「私はブン太とキス以上のことがしたい」


騒がしい昼休みの教室にそんな私の言葉が溶け込んだ。それと同時に隣にいた丸井ブン太がパンを喉に詰まらせてむせたので、私は背中をさすって、まさかここまで動揺するとは思わなかったと彼にペットボトルを差し出した。


「突然変なこと言うなよな!」
「突然じゃないよ。私達付き合って何ヶ月よ」
「24ヶ月とちょいだな」
「そうだよ、二年とちょいだよ!」


月換算するととっても長く見える。いや月換算しなくても長い。おかしいだろ。いや、まあ私はブン太といれればそれでいいですけが、でもよくない。分かるだろう、この乙女の悩みが。本当に私って愛されてるんだろうかって、そんな風に思ってしまうじゃないか。いや、愛はきちんと感じてるけども!自分で言って訳がわからなくなってきたぞ。
私がそんな風にキーキー甲高い声で想いを主張していると、先程まで取り乱していたはずのブン太は急に仕方ないなーみたいな顔をして、頬杖をついた。


「じゃあさ、お前、俺のこと誘ってみ?」
「…は…!?…え、いや…え?」
「うまくできたらご褒美な」


え、教室だけど。分かってるのこの人。そんな冷静な言葉が私の口から出ることはなく、しどろもどろな声がこぼれるばかり。それなのに、目の前のブン太は、ほれ早くと目で急かすから、顔に熱が集まるのを感じた。自分から言い出したくせに、私はいざとなると逃げ腰だった。


「…と、その、」
「ん?」
「ここでは無理と言いますか…」
「何、保健室でも行く?」
「ほっ…!?」


随分とあっさりした切り返しに、私は素っ頓狂な声を発した。確かに、どっちにしろ保健室あたりに移動せざるを得ないけれど。彼の台詞に瞬間的に頭に浮かんだ保健室での艶かしいやり取りに、羞恥心が頭を掻き乱し視界がくらりと揺らめくのを感じた。


「…?」
「……っあああの!…やっぱ、さっきのなしの方向で、」


俯いてなるべくブン太の顔を見ないようにする。振り絞った私の言葉に彼からのは答えはない。どうしたのだろうと、恐る恐る顔をあげれば、隣に座るブン太はもうこちらを見てはおらず、頬杖をついて、不貞腐れたようなそれでいて何処か安心したような、そんな複雑な表情をしてそっぽを向いていた。

「ブン太…?」
「…ちょっとだけ残念だった。ちょっとだけ」
「…う、うん、」
「でも良かった」
「…え?」
「本当に誘われなくて、良かった」


頬をついていた手で口元をおさえ、そっぽを向いているブン太の耳は赤い。真顔で構えているからてっきり照れていないと思っていたのだけれど、それはどうやら私の思い違いだったようだ。


「…なんつか、自分の理性がどこまで持つか試してたんだよ」
「…は?」
「誘われてたら、本当に保健室にでも連れ出してた」


やけに真剣な声色に、再び恥ずかしさがこみ上げてきて、私は…さ、さいですか、と頷いた。自分で求めてはいたものの、それはまるで漫画で読んで憧れていた恋人同士の行為のような、そんな現実離れしているものだと心の何処かで感じていたのかもしれない。彼の台詞によって途端に現実味を帯びたそれに、私は返す言葉を失った。


「…お前はさっきぎゃーぎゃー言ってたけどな、俺はお前のこと大切にしたいから、…実は今までだって、相当我慢してきたんだっつの…馬鹿
「えええ…」
「…でもこれでわかった」
「な、何が」


遠慮がちに私がそう問えば、彼は言いづらそうに、視線を泳がせる。しばらくして、それがしっかりと私へ向けられた。心臓が大きく跳ねる。


「…今で結構ギリギリだってこと」


何がギリギリなのかなんて、聞くのは野暮であろう。


「つまり、その、俺の理性が抑えられなくなるのも、遠くない、かも」


彼が続けたその言葉に、私は赤くなった頬を俯いて隠す他なかった。



まっかなふたり
(私も分かった)(お互い好きでたまらないんだってこと)




( 「誘ってみ?」と言わせたい // 140307 )
去年メモで書いていたテニフェスカウントダウン「残り7日!」のカウントダウン丸井君小説のリメイクでした。
実はそこで、いつか書き直したいなあなんて言っていたのを思い出してこの機会に。元ネタを見たい方は、メモの去年の9月にさかのぼっていただければ。