しっとりとした夜に私の白いコートが割り込んでいく。刺すような寒さに背中を丸めて小走りにコンビニを目指す私は一口に言えばテスト勉強のお供になる夜食を求めていた。こう寒いと何か温かいものが恋しくなるわけで、無性にコンビニのおでんが食べたくなってしまったのだ。じゃらじゃらとがま口に入った小銭を振りながら私は夜道をはねる。
と、その時、それと一緒にポケットの携帯も震えたのでそれを確認すれば、メールの相手は丸井だった。内容はシンプルで「3日前に貸したジュース代返せ」というもの。ああ、そう言えば借りたような借りてないような。突然だなあと私は肩を竦めながら、借りた覚えがないっすと返事をすると、速攻数十秒後に着信が入った。もちろん誰かは聞くまでもないだろう。


「はい、
『お前ふざけんな』
「ふざけてないよ。借りたっけ?」
『か、し、た!お前が金がないからココアが買えないって自販の前で騒ぐし半べそかいたから俺が仕方なく』
「騒ぎはしたけど半べそはかいてないよ」
覚えてんじゃねえか
「あ、いっけね」
おい


誤魔化すように私がはは、と笑うと彼は笑い事じゃねえよとすかさず口を挟んだ。「ごめんてば」
それにしても何故今なのだろう。電話越しに夜の静けさを聞いて彼も外かと思いつつ、試しにそのことを聞いてみると彼も夜食を買いにコンビニまで来たは良いけれど、お金がなくて絶賛困り中だそうだ。ひもじい奴め。『そういうわけで今からの家に取りに行く』いやいやどういうわけだよ。何から何まで突然すぎる奴だ。生き急いでいると幸せも早く過ぎ去るよ。『うるせえわ』


「ていうか今来られても困るんだけど。来ちゃダメ」
『は?嫌だよ』
「いや、私のが嫌だよ。時間考えろよ迷惑なんだよ」


時刻は22時を回っている。普通の感覚を持ち合わせている人間なら家に押しかけるなんていう迷惑の極みなんてことはできるはずもない。たかが150円で凄まじい行動力を発揮しやがると電話の向こうの男の神経を疑った。


『馬鹿野郎150円を笑う奴は150円に泣くんだよ。実際今俺は肉まん買えなくて泣きそうだ』
「知るかよ」


前から車が来たのを避けるために端へ寄って足を止める。ブロロロ、と排ガスを吐いて過ぎて行くそれを見送ってから私はこのまま引き返そうかと悩み出した。このままコンビニに行っても丸井と鉢合わせてしまうだろうし、何より夜遅くに出歩いていることに怒られてしまう。そんな思案を始めた矢先だった。「あのさ」妙な間があいてから、丸井が口を開いた。


『…お前さ、今どこにいんの』
「家だよ」
『嘘つけ、本当は外にいんだろ』
「いないよ」
『いるよ』


先ほどの車の音が向こうに聞こえてしまったのだろうか。あちゃあ、と心の中でぼやくと向こうからはわざとらしいため息が一つ。来るぞ来るぞ、このままだと説教が来るぞ。悪あがきに「家だってば」と付け加えた。


『うそくさ』
「嘘じゃないよ。どうしてそんな、」
「ほらみろ」


次の瞬間、右耳から聞こえていたはずの声が、やけに遠くに聞こえた。もう手の中のそれからは彼の声は聞こえない。後ろを振り返るとそこには両手をポケットに突っ込んで顔をマフラーにうずめる丸井がいて、私と目が合うなりもう一度「ほらみろ」と言った。「あちゃあ」今度は声に出した。


「なーにがあちゃあ、だよ」
「…あちゃあ」
「お前なあ…っ女子の夜道の一人歩きは危ないって、何度!言えば!分かるんだよ!」
「うぶっ」


頭が小突かれた次の瞬間、彼は自分のマフラーを解くとかなり乱暴に私の首にそれを巻きつけた。ぎゅぎゅ、とわざとキツく締められて苦しいと訴える。「知るかよ、今と、あといつも俺に心配かけてる罰」少し苦しいけど、でも私はマフラーをつけてこなかったから、それはすごく暖かいし全然罰になってない。目の前で白い息をもくもく吐いている丸井をじっと見つめながら小さく笑った。
そんな私に気恥ずかしくなったのか、彼は、ぷいとそっぽを向いてどうせお前もコンビニだろい、150円分驕れと強引に私の腕を引いて歩き出す。私はふふふ、と少し気持ち悪い笑い方をした。


「んだよ」
「たかが外にいるだけなのに心配したんですね」
「普通に心配する」
「一応女の子だもんね私」
「一応じゃなくてちゃんと女の子だろお前は」


きゅんとした。丸井は口は悪くても、不器用でも、私は彼のそういう優しいところが好きだ。
ちゃんと女の子だって、女の子。にやけながら心の中で何度も唱えていると、いきなり止まった丸井は、ぐるん、と勢いよく振り返った。俯いて歩いていた私は彼に正面から衝突し、わぶっと奇妙な声を上げる。この時期に鼻をぶつけるのは痛い。いきなり止まるななんて口を尖らせると、彼はいきなりばちんと私の両頬を力いっぱい挟んだのだ。頬は寒さと相まってピリピリと痺れた。寒い、痛い!驚きで身体も跳ねる。いきなり何をするんだ。もっと丁寧に扱ってよ、女の子だよ。


「そうだよお前は女の子だ。でもお前は放っておくとすぐどっか行くし、何回注意しても夜もふらふらするし、寒いくせにあったかい格好しねえし自覚が足りねえんだよ。そんなんじゃ」
「丸井」
「あんだよ」
「あのね、君のね、手がさぶいよ」


離してよ、私がそう続けようと口を開きかけた。しかし私からその言葉が出ることはなく、全ての音は丸井によって失われた。彼は噛み付くように唇を塞ぎ、深く口付ける。ふぐ。身をよじっても彼はなかなか私を解放してくれなかった。
しばらくして、彼がゆっくり私から離れると両頬に手をあてがったまま、額をくつける。私はかあっと途端に顔が熱くなり視線をふよふよと泳がせていると丸井は言った。「どうだ。あったかくなっただろい」


「ば、丸井、な、」
「んだよ。寒くねえだろ」
「ないけど、ないけどさ!」


何が不満なんだとでも言いたげに、彼は首を捻った。そんな顔でさえ見つめていられなくて、前髪をおさえてごにょごにょと口を動かす。自分の白い息が私の視界を奪う。


「…丸井は男前過ぎて、たまに私はどうしていいか分からなくなってしまうよ」
「何、今更じゃん」
「そうやってまた君は、」

はそのままでいーって。あ、夜一人で歩くのは直して欲しいけど。お前がテンパってんの見るの面白いし、あと結構可愛いから」


「…きゅんとすること言うから」


すん、と鼻をすするとマフラーから丸井の優しい匂いがして、ほわりと胸まで温かくなる。
悔しくなって私は小さく膨れると、彼は「その顔すきだわ」なんてふわりと笑って再び私へ口付けを落とすのだ。


凍る夜を温める話
(ねえ、好きだよ)




( 凍える夜も手も私も、貴方に溶ける // 131108 )
Twitterをフォローしてくださった上に仲良くして下さっている秋野さんのお誕生日が近いということで、何かお祝いできないかと書かせていただきました。
優しいブン太ということでしたが、い、いかがでしょう…!?
お誕生日おめでとうございます、これからもよろしくお願いします^ ^

プレゼント : 秋野さん