エラー エラー

夏の日の体育なんざ元気に参加する奴の気がしれない。しかも男女混合サッカーなんて。もともと熱さにめっぽう弱い私は、こんな真夏日の下での体育には五分と持たずにノックアウトされて、あっさりと見学者コースになだれ込んだ。
そうは言ってもグラウンドの隅も暑いわけで、休もうが休まなかろうが大して変わりがないので、半端なくしんどい。
茹だるような熱さが気持ち悪さに拍車をかけて、せめて立って見学していようと健気に粘っていた自我さえもがついには消え失せた。しゃがみ込んだ途端に重りを据えられたかのように身体が動かない。

「クーラーのある保健室行きたい」

ぱたりと地面に垂れた汗をジッと見つめながら、これは水分を取らねば干からびると水筒を求めて伏せたまま手を伸ばした所で、私は水筒を教室に忘れたことを思い出してますます気が遠くなった気がした。終了のお知らせである。いよいよ絶望がぐらぐらと頭を揺さぶりだしたその時だ。誰かの砂を踏む音がすぐ目の前でして、次いで隣に腰を下ろしたのが分かった。

「具合わりいの?」

この声は顔を上げずとも分かる。彼氏らしく一応心配して来てくれたのだろうか。けれど私はそれがなんとなく気恥ずかしく思えて「どちら様ですか」と素っ気なく答えてやると、「丸井様でーす」と頭にタオルを乗せられた。日除けのつもりか。
私はお礼の代わりに丸井の頭を雑に撫でつけながら「丸井なんて人、私の知り合いにいただろうか」と膝に顔をうずめたまま言うと、何、頭撫でながらとか新しいツンデレ?と隣で丸井が私の手を掴みながら笑ったのがわかった。
そこで私はようやく顔を上げた。ずっと伏せていたからか目が光に慣れておらず丸井がやけに眩しく見えて私はきゅ、と目を細める。

「何その顔、キスでもしろって?」
「はいさよならー」
「いて、押すなって」
「近づいたらビンタするよ」
「冗談だろうが、つうか何だよ思いの外元気じゃん」
「いや、元気ではないよね」

頬杖をついてため息を零した私に、丸井がつうかさあ、なんて如何にも運動部が使いそうなゴツい水筒に口をつける。ガリリ、と氷を噛む音。喉が乾くからやめてほしい。「お前、逆にこんな暑い中でジッと座ってる方がしんどくね」それは正論である。しかし動く気になれないのもまた事実。

「水筒も忘れたし」
「はあ、お前馬鹿なの」
「反論できぬ」
「俺の分けてやりたい所だけど、今丁度飲み切っちまったなんてこんな水に飢えた奴にとてもじゃないけど告白し辛いな」
「お前その台詞超絶腹立つな」

丸井超使えないじゃんと彼の腹を押すと、吐く吐くと頭を小突かれた。とても体調に悪い人に対する態度ではないぞ貴様。ていうか飲み干すとか何のために水筒持って来てんの丸井。「自分で飲むためだろい」そりゃそうだ。
期待をしただけ余計に喉の渇きが増したように思えて、私は丸井への当て付けにとひと唸りして見せる。彼が困ったように肩を竦めた。

「しょうがねえなあ、帰りにアイス買ってやるよ。ジャッカルが」
「そろそろ桑原君が哀れで仕方ないのは私だけかい」

きっと桑原君は、こんな私の状態を聞けば私が断っても奢ってくれてしまいそうだけど。丸井が私の傍に置いた水筒に触れると、中身はないのだろうがまだひんやりと冷たい。それを握り締めて少しでも冷を得ようと足掻いていた私はふと丸井を見つめて、それから唐突に彼の襟を掴むと思い切り自分に引き寄せた。ちゅ、と唇が触れて、次の瞬間丸井が変な叫び声を上げて私と距離を取る。

「びびびっくりしただろい」
「いやあごめん」
「いきなりなんだよ、熱さでついに頭湧いたか」
「なんか水筒が冷たかったから丸井の口も冷たいかなと」
「何その意味不明な理論」
「ひんやりしててあと甘い口でした」
「いいよ言わなくて」

ほら、冷たいものを飲んだ後って口も冷たくなるし、丸井は氷まで食べてたし、そういうあれというか。私が至極真面目に答えてやると、彼は手の甲で口を覆って恥ずかしそうに視線を逸らす。うわあ、照れてる。

「あと丸井の口が食べて欲しそうに見えた」
「アイスまでなんで我慢できないんだよっつうかそろそろ勘弁してください」
「何もしないよりはマシだった気がする」
「…俺はお前のせいで熱いわ」
「本当真っ赤だなー茹でダコみたい。お腹すいた」
「…お前な」

レトリックエラー


(お前一体何なの、そういうお年頃なの?)
(夏が私をそうさせるというか、丸井が魅力的に見えるというか)
(俺はいつだって魅力的だろい)
(あ、そういう意味じゃないです)(…)





( 夏企画からり、 // 140803 )
天宮が主催する立海夏企画「からり、」の作品として書かせていただきました。

title by 未熟