02.14





「今日ってさあ、バレンタインじゃね?」


朝練終了直後。わざとらしく発せられたその問いに、私はアインシュタイン?と切り返す。先程まで騒がしかった部室が少しだけ静かになったように思われるのは多分、皆が私達のやり取りに皆が耳をそばだてているためだろう。ちげえ、と煩わしそうに眉間に皺を寄せる男、――丸井ブン太の台詞を遮るように騒々しく椅子を引いた。
こんなやじ馬(主に赤也と仁王と幸村)がいる場所で、ましてやバレンタインの話など御免である。


「今年もくれないつもりかよ。マネージャーのくせに」
「マネージャーとか関係なくない」
「いや、あるね。日頃のお礼くらいしろい」
「ならお前らがチョコよこせよ。普段世話してやってんだろ」


そう言って興味深々にこちらの様子を伺っている赤也をひと睨みしてやると、彼は肩を竦めて苦し紛れに笑った。可愛いげねえ。ブン太からボソリと呟かれるその言葉に私は言葉を詰まらせる。はいはいどうせ可愛くないですよ、好きな人にけなされて、そう立ち直れるほど、私は気丈ではなかった。猛者共を世話するマネージャーの前に一人の恋する乙女だし。
そりゃ渡せるなら渡したい。義理なら知らない男子でもホイホイ渡せるもんだが、本命となると、それを言葉に出そうとするだけで喉の奥がキュッと閉まって息すらままらならないのだ。
前に赤也にそう相談したらウブ過ぎやしないかと爆笑されただけで、とてもじゃないが役に立つアドバイスなど貰えなかった。幸村も、仁王も然り。この役立たずどもめが。


「つーか丸井さん、さっき赤也にチョコ渡してんの見ちゃったんですけどー」


それは義理だよ丸井さん。
だがしかしそれを言っては、「ブン太が本命」か、もしくは「ブン太は義理を渡すにすら値しない」と判断され、どちらにしてもアイタタタな状況を生んでしまう。ここにいるメンツは私がブン太に惚れている事を知っている癖に、助ける気は皆無のようだ。赤也なんて、俺もう知らないッスよみたいなすました顔をしてやがる。


「俺には?」
「同じクラスのよしみで…やらない」
なんだよ
「俺は貰ったがのう」
「馬鹿仁王うるさい黙れ馬鹿」


二回も馬鹿って言われたなんて奴はため息をついたが知るものか。ほらみろ余計にブン太が不機嫌になった。彼は何か言いたげに私を見つめる。しかし彼から罵倒がぶつけられることはなく、その代わりにブン太は力任せにロッカーを閉めると、お先になんて部室を出て行った。取り残された私は扉を見つめたまま動けないでいる。


「…ブン太が、キレた」
「あーあ。先輩どうすんスかあ?」
「うるっせえわ。どうもしない!」
「仲間ハズレにされたとか思ってるんじゃないかな。かわいそうに」
「追い撃ちをかけないでいただきたい」


じわあっと目の前が滲んだと思ったら、周りはハッとしたようにお疲れ様でしたと告げて部室を出ていく。そして気づけば、部室に残されたのは私一人となった。女の泣き顔なんて面倒だから関わりたくないとか、そんなとこだろう。冷たい奴ら。
まあ、だけど、今年こそはブン太にチョコを渡そうと意気込んでいる私からすれば好都合でもある。今年はこっそりとブン太の部室のロッカーにチョコを入れてしまおうと考えていた。私はつん、とする鼻をすする。そして鞄の中から、「ブン太へ」なんて書かれた箱を取り出すと彼のロッカーに手をかけた。


「やべ、忘れ物ー…て、何してんの」
「……おおうブン太」


お約束な展開過ぎて引っ込めた涙が性懲りもなくまた出てきた。え、何してんのお前。再び問われる。私がブン太のロッカーに悪戯でもするのではと疑っているのか、声が大分刺々しく感じた。


「そこ俺のロッカーなんだけど」
「…あ、うんうん。私のロッカーと間違えた」
のロッカーは一番左だろ。間違えんのかよ」


私は愛想笑いを向けながら後ろ手でロッカーを閉めると、手にしていた箱を背中に隠しながらひょこひょこと横移動していく。この箱さえ自分のロッカーに投げ込めればあとはどうとでも白を切れる。ブン太だし。ちなみに、今ここでその箱を直接渡すという選択肢はない。有り得ない。
しかし、私の足が数歩右に踏み出した所で、ブン太が私の顔の横のロッカーに手をついたので動けなくなってしまった。


「おい」
「…はい?」
「背中に隠してる物出せ」
「いや、何も隠してなんか」
「へえ?」


すっと綺麗な顔が近づけられる。微かに口元が歪み余裕の表情を浮かべているように思われるのは、恐らく背中に隠しているこの箱が、ブン太への贈り物だということを悟ったからだろう。なんて鋭い。
彼は私の背から箱を取り上げてちらつかせた。これ何。


「『ブン太へ』って書いてあるように見えんだけど」
「あー眼科行った方がいいよ。赤也へって書いたんだよそれ」
「嘘つけ」


頭突きするように、額をくつけられてもう痛いとかそういう話ではなく恥ずかしいの一言である。彼のグリーンアップルの香りが分かるくらいに近いのだと思うだけでくらくらしてくる始末だ。


「なあ。同じクラスのよしみで黙って貰ってやっても良いぜ?」
「あああもう勝手にすれば!馬鹿ブン太!あほ、マヌケ!」
「小学生かお前は」


苦笑したブン太は、しばらくした後、でもと付け加えた。「もう今年も貰えねえかと思った」眉尻を下げて脱力したようにそう言葉を漏らす。それは単にチョコが食べたかっただけなのか、私からの本命を待ってたということなのか。問おうとして開きかけた口は、あっさりと塞がれる事になる。


「何とも思ってねえならにこんな事しねえよ、ばーか」
「…っ」
「愚問、だろい?」
指を絡めて、愛を唄って
(君が好きで好きでたまらない)



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勢いで書いたよく分からない話。
120212…→ 天宮
TITLE BY 家出様