03.14



別に期待なんてしてなかったし。

なけりゃないでいいじゃない
( ううん、ホントはよくない。よくないよ、バカ )



いつもとなんら変わりのない3月14日の放課後。
皆が集まるまで、と部誌にペンを走らせている私は、珍しく早く来た赤也の愚痴を、何故か聞く羽目になっているわけたが、勿論10割型聞き流していた。ちょ、先輩聞いてます?なんて膨れられたって、私は視線を日誌に向けたまま微かに頷いただけ。その理由というのも、赤也の愚痴の内容と言うのが、ホワイトデーのお返しを女子にせびられてもー大変ッス!みたいな今の私からしたら少しばかり腹立たしいものだったからで。お返しをせびって何が悪い。
期待していたわけではなかったけれど、私もブン太からのお返しがないことに絶賛落ち込み中なわけである。


「あ、でも先輩の分は用意してきましたよ。返さないと後が怖いんで」
「ワーアリガトー」
「果てしなく棒読みッスね。後が怖い、ってのは冗談スよ」


苦笑いを浮かべた赤也が鞄を探って私に差し出したのはダースのホワイトだった。にこやかにクラスの女子から貰いましたなんて言ってのける。何だと。一発殴ってやろうかとも思ったけれど、私がバレンタインにチョコを渡した人間から貰ったお返しというのは、実はコレが最初だったわけで、平手を構える前にじわじわと沸き出した虚しさに、私は何も言うことが出来なくなっていた。「あ、もしかして嬉しさで言葉もない感じッスか」うるさい馬鹿しね。


「あ、つーか先輩、丸井先輩からお返し貰ったんスか?」


ぴくりと私の手が止まり、赤也がちらりと横目で私を窺う。見えなかったけれど、今赤也へ目をやったら、きっと、彼の口元がニヤリと孤を描いているような気がした。ここで取り乱して赤也にからかわれる程私は愚かではない。だからあくまでも平然と、アイツにあげたなんて言ってないでしょ、と肩をすくませてペンを放り投げてみせる。それでも彼は妙に含みのある声で、えーでもと口を開く。


「丸井先輩、自分のだけハート型だったって騒いでましたよ」
あの馬鹿殺す


がたり、と私は椅子から立ち上がるとその時丁度仁王がドアから顔を覗かせた。コイツが来たということは後ろにブン太もいるはずだ。ていうか私とコイツらは同じクラスなのにどうしてこうも部活にやって来る時間が違うのか疑問だが、今は大した問題ではない。仁王が扉を開けきる前に彼を押し退けて、後ろにいるであろう丸井ブン太に私は罵倒を食らわした、が、しかしそこには誰にもいなかった。


「あ、今日ブン太日直で遅れるぜよ。何、バレンタインのお返し的な」
「ああ、そういえばそんな事言ってたかも、…じゃなくて、ちっげえわ!ニヤニヤすんな!」
「ふうん、丸井先輩渡してねえんだ。先輩かわいそ」
「髪毟るぞ赤也」


私が怒っているのはそんな事ではないのに、コイツらは都合の良いように話を解釈していくものだから困ったものだ。この様子だと「ハート型」は仁王も承知の事だろう。…なんて事だ。
頭を抱え込む私を他所に、仁王は思い出したように手を打つと、赤也同様鞄を漁りはじめる。


「バレンタインのお返し」
「ああ、どうもありが、」
「義理チョコのお返しだから俺のも義理ぜよ」
「いちいち言わなくていいよ。分かってるから」
「本命はブン太に貰いんしゃい」
「別に期待してないんで。ていうか、あの人まずホワイトデーの存在を知ってるかどうかってとこから怪しいんですけど」
「確かにそッスね」


そんなやり取りをしているうちに部員は続々と集まり始めていた。そうして幸村が現れた辺りで、私は不意に名前を呼ばれ、何事かと思えば資料を顔に押し付けられたのである。何この不当な扱い。
あからさまに眉をしかめてやると、幸村は、ソレ職員室に届けて来てなんて言った。そんなの部活に来る途中に自分が職員室にでも寄れば良かっただけの話じゃないか。わざわざ私に届けさせるとか。そうは思ったが口答えする気力もなかったので仕方なく職員室まで駆り出されてやった。





職員室へ向かうため、だらだらと階段を上がっている私は、ふと廊下で騒いでいる女の子達に視線を向けた。彼女達が大事そうに抱える箱から滲み出る雰囲気的に、本命からホワイトデーのお返しが貰えたとかそんな所だろう。無意識のうちに良いなあ、なんて言葉が口をついて出ていた。しかし、よくよく考えたら私とブン太は付き合っているのか曖昧な関係であり、それなのにお返しを求めるなんて私は贅沢なのだろうか。不意にそんな事が頭を過ぎって私は足を止めた。いやいや、でも普通お返しくらいするだろ。だってあの赤也と仁王もしたわけだし。


