「丸井いいいいい!」


どたどたどたとこちらへ近づいてくるやけに騒がしい足音が一つ。ウォーミングアップにグラウンドを走っていた俺は、突然の背後からの衝撃によろめき、一体何事かとしかめ面で後ろを振り返った。そこにいたのは鼻息荒く、いかにも怒りオーラを放っている我がテニス部のマネージャーであるである。


「…何」
「ちょっと聞きなすって!仁王のあんちきしょうが『校長のカツラを褒めたら、校長がお菓子くれる』って」
「何そのふざけた嘘。まさか騙されたとか言わねえよな」
「騙されたんだよめっちゃ腹立つうう」
「今日がエイプリルフールだからってお前も頑張らなくていいって、うん」
「ガチで騙されたっつてんだろうが、頭かちわんぞ」


は恐ろしい事に、そこら辺にあった野球部の金属バットを手にとったので、俺は口をつぐんだ。相当ご立腹なようだ。どうやらその嘘を信じて校長のカツラを褒めに行ってしまったらしい。恐らく校長に怒られただろうな。
仁王からの情報という事と、本日がエイプリルフールという事を合わせればそれが間違いなく嘘だと分かるだろうに。つくづく哀れな奴である。


「他にも『今日は幸村君の誕生日』とか嘘つかれたんだよ。だからあたし、おめでとうって言っちゃったんだけど」
「おま、…果てしなく恐ろしい嘘をつかれたな」
「うん、幸村君超怖かった」


そりゃそうだ。それは知っていなければならない事だろうが。…ああ、そうか、なるほど。だから、さっきの幸村君はどこか不機嫌だったんだな。真田に当たり散らす数分前の彼の姿を思い浮かべて、俺はつい苦笑をこぼした。それにしても、コイツは何でもかんでも信じるバカだから仁王に付け込まれるんだ。奴も奴で普通ならバレて当たり前くらいの嘘をワザとついて楽しんでいるから質が悪い。
汗を拭いながらまだまだ愚痴を垂れているを哀れんでいると、噂をすれば何とやら、彼女の後ろに、話題の主である仁王が見えた。彼は足取り軽くこちらへ近づいてくる。は俺の視線が自分の背後に注がれている事に気づいたのか、後ろを省みて途端に睨みを鋭くした。


「こっちくんじゃねえええ白髪あああ!」
「随分な嫌われようじゃな」
「あたしはアンタに負けたとか思ってないから。騙されてやったんだし、いやマジで」
「何それエイプリルフールじゃから?」
「丸井といいお前といい、テメエら打ち合わせでもしてんのかよ!ホントに騙されてやったんだよ。ホントだよホントホント」
「そこまでくると負け惜しみもいっそ清々しいな」


つうか流石にそろそろからかうのやめてやれば?目の前で憤る彼女があまりに可哀想に思えてきたので、仁王に耳打ちしてやると、奴は口を不敵に歪めただけだった。残念、
そんなやり取りの横で、彼女はビシッと俺を指差す。え、何?


「騙された腹いせに丸井を騙してやる事にした」
「はた迷惑な奴だな。つうか騙された事認めてるし」
「騙されろ丸井」
「ちょっと誰の教育の賜物これ」
「きっと俺じゃな」


顎に手を当てて満足気に頷く仁王を果てしなく殴ってやりたい。酷い影響である。まあ、そもそもこれから騙しますよなんて宣言したも同然の、しかもコイツに騙されるワケがないが。
さて、あまり話していると真田か、絶賛不機嫌中の幸村君に怒られかねないので俺は彼女を鼻で笑って仕事に戻れよと手で払った。


「ちくしょーバカにしやがって。絶対吠え面かかせてやる!」
「じゃってよ」
「楽しみじゃねえか。やってみろい」


そうして走り去って行くを見送る俺は隣の仁王をどついた。テメエが余計な事すっから俺が巻き込まれたじゃねえかと。「嬉しい癖に素直じゃないなり」横からそんな言葉が飛んで来たが聞こえないふりをした。そうだよ。好きな奴に絡まれて嫌な奴なんていねえっつう話だよ。

仁王は素知らぬ顔を続ける俺に、何を思ったかにやりと笑った。


「ま、どうでもええが、俺はお前さんが騙される方に賭けとこうかのう」
「は、何で?流石に、」
「あ、丸井ー、言い忘れてたけどさあ!」


言葉を遮る様にして飛び込んで来たのは去ったはずのの声である。数メートル先にいる彼女は周りに構わず大声で俺を呼ぶ。聞こえてるっつの。ひらひらと手を振って聞こえている事を知らせると、彼女は大きく息を吸ったのが見えた。


