなく、結果の予想はついてしまっていた。 余韻の星空 白石は近くの公園で待っていると言うので、流石にパジャマではまずいかと、適当なジャージに着替えて目的地まで急ぐ。公園の中を覗き込めば、ベンチに座ってぼんやり夜空を見上げる白石がいた。ざり、と私が砂を踏む音に彼はこちらへ顔を向ける。「ああ、久しぶりやな」想像以上に、彼はいつも通りに笑っていた。 「すまんな、こんな時間に呼び出して」 「いや、それは別に良いんだけど」 白石の隣に腰を下ろしながら言葉を返す。彼はもう一度すまんな、と呟いて私から自分の足元へ目を落とした。蝉の鳴き声が私達の沈黙の間に入り込む。その声が、逆に私の中の小さな焦燥感を掻き立てていた。 「あんな、負けてしもたわ」 唐突に、そして何かを振り払うように彼は顔を上げてそう言った。結果はすぐに報告する約束をしていたから、一応伝えたと彼は続けた。私は言葉が出なくて、言いたい言葉はたくさんあるのに、どれも安っぽく聞こえてしまう気がして、結局何も言葉にする事ができなかった。妙な沈黙の後に、白石の小さな笑い声が聞こえた。 「去年と同じ、ベスト4や。何やろなあ、『四天宝寺』やから、4の数字に縁でもあんのやろな」 「…白石」 「まあ試合では負けてしもたけど、ウケは仰山とれたしな。まあ良かったん、」 「白石!」 「…」 「…無理して、嘘つかないで」 私の言葉に白石は目を丸くして、それから「嘘?」と繰り返した。私は全国大会を見に行く事はできなかったけれど、彼がどんな思いで試合結果を受け止めたかなんて聞かなくても分かる。いつだって自分を押し殺して、周りを優先させて、完璧に全てをこなしてきた彼を知っている人間なら誰だって分かるはずだ。 「今にも泣きそうな顔して笑うな、白石」 「泣きそう?んなアホな。女の子の前で泣く奴があるかい」 「違う、泣きなよ。悔しいんでしょ」 「そらまあ、負けたんやし、悔しいけどな」 彼に似合わない取り繕うような笑みが貼り付けられた。誰かに笑われる前に、自分で笑ってしまおうと、そうやってまるで辛くないのだと自分にも嘘をついているように見えて、その表情が無性に腹立たしかった。私は彼の鼻へ手を伸ばすと、それをギュッとつまんでやる。いたた、と白石の声が漏れたが私は気にせずに彼を睨んだ。 「次にそんな嘘言いやがったらアホ石って呼ぶぞ、アホ石」 「…もう呼んどるやん」 私の攻撃から逃れた彼は鼻を抑えながらため息交じりにツッコミをいれた。しかし知らない。お前なんてアホ石で十分である。一向に私の言いたい事が伝わらないようで、ムッとしたまま白石の言葉を待っていた。彼はまるでもうええわと言うように、前に向き直った。 「…それにしても、終わってしまったんやな」 ふと空気を変えるように、彼はしみじみとそう言った。目を閉じて、何かを思い出しているようだった。 「ねえ、白石」一呼吸おいてから、私は小さく彼を呼んだ。何を言われるか悟ったのかもしれない。白石は何も答えなかった。 「中学生なんてまだまだ子供だ」 「…せやなあ」 「だからさ、」 言葉を切った私に、白石はゆっくりとこちらを見た。再び彼に手を伸ばす私は、今度は怒りではなく、諭すために彼の頭に触れた。ぐしゃりと彼の柔らかい髪を乱暴に撫でる。 「全部完璧じゃなくて良いんだよ」 無理して、部長であろうとしなくて良いんだよ。泣きたい時くらい、泣けば良いじゃないか。何で負けたんだって、納得できないって、泣きわめいてからでも、自分を見つめて仕方が無いと気持ちを納得させるのは遅くないんじゃないかな。今一人で泣くのが嫌なら私も泣いてあげる。だけど、仕方ないって一人だけ悲しいのを我慢しないで欲しい。 ただ思った事を、まとまりがないままに、白石へ伝えた。俯いた彼の表情は伺えない。 「泣き顔が見られたくないなら、どうぞ」 私は腕を広げて見せると、白石はやっぱり泣きそうな顔をして笑った。しかし今度は何かが吹っ切れたように、自然に笑っていた。 「…せやなあ、有難い話やけど、俺は抱きしめられるより抱きしめる方がええねん」 「…は」 「やから、胸やなくてこっち借りるわ」 広げた腕の片方を引かれて、私は白石の腕の中にすっぽりとおさまってしまった。あれ、おかしくね!?頭に彼の顎が載せられて、腕の力が強まる。その時だった。ぽたりと、涙が降ってきた。 彼は静かに泣いていた。 「しら、いし、」 彼の様子に胸が締め付けられるように苦しくなって、たまらずに彼の名を呼んだ。しかし彼は涙を誤魔化すように、シャンプーの匂いするわ、なんてワザとふざけた声を出す。 「俺、シャンプーの匂いする子、結構好きなんやけど」 「あほ、ちょっと黙っとけ」 私は手を回して彼の背中を優しくたたいた。白石はくぐもった声で「ありがとうな」と言ったそれっきり、黙り込んでしまう。 そうして泣く彼は、どこにでもいる、普通の中学生の男の子だった。 それは星がよく見える夏の夜の事。 ( 全国大会の話 // 130608 ) 本当はギャグネタで書こうと思っていたのですが、書き終わってびっくり。割と落ち着いた話でした。 リク:八夜 |