時間がかなり早いだけあって、駅のプラットホームには誰もいなかったのがちょっぴり淋しかった。




遠くに聞こえる海の音に耳を傾けながら、私は出掛けに何回も首に巻き付けたマフラーで鼻まで隠す。寒いのは平気な方だったけど、12月早朝の気温になんて私が太刀打ちできるわけがない。
電車が来るまでは、あと10分程ある。私はあの馬鹿みたいな髪色の男の顔を思い出しながら、やっぱりこんなに早く来るんじゃなかったかなと、苦し紛れに笑った。笑ったはず、だった。
じんわりと目が熱くなる。どうやらあいつの事を考えたのは失敗だった様だ。つんと痛くなった鼻と、さらに視界がぼやけた。ああ、今までなんともなかったのに今更になって悲しいのか。遅いよ、ばあか。呟いてみても当然どうにもならなかった。
大体、こうなる事は分かってたんだ。なのに最後に思い出なんか作ったら別れが辛くなるなんて、大人ぶった昨日の私が恨めしい。最後に思い出を作ろうが作らなかろうが、結局は別れは悲しいのだから。
俯くと、ぽたりと涙がコンクリートに染みを作って、私はそれを見つめた。何だか余計やるせなかった。

こんなに憧れていた留学が、足を一歩踏み出すだけで届いてしまうと言うのに、私にはそれができないでいた。どうやら私は自分の選択を少なからず後悔しているみたいだ。何故なら私は、今までの努力をかなぐり捨てられる程に、この町に、あいつに、依存している。



「おい、そこの馬鹿女」


私はその声にびくりと肩を震わせ、頬を伝う涙を拭ってから振り返った。薄暗いプラットホームのそこには、私の恋人である丸井ブン太がいた。彼は私以上に、寒そうにマフラーで顔を隠し、私と視線が合うと足を踏み出した。どきりと心臓が跳ねた。なんでいるの。その一言だ。ブン太に会わないようにと早くに出たのに、彼はそれを見事に裏切ってくれたわけだ。なんでここに、と私が疑問を問いかける前に、ブン太はお前の考えなんてお見通しだってのと口を尖らせた。お見通しらしい。流石は天才だ。


「一番世話になった彼氏に挨拶も無しに行くのかよ」
「え、私いつブン太の世話になったっけ」
「この間ノートコピーさせてやったじゃん」
「でも結局使わなかったよ」


留学する私には、必要ないからさ。流石にそこまでは口にしなかったけど、明らかに私達の間に流れる空気は悪くなった。
ブン太が振ってきた話題なのに、彼は何故か私を睨む。…理不尽な所はやっぱりどんな時も変わらない。
その間お互い何を話すわけでもなく、ただ向かい合っているだけだった。だからなんとなく居心地が悪かった。こんな時に限って話題が何も思い浮かばない。私は取り繕うように寒いねと言ってみたが、ブン太からその返事が返ってくることはなかった。


「別れが辛くなるから誰にも会わないように、こんな早くに出たんだろ」
「…」
「一人は一人で淋しい癖に」
「…それは、それは違うよ」


別に一人だったら淋しくなかったよ。あんたが来ちゃうから泣けてくるんだ。あんたが勝手に頭の中に出てくるから淋しくなったんだ。
お前のせいだと言うように早口でそうまくし立てる私の声は途中から震えてしまったけど、私は涙だけは流すまいと俯いていた顔を上げた。すると、ブン太は私の鼻まで覆ったマフラーをぐい、と下げた。え、なに。私の言葉なんてお構いなしに彼は私の唇に自分のそれを押し付けた。


「ばーか」ブン太の声が更に私を切なくさせた。


「…俺が泣きたくなんだろい」
「えええ…ブン太が?嘘」
「お前さあ…俺がどんだけの事好きか知らねえだろ」
「…いつもそんなこと言わない癖に気持ち悪い」


こんな時にも憎まれ口しか言えない自分なんか大嫌いだ。ブン太はうるせえなんて私の頭をぐしゃぐしゃと乱して、そんなやり取りがすごくいつも通りの私達みたいだったから、これからはもうブン太に会えなくなるなんて、そんな事思えなかった。
「行きたくない」「連れて帰って」私の口からそう出かけた時だった。がたんごとんと、重たい音と共に電車が到着する。


「…。これに乗るんだろ」


すっと私から手を離して、ブン太は言った。私は頷けないまま、しばらく電車を見つめていたけれど、いつまでもこうしてるわけには行かないから、キャリーバックをがらがらと引きずり、足を踏み出す。


「…お世話になりました」
「…おう」
「ああ、あと、好き、だよ」
「付け足しみたいに言うな」


ごめんと、私は笑うけどブン太はそうしなかった。怒ったのかと思いきや彼はちょっとだけ泣きそうな顔をして謝る。わりい、ホントは行くなって言いたい。…なんて、それってもう言ったも同然だよ。


「あーくそ、最後に一回と寝とけば良かった」
「感動のシーンが最悪に成り下がったからね今ので」
「悲しさが和らいだだろ。感謝しろい」
「余計な気遣いドウモ」


私がそう言ったのと同時に、被さるようにして扉の閉まるアナウンスが入り、私は慌てて車内に飛び込む。
振り返った先のブン太は私の名前を呼んだ。


にとって俺が最初で最後の彼氏にしろよ」
「…え、何、それ…」
「浮気したらぶん殴る」


彼の台詞に、私は思わずそっちこそ!と叫んだ。同時に閉まったドア越しに笑ったブン太が見えた。

動き出す電車の中、私は急に心細くなって、ブン太の名前を呟いた。そしたらやっぱり、込み上げるものが堪えられなくなって、その場にしゃがみ込んだ。



そして私はゆるりと朝日が差し込みゆれる電車の中、彼を想って涙を流すのだ。



言葉にしなかっただけで、
平気だったわけじゃない

(あなたといたい。いたいのに)


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YUIの曲を聴いて思いついた。そんでテスト終わったーやったー。
111128…→ 天宮
TITLE BY 幾何学