「だいたい、お返しって礼儀としてするべきでしょうよ。それに本命だったわけだし、返事の意味も込めて…、まさかブン太ってホントにホワイトデー知らなかったりするのか。かなり有り得るけど、…あ」


なんとタイミングの悪い事か。私は今まさに階段を下りてきましたなブン太とばっちり目が合ってしまったのだ。どうしてここに、…なんて、愚問か。どうせ日直。私は硬直した。息も止まった。あ、やべ聞かれた?自問する暇もなく、彼はホワイトデーくらい知ってるけどと口を開いた。うーわー聞かれてるー。
いきなり冷や汗が噴き出して、私は思わず後ずさる。だが、場所がまずかった。引いた足の先に着く足場はない。ここ階段だった!


「ぎゃああああ!」
「うわ落ちたよ」


いや助けろよ。ここは少女漫画みたく全身全霊かけて守れよ。
さほど段差はなかったのだが、どうやら足を捻ったらしく、ずきずきと右足が痛む。捻った、そう呟いたにも関わらず、ブン太は大丈夫かあと腑抜けた声でのんびりと下りてくる。きっと私は恋人どころか友人としてすら認識されていないに違いない。彼は私の前までやってくると、しゃがみ込んで子供をあやすように私の頭に手を載せた。痛いか?その問い方があまりに兄貴的で優しかったから、私は思わず素直に頷いてしまった。何このミラクル。ブン太マジック。


「しゃーねえな。保健室行くぞ」
「あ、いや別にこんくらい」
「俺が行くっつったら行くんだよ」
「…あい」


そういうわけで肩を貸されてたどり着いた保健室は運が良いのか悪いのか誰もいなかった。遠くにストロークの音を聞きながら、ブン太に言われてそっと右足を出す。彼は湿布をぺしん、なんて適当に貼付けて包帯でぐるぐると足を巻きはじめる。そこまでしなくても、というかキツイ。痛い。もっと緩く巻けよ。


「うるせえ。黙って手当されてろ」
「いやでもブン太」
「お返し、そんな欲しいのか」


下を向いていたブン太の顔があげられて、再び視線が絡まった。まっすぐに見つめられて逸らせない。ゆっくりと一度だけ頷けば、彼は、はあああと盛大に息を吐いた。そして私は傷ついた。


「お前は見返りがないと俺の気持ちが分からねえのか」
「気持ちは何となく分かったけど見返りは欲しいんだ。だいたい食い逃げは良くないぞ」
「誰が食い逃げだよ」
「ブン太」
「いやそうじゃなくてさ」


この馬鹿、なんて私を罵倒してから、困ったように頭をかいたブン太は私の足を離すと、足元の鞄に手を伸ばした。何か余りもののお菓子でもやろうとかそういう魂胆か。畜生。ぷらぷらと包帯の巻かれた足をぶらつかせて私は明後日の方を向く。そんな適当なの欲しくなかった。しかし彼の鞄から出てきたのは予想外のものである。


「作ってきちまう俺も大概馬鹿だな」
「え何、そのかわいいの」


差し出された手に乗るのはマフィンである。ラッピングがまさに女の子みたいで、そんじょそこらの女の子の手作りとは比べものにならないくらい上手いし、綺麗だし、かわいい。まさかコレ貰ったやつとか?受け取れないよそんなの。突っ返そうとする私に、俺が作ったに決まってんだろぃ!とブン太はマフィンを押し付ける。ふうん…って、ええええええ!


「何かすんごいかわいいよ!?これ」
「かっこよくは作ってないしな。知ってる」
「ブン太が、…っええええええ!」
「うるせえな、いらねえのかよ」
「めちゃくちゃいるよ!」


でもどうしてすぐにくれなかったんだと文句を言えば、ブン太はあまりに出来が良かったからあげるのが惜しくなったとほざきやがった。色々と悩んでいた自分が馬鹿らしく思える。


「あ、お返しシクヨロ」
「はい?」
「お返しにはお返しが礼儀なんだろ?」
「おま、…」
「ちなみにお返しは『』で許してやるよ」


その見たことがないほどの妖艶な笑みに、コイツはこんな顔もできるのかと私はつくづく驚かされ、同時に、この瞬間、私か丸井ブン太という男に完璧に捕まってしまったのだと思い知らされたのである。



−−−−−−→
「出遅れた俺と君と、白い日」

120315…→ 天宮
TITLE BY 家出様