「あたし、いつも丸井に文句ばっかりだし、さっきも騙すとか言っちゃったけど、丸井の事ホントは好きだからねー!」
「…はあっ!?」


カッと顔が突然熱くなり、俺は手にしていたタオルを地面に落とす。声がでかいっていうか雰囲気も何もあったもんじゃない。いや嬉しいけど、嬉しいけどさ!
周りの部員がこちらを見て、やる気のないまばらな拍手を送りつけてくる。おいそういうのマジやめろ。やるならせめて全力でやれ。恥ずかしさがメーターを振り切り、俺がかなり挙動不審になっていると、がこちらへ走り寄ってきた。自分から言った癖に何故か驚き顔である。


「え、まさか、今の信じた?」
「………。お前マジしね」
「うわー丸井ってば、あはははは!」
「なんて言うか、ちょっと黙って」
「ぶふっ…ったく。これから私が言う事は全部嘘だから信じちゃダメだよ。逆だと思わなきゃーははは」
「…」


嘘かよちくしょう!返せ俺の青春。
握りこぶしを構える俺に、彼女は大笑いしながら再び走り出す。今までこちらを伺っていた部員も、もしかしたら嘘だと気づいていたのかもしれない。さしてこのやり取りに驚きもせずにすでに自主練に戻っている。


「丸井が恋愛の対象なワケがないっつうの。せいぜい友達だって」
「ああそうかい…」


げらげらと楽し気にスキップを始めるが実際の距離以上に果てしなく遠く見える。ガックリと肩を落とすと、視界の端にこちらを見ている誰かが映り、俺は顔を上げた。そこにいたのは俺の好きな奴があのバカだと、仁王と同じく何故か知っている赤也である。俺を可哀想なものを見る様な目で見ていたため、何だか遣る瀬無さに情けなくもじわりと視界が滲んだ気がした。


「まさかそれ吠え面じゃないじゃろうなブン太」
「とりあえずお前もしんどけ」


乱暴にタオルを拾い上げて、顔をぐしゃりと拭う。クツクツと楽しそうな仁王にも苛立ちを抑えきれなくなって俺はひと蹴り入れると、彼はそれをひょいとよけてまあまあと俺を宥めた。正直余計に悲しくなるからやめて欲しい。


「今日くらい許してやりんしゃい」
「好きと見せかけて恋愛の対象じゃない宣言を?許さないっつうか、多分明日から学校行かない俺」
「何落ち込んどる。アホかお前さん」
「うるせえなちょっとほっとけよ。只今心傷中の丸井さんなんだよ」


依然絡んでくる仁王を押し返す俺に、奴はがしりと俺の肩を掴んだ。「の言葉をよーく思い出してみんしゃい」「…はあ?」仁王に言われて、とりあえず先程のやり取りを思い返す。





「これから私が言う事は全部嘘だから信じちゃダメだよ。逆だと思わなきゃーははは」

「丸井が恋愛の対象なワケがないっつうの。せいぜい友達だって」





はお前の告白が嘘だとは一言も言っとらん」
「ちょっと待て、ん?」
「そんでもう一つ教えちゃると、友達宣言が嘘じゃない、なんて事も言ってないぜよ」


…確かに今考えると、の台詞はおかしかった。今日言う事が全て嘘だ、と言った訳でなく、告白した後に「これから」言う事が嘘だと逃げたのだ。もしこれが自惚れでないなら。


「ちなみにこれ提案したの俺」
「…お前かよ。…あー…なんつか、次からはもう少し分かりやすいの頼むわ」
「次からは俺なんて必要ないじゃろうが」
「…ああ、それもそうか」


ついにやける口元を押さえて仁王の腹に軽くパンチをかます。そうして俺はが逃げて行った方へ、走り出したのだった。




「っしゃあああエイプリルフール万歳!」




4月のバカと甘い罠
(今から俺もお前も嘘はナシな)
(えー)
(俺はが好きだ)
(私は好きの反対)
(…)(の、反対)
(抱きしめていい?) (だめ)
(はい部室でいちゃつかなーいウザイよお前らー)
(丸井、神の子がお怒りだ)


( 時にはこんな嘘もありですね // 130401 )
金ちゃん誕生日おめでとう。ほいでもって皆さん嘘はつきましたか?