ざくん。 そんな勢いの良い音と共に、赤い髪がパラパラの目の前に落ちた。私はハサミを片手に見事に前髪がパッツンになったその男を、口をあんぐりあけて見つめる。彼――丸井ブン太は初めこそ唖然と私を見つめ返していたけれど、ゆっくりと状況を把握するにつれ、彼の眉間には皺が寄り始めた。 あ、やばい。 「てめ…!鏡貸せ!」 「いや、それはできない相談だよ!ていうか可愛いから、鏡見る必要ナッシング!ね、仁王」 「あーブン太やばいぜよそれ。前髪が面白い事になっちょる」 おいいい白髪あああ! 私達の隣りにいた仁王はジャンプから顔を上げて、ちらりとこちらを見た。ニヤリと口元を歪める奴が憎らしい。わざとだろ、それわざとだろ!? ああ、そもそも不器用な私が、工作や縫い物関係の授業で1しかとった事がないようなこの私が、人様の前髪を切るなど無謀に等しかったのだ。数分前の、丸井の断髪式に無断に興奮していた自分が恨めしい。 何故あの時丸井の「前髪なげえなあ」の一言に反応してしまったのか。私が切ったげるよ!なんて、嫌がる丸井を無理に椅子に座らせた私の馬鹿。(仁王は無言で近付いて来て隣りでジャンプを読み始めた)やめれば良かったなあ。 そんな感じで私が回想に肩を落としているうちに、いつの間にか丸井は鏡を私の鞄から探し当てて自分の顔を覗きこんでいた。それからそっと前髪を押さえて、情けなく眉尻を下げる。 「ああー…だから俺は不器用ななんかにやらせたくなかったんだよ、ちくしょー…」 「大丈夫。可愛いよ丸井」 「いやぁ、ブン太その髪はない」 「オイお前さっきから何なの。私を殺す気か」 楽しげに言った仁王の椅子を私は蹴飛ばす。それでも彼は至極愉快そうだった。人の不幸を笑うとは。 私はうなだれる丸井を横目で伺った。もうハサミを持たせて貰えることはないだろうから、私はそれはケースに入れて机の中に突っ込む。 「俺は大切なものを失った」 「大袈裟な」 「弁償しろい」 「は?」 キッと私を睨みあげた丸井の前髪はやはりパッツンで思わず笑いそうになる。イケメンなのになんだこのギャップ。 丸井は笑いをこらえた私の顔を見て、余計に睨みをキツくした。だから慌てて真顔に戻って見せる。しかしやはり彼は再び弁償しろと口を尖らせた。 「髪くらいまたすぐ伸びるから、」 「弁償だ」 「ちょっと仁王君どうします、彼こんなこと言ってますけど」 「ボンド」 「一本ずつつけろと?」 仁王はもう面倒になったのか、ジャンプから顔を上げなくなった。ふざけんなコノヤロー。いや元々は私のせいだけど。 困ったな、と私は頭をかく。その時、急に丸井の手がのびてきて、私のネクタイを掴んだ。勢いよく彼の方へ引かれる。そうして気付けば奴の綺麗な顔が目の前にあった。ドキンと心臓が跳ねる。パッツンでもイケメンはイケメンのままらしい。 「代わりにの大切なものを頂く」 「何か台詞がアレだよ」 漫画とかドラマとか、ああいうのみたい。 そう笑い飛ばしてやろうとしたが、それは叶わなかった。私の口はすぐさま丸井のそれによって塞がれたからだ。隣りにいた仁王が視界の端で、私達のやり取りにうおーと間抜けな歓声を上げているのが見える。 「ちょ、丸井、あの、何やっ、アホか!馬鹿か!」 解放された私の口から出てきた言葉達はもはや意味をなしてはいなかった。しどらもどろとする私なぞ余所事の様に、丸井は達成感に満ちた表情をしている。私のファーストキスなのに。がっかりした…いや、正直言うと丸井で嬉しかった。 「ざまあ見ろ」 「…何なんで彼こんなに飄々としてるの仁王。ていうかマジ何しやがるこのファーストキス泥棒が」 「は前髪泥棒だろい」 「別に盗んだ覚えはありません。拾いたいなら床に落ちてる髪拾え」 未だに残る唇の感触に少しだけどきどきと緊張しながら、それでも平然を装って言い放った。彼は椅子を傾けてバランスをとり、ギシギシといわせて「拾うかよ」なんて軽く流す。 「つーかキス泥棒とか、ネーミング恥ずかし。しかもあんなの盗んだうちのはいんねえだろ。大体なあ、お前ごときのファーストキスなんて盗むか」 「ぐぬぬ!腹の立つ事山のごとし!仁王さんこのキス泥棒に何か言ってやって!」 「『いや、奴はとんでもない物を盗んで行きました』」 「何かいきなりルパンのとっつぁんの声やり始めたんですけど!?」 「『貴方の心です』」 カリオストロ!と丸井が指を鳴らして反応した。なんて懐かしい映画のタイトルが出たものだろう。確かにカリオストロではこの台詞は名台詞だけども。でも何故この流れになったのか。首をかしげていると、丸井はやれやれと肩を竦めて見せた。それは私ではなく、仁王に。 「の心?ばっか言ってんじゃねえよ」 「ピヨ」 「コイツの心なんかわざわざ盗むまでもねえっつうの」 「は…、」 丸井の発言に私は目を見開いた。さらに「だろい?」なんて手で作ったピストルを撃つたれてしまった私は、つい後ろに倒れそうになる。 前髪パッツンの癖に胸きゅんな事しやがって。これだからイケメンは。 そうして頬を染める私に、仁王は漸くジャンプを閉じて私を見やった。 「あーはブン太が好きじゃったなんて気付かんかったー」 仁王の棒読みも甚だしい。ていうか勝手に話を進めんなよオイ! 丸井の頭をはたこうとして振りかぶった手を、奴はいとも簡単に捕まえてしまう。ギョッとしたのも束の間、彼はまたしてもとんでもない発言をした。 「つーわけでコレ俺んだからシクヨロ」 「おー」 「えええ、ちょ!」 「文句ねえだろい?」 ばちん、とウインクした丸井に私は心臓をぶち抜かれそうになった。うるさい心臓をそっと手でおさえる。そんな私の様子に、丸井はご満悦そうな表情を浮かべるのであった。 もうやだ、何このイケメン (前髪パッツンのくせに) ( とっくに奪い去られていた恋心 // 130227 ) |