「あ、UFO」 寒空に向かって指をさす。寝転んだ屋上のコンクリートの地面が背中を冷やしていく。今頃教室では眠たい午後の授業が行われていることだろう。特に理由もなく私がサボろうと丸井を連れ出したのが始まりだけど、こんな寒い中、屋上に寝っ転がって何してんだか、って思う。中学三年で、もう12月もすぐそこで、別に受験戦争に名乗りをあげる気は毛頭ないけどそれにしたって、私達はやっぱり中学三年だ。たぶん、勉強はしておいた方が良い。よく丸井も黙って私に付き合うなって、私は冷たくなった鼻をずっとすすった。 パッとしない薄い色の冬の空を、ごおおと唸りながら鉄の塊は割いて飛んでいく。私はそれを指で辿りながら、隣で同じように空を仰いでいた丸井を横目で見ると、彼の腕が私のお腹に振り落とされた。おふ。 「なに」 「飛行機だろ」 「いやあUFOかもしれない」 「飛行機だろうが。飛行機雲も見えるし」 「ならUFO雲だね」 「はいはい」 訳もなくサボりに彼を巻き込んだことが申し訳なくなって提供した話題も、あっさりとかわされてしまう。話を勝手に切り上げるようにと丸井の手が私の腕を掴んで下ろした。そのままコンクリートと彼の手にサンドイッチされる。甲が冷たくてひらがあったかい。何だろうこの状況。何も言わなかったらずっとこのままのつもりなのだろうかと、私は首だけ横に動かすと、彼の視線もまた私に寄越された。きゅ、と身体が強張る。 「あー……っと、丸井さん」 「えなに」 「今度どっか遊びに行こうよ」 「何突然」 「……なんとなく」 だって何か言わないと、変な沈黙が続きそうだって思ったから。とは口にはしなかったけれど、多分、丸井も似たようなことを感じたのか、ふうんと頷いて視線が空へと戻った。それと一緒に繋がれていた手も解かれる。その手は頭の後ろに回して枕にされた。置いてきぼりの私の右手はぷらりと宙に揺れる。 「ま、出掛けんのは別に構わねえけどさ、そんな時間いつあんだよ。俺毎日部活なんだけど」 「三年なのに」 「引退前にやることたくさんあんの」 「へー」 まあ、うちは大学まで附属だから、他の学校の生徒と違って、外部の高校を受けるつもりがなければガッツリ勉強しなければならない状況は起こり得ないわけで、ある意味好きなだけ部活動に専念はできるわけだけど、ここまで引退を先延ばしにしている部活はテニス部しか知らない。立海のテニス部は全国区だから夏の終わるギリギリまでいつも大会に出ているし、もちろんそれは今年もで、その上つい最近までテニス合宿なんてあったみたいだから、まだ引退の準備ができていないということなのだろう。そろそろ二年に明け渡した方が、なんて思うけれど、テニスコートにいる丸井達が見れなくなるのも寂しい気がして、私は口を噤んだ。 寒々しい空の視界の右端に、身体を起こした丸井の背中が入り込む。彼が少しだけこちらを振り返ったので、私も冷たいコンクリートから背中を離した。 「でもま、冬休みとかあるし、どっか行く?」 「えっ」 「流石にそれまでには引退するしな」 それにお前がふて腐れると面倒くさいし。丸井が意地悪く言って、風船ガムを膨らました。なんだかんだで私に甘い丸井だけど、そう言った彼の横顔が少しも楽しそうじゃないのを、私は気づかないフリをした。きっと部活を引退するのが、寂しいのだと思う。夏が終われば引退すると思っていながら、何だかんだでここまで来てしまったのだから。風に押されてぱらぱらと肩から落ちる髪の毛を目で追っていると「どっか行きたいとこあんの?」と彼の視線がこちらに向けられた。んー。……んー。 「うー……みとか」 「海?」 「海」 「はあやだよ時期外しすぎだろい」 「えー海いいじゃん海」 「つうか海なんて目の前にあんじゃん。いつも見てるだろい」 気怠げな調子で丸井が差した先には空と一体化しそうなくらいぼんやりと青く揺れる海が見えた。いつだって私達は毎朝海からの風に吹かれながら学校に来ているわけだから、見飽きたと言われてしまえば反論は出来ないが、私は彼の指を掴んで、でもさあと口を尖らせた。 「冬の海って粋じゃん」 「そうかあ?」 