渡邊オサムという男は謎である。一年を通してよれよれしたベージュの上着を羽織り、ダサい柄のチューリップハットを被っている。その姿を見る度に、私はあの上着は暑くても寒くても着心地の良いそんな機能性に富んだものなのだろうかと悩まされた。とてもくだらない。

ちなみに私のジャージは通気性がよすぎるあまりどうもこの冬は乗り越えられそうにないくらい寒い。テニスコートを半袖で汗だくになり走り回る彼らはさぞ気持ちのいい気温なのかもしれないが私はマネージャー仕事なんぞ放り出して即刻帰りたい所存である。
そうこうしているうちに、ついに寒さに耐えきれなくなった私は何かないかと思案していると隣でぼけっと練習を眺めているオサムちゃんの姿が目に留まった。彼の上着はきっとあったかいに違いない。そう思って首を傾げる彼はお構いなしに、前に立つと、左右から彼の上着を引っ張り私はそこに包まった。さながら顔が二つある化け物のような不思議な状況だ。


「お嬢さん何してんねん」
「さむくて」
「見てみい、白石達がけったいな顔してこっち見とる」


本当だ。確かにこちらを微妙な顔をして見ている。私が雑に手を振り返してやると、とうとう彼は呆れたようで前に向き直った。あーあー…とよく分からない声をあげたオサムちゃんは「出なさい」と言う割りに私を上着から追い出そうとはしない。なんだかぬるま湯につけられているような、そんなモヤモヤした気分になった。
もちろん寒くて我慢できなくなったことに嘘はない。けれど、そんな建前の裏に実は仄かな乙女心を隠していたのだ。きっとオサムちゃんはそれに気づいている。


「私、オサムちゃんが嫌いや」


テニスコートの方をまっすぐ見つめたまま私は言った。オサムちゃんは「そうかあ」と少しだけ悲しそうな声色で、そんな間延びした言葉をよこす。「けど人の上着なは入り込んでくる奴のいう台詞やないなあ」笑いまじりのその声は私を妙に苛立たせた。


「ちゅうかあったかい思たけど、この上着オサムちゃんの財布くらいぺらっぺらすぎて何にも役に立たへんな」
「分かってへんな。財布の方がぺらぺらや、って何言わすんやコラ!」
「オサムちゃんキレッキレやな」
「…そらあ、おおきに」


下から彼を見上げると、じょりじょりした髭が一番に目に入って、それと一緒に何処か不服そうなオサムちゃんの顔があった。オサムちゃんがイケメンなのは分かるけど直ぐに試合を見なさいと、彼の骨ばった右手が私の顔を前に向き直させる。あほちゃうか。と、言い返したかったものの、頬に触れられたオサムちゃんの手に、照れて私は言葉が出なかった。あほは私だ。
今度は私がふくれ面になる番で、行ったり来たりするボールを目で追いながら、オサムちゃんの名前を呼んだ。


「このままオサムちゃんがセクハラで訴えられたらええのに」
「なんでやねん」
「テニス部の誰かに告発されて、学校追い出されたらええ」
「何怖いこと言うとんねん、そないなこというなら早よ出なさい」
「いやや。やってそれが狙いやもん」
「余計に出て欲しくなったわ」
「オサムちゃんが路頭に迷ったら、私がもらってあげるって決めた」


私の言葉の意図するところを察したのか、オサムちゃんははぐらかすように「はは、それなら将来も安心やなあ」と笑うだけだった。ひらりひらりと全ての想いを巧みにかわされているような気がして、胸にぽっかりと穴を開けられてしまったように、私は満たされない。無性に泣きたくなって、鼻がツンと痛くなった気がした。


「せやけど、はオサムちゃんが嫌いっちゅうたがな」
「嫌いや、…大嫌い」
「…乙女心は難儀やなあ」


思わず声が震えて、私はうつむいた。頭に載せられたあのかっこわるい帽子はちょっとだけタバコ臭くて、だけど私は顔を隠すようにそれをぎゅっと下げて深くかぶった。

きっとこの気持ちを口にするのは間違いなのだ。言ってはいけない。オサムちゃんもきっと分かっているのだ。私がこの暗黙のルールを破れば先生が困る。


「私、オサムちゃんが嫌いや」
「そうかあ。でもオサムちゃんはのこと大好きやで」


そんな好きが欲しいわけじゃないことくらい、知っているくせに。
だけどそれすらも言えないのだ。悔しくて、もどかしい。


「大嫌い」


だからせめて正反対の言葉で愛を示させて。

呆れるほどのつきでいよう
(どうせ本音を言うことなどないのだろうから)




( 先生に報われない恋をした女の子の話 // 140314 )
友人に頼まれて書いたシリーズ。ホワイトデーにこんな話すいません。さて、まだまだ消化しなければならん友人リクエストが…!(涙
リク:植物