「粋だよ。なんか寂しくってさ、こう、青春してる気にならない?」 「ならない」 「なるよ」 冷たくて、ちょっと乱暴な波が、青春時代を生きる今の私達そのものだよね、とか、今のセンチメンタルな丸井の心の凹凸に冬の海の感慨はすっぽりはまるんじゃないかとか、色々思ったけど口に出すのはちょっとポエミーで恥ずかしいかなと喉の奥に押し込んだ。だけど代わりにポケットからスマホを取り出して、幸村とか皆も誘って行こうよ、と私はメールを打ち始める。皆で行った方がきっと楽しいよと。流石にこの時間にメールを一斉送信したら、真田辺りに授業中にメールなど云々かんぬんと怒られることは目に見えているので、今メールは送りはしないが。下手をしたらサボっていることが露見する。 それと一緒にカレンダーを開いて冬休みの始まりを確認していると、丸井の手が携帯を掴んでそれを遮った。 「海ってサメ出るじゃん」 「サメっって……それ夏の話でしょ。つうか海には入らないって」 「じゃあ、野郎だけで海とかないだろ」 「だけ? お待ちよ、私がいるじゃん」 「お前みたいな色気がない奴、女にカウントしねえって、くまパンツ」 「ばばばっかやろう大声で言うんじゃねえや」 「別に誰も聞いてないだろい」 「そ……、それもそっかあ、ってちげえよ貴様何故私のパンツの柄を知ってんだって話だよ」 「お前足癖悪ぃからいつもガン見えだっつうの」 「なんだと」 立てていた足を慌てて閉じて正座を繰り出す。丸井はそんな私を見て、もう遅いっつうの、みたいな顔をして、小馬鹿にするように笑っていた。まるで見たところで得も何もしていないとでも言いだしそうだ。ばっちり柄を見ておきながらなんて奴。鼻血くらい出せコラ。いやそれも気持ち悪いけど。 丸井って付き合ってみると殊の外紳士みたいな面を持っているくせに、たまに現役中学生全開みたいなことを言うのだ。仁王もそう。二人とも、何だか他の人と違うオーラを纏っているのに、時たまそれがフッと消える。突然周りの壁みたいなのが消えて、こっちはおっとっとってなる。俺も男の子だからなあとか感慨深げに言うのだ。男の子って、やめろっつうの。 それにしても、一体どれほどの私のパンツの柄が彼の脳内データベースに書き込まれているのだろうか。まさかうさぎ柄とか、そういうのもバッチリバレているんだろうか。あかん。 熱くなった頬を隠すようにわっと背中を丸めて顔を伏せると私は素早く横にいる丸井へパンチを繰り出す。イタッと、本当に思ってんのかみたいなゆるい声が上がった。 「ウワア丸井海行きたくないって言うしパンツ見るしウワア」 「見たわけじゃねえよ。俺は被害者です。海もサメ出るから却下です」 「お前がいれば、どんなとこでも楽園さとか言えないの」 「言えない」 「なんで!」 「だって楽園じゃねえし」 でも楽園じゃなくたってちゃんと話に付き合ってやってんだろ。丸井が私の髪に触れた。指がくるんと私の髪のひとふさを絡め取って弄んでいるのが分かる。 「たとえお前のパンツがくまパンツでもな」 「パンツ今関係ないでしょ」 「はは、まあなー」 「まあなじゃないっつうの」 「冗談だって。お前がどうだっていつも一緒に居てやってんだろい」 そうして丸井の声がちょっとだけ柔らかいそれに変わった。ほら、そうやっていきなり優しくなって見せたりするんだから。パンツ見た癖に。と思いながらやおら顔を上げた。冷たい風が頬をするする撫でていく。 「中学卒業を前にしてなんかお前がノスタルジックになりたいのはよく分かる。でもどうせ高校も一緒じゃねえか」 「そうだけど」 「高校でも大学でもお前の下らない話くらいいっくらでも付き合ってやっから」 ずび、と鼻をすすった。胸がじんと熱くなって「丸井、」と彼の名を口にする。 「だから、」 「……うん」 「とりあえず海はやめようぜ」 「――どんだけ海行きたくないの」 「サメ出るじゃん」 「出ねえよ」 (なんか潮風ってべたべたするしめっちゃさむいし)(それが本音か) ( リハビリその3 // 151110 ) なんかよく分からんです。すぐに引っ込めるかもしれません